第2話 お父様からの命令

 国王側近の男が連れて行った先は、お父様のいる玉座の間だった。

 お父様・お母様は玉座に腰掛け、その横にリーゼロッテが立っている。

 私の家族は私をじっと見据えていた。


「陛下、連れて参りました」


 私は彼と一緒に膝をついて頭を垂れた。


「――よく来たな。喋って良いぞ」


 お父様の言葉に私は口に巻いた黒い布を外す。

 『喋って良い』と言われても、口を動かして声を出すのが久しぶりすぎるうえ、ここ数年口をきいていない父親を前に何を言っていいのかわからなかった。

 リーゼロッテが私を睨みながら厳しい声で叫んだ。


「お父様が『喋って良い』っておっしゃっているのよ。何か言いなさい」


「リーゼや、そんな口の利き方をするのではありません」


 お母様がたしなめるように言うと、双子の姉は口を尖らせた。


「だってお母様、あの布をとると私と同じ顔が出てきて気味が悪いんだもの。――“口無し”! はやくご挨拶くらいしなさい」


 挨拶……、挨拶……。

 私は何とか口を動かした。


「――――お久しぶりでございます、陛下。何の御用でしょうか」 


 昔、『お父様』と呼んで側近の男に殴られたことがある。

 私はお父様の娘であってはならないからだ。 

 お父様は「うむ」と頷いて言葉を続けた。


「お前にはリーゼロッテとして、隣国テネスに嫁いでもらう」


 ぽかん、と口を開けてしまった。

 私がリーゼロッテとして隣国に嫁ぐ?

 お父様は何を言っているのだろう。

 そのまま、言葉は続く。


「――隣国テネスの王宮が獣人に乗っ取られたことは――知らないだろうな」


「存じておりません」


 私は首を振る。

 獣人は、獣のような耳や尾を持った人間だ。力が強く、頑丈で、肉体労働用の奴隷として使役されている。城を訪れる行商人の荷物を引く獣の耳の生えた人間を時折見かけることがある。皆、私のように額や頬、首などに焼き印を押された痕を持っている。


「テネスは大農園を多く持ち、多数の獣人を使役していた。その獣人どもが蜂起し、王族を殺し王宮を乗っ取り、狼を新たな国王を据え『テネスは自分たち獣人の国である』と宣言した。――あまつさえ、国として認めろと、その印として我が国の姫であるリーゼロッテを国王の妻として寄こせと言ってきておる」


 お父様は深いため息をついた。


「獣人ごときがリーゼロッテを妻に欲しいなどとは、許されるべきことではない――しかし、あいつらはものの数日でテネスの王宮を占拠しおった。獣人は凶暴だ。我が国に害があっては困る。そこで――、言われた通り、妻を差し出すことにした。お前だ」


 お父様は私を見据えた。


「周辺国に協力を仰ぎ、準備が万全に整い次第次第テネスへ侵攻を行う。それまでの時間稼ぎとして、お前にはリーゼロッテの代わりとして、テネスへ行ってもらう」


「私に代わりが、務まりますでしょうか」


 無理な話だ、と思った。

 読み書きや作法は幼いころ教えられたけれど、それからはずっと城の下働きばかりしている。おまけに顔に傷もある。姫として大切にされるリーゼロッテのように振舞うことなんて、私にできるはずがない。


「あなたに私の代わりが務まるわけないでしょう」


 リーゼロッテの嘲笑したような声が聞こえた。

 彼女はつかつかと私に近寄ってくると、私の顔を持ち上げて微笑んだ。


「お父様の言ったことが聞こえなかったの? 『時間稼ぎ』をしろと言っているの。――獣人の男というのは、粗暴で色狂いだそうよ。女と見れば、それこそ獣のように襲い掛かるとか――。私の代わりに、大事にされてきてね」


 私は顔を伏せたまま、お父様に聞いた。


「それで――陛下がテネスを侵攻したとき、私はどうなるのでしょうか」


 リーゼロッテの代わりにテネスの王宮に行き、そこへお父様たちが侵攻してくるのであれば、その時私はどうなるんだろう。

 お父様はにっこりと微笑んだ。


「役目を果たしてくれれば、お前には名を与え、城下街で生活できるようにしてやろう。――針子の仕事が好きなようだから、店を与えてやっても良い」


 城下町、という言葉に私の心は踊った。

 城の城下町には何度かリーゼロッテの侍女について出たことがある。

 賑やかな人の声に華やかなお店。あそこで暮らすことができたならどんなに良いか。


 私は「わかりました」と頷いた。

 どちらにせよ、それ以外の回答をする権利は私にはない。

 お父様は満足そうに微笑んだ。


「『双子は災いをもたらす』という占い師の言葉に背き、お前を今まで生かしておいた甲斐があった。我々のため、仕事をしてくれ」


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