陽キャ勇者と陰キャ魔導士のすれ違い録
蝋燭澤
第1話 転生して、召喚して、絶望して
第1節 世界は勝手に始まり、僕は勝手に巻き込まれた。
世界が終わった音は、思ったより小さかった。
いや、正確には終わったのは「僕の世界」であって、「世界そのもの」は終わっていない。多分。いや、終わっていたらこんなところで意味もなく思考を垂れ流している僕が存在している理由がないし、そもそも死後の世界で地面があるのはおかしい。少なくとも僕の知ってる死後のイメージってのはもっとこう、ふわふわしてて、スモークとかたくさん焚かれてる、アイスのCMみたいなやつだった。
でも僕が目を覚ました場所には、土があって、空があって、重力があった。あとついでに言えば、痛みがあった。どうやら“死後の世界”は、重力にやたらとリアリティを持たせた空間設計をしているらしい。──うん、やっぱり違うな、ここは。
結論から言えば、僕は異世界にいた。
異世界、って言葉は使う方も使われる方もだいぶ慣れてきてるだろうけど、当事者になると話は別だ。なにせこっちは一言も「異世界に行きたいです」なんて言っていない。人生やり直したいなんて軽口も言っていない。どころか、起きたら転生してたんだから、選択肢すら存在してなかった。唐突、って言葉にも限度がある。
そう──この世界は勝手に始まった。
僕の合意も、希望も、参加申請もないままに。強制的に。問答無用で。
なんでこんなことになったのかというと、簡単な話だ。
誰かが勇者を呼ぶために、僕を異世界に転生させたからだ。
……はい?
って思った人、安心してほしい。僕も、そう思った。ずっと思ってる。寝起き5秒で告げられた「君は、勇者召喚の媒体なんだ」ってセリフは、朝食のパンに塗ったジャムの味がしないレベルの衝撃だった。っていうかジャムどころか、パンすら出なかったけど。ついでに言えばその日から十日くらい、食事らしい食事にはありつけなかった。
“転生したら勇者になっていた”──ではない。
“転生したら、勇者を呼ぶための媒体にされていた”。
もっと言えば、“そうなるように、意図的に転生させられていた”。
もはや「なんで僕が」っていう疑問すら思い浮かばない。疑問を浮かべるにも、体力ってやつが必要なのだ。信じられないと思うけど、僕は“信じる”という行為にすら疲れてしまっていた。知らない天井、知らない言語、知らない服、知らない身体。何もかもが知らないままだったけど、知っていることが一つだけあった。
──これは、最初から仕組まれていたってことだ。
「あなたは、召喚魔法において非常に高い適性を持っていた」
初めて会った魔導師の人が、そう言っていた。まだ僕が何が何だか分からずに床に座り込んでいたときのことだ。彼はにこにこと微笑みながら、僕に“期待”という名の重りを投げてきた。たぶん本人は気づいてないのだろう。笑顔の重さってやつは、言葉以上に人を圧迫する。
適性。召喚魔法の。
なんか、かっこいい響きだと思った? そうだよね、僕もそうだった。言われた瞬間はちょっと嬉しかった。魔法使いになれるのかって。でも違った。なれるわけじゃなかった。“使える”わけじゃなかった。
僕の適性は、“勇者を召喚するために存在する”という一点に全振りされていた。
召喚に必要なのは、魔力の器と精神の空白。
つまり、心が壊れかけている人間じゃないと、召喚魔法ってのは成立しないんだって。
……ああ、なるほど。
って、納得してんじゃねえよ僕。
でも事実なんだ。僕は、その条件に“ぴったり”だったらしい。
壊れかけていて、曖昧で、自我が希薄で、それでいて“誰かのために”っていう自己犠牲精神だけは持ち合わせていた。要するに、自分のことを大事にしないやつ。自分よりも、システムや使命や他人の顔色を優先してしまうやつ。そういう人間は、召喚魔法の器に向いている──らしい。
だから、僕は選ばれた。
つまり、僕は“価値のある無価値”だった。
いや、それって褒められてんの? 貶されてんの? ……ねぇ、誰か。
それでも、なんとなく分かってしまった。
この世界では、“僕が生きている理由”がある。
それは、召喚をするためだけの理由。
それ以外に、僕がここにいる理由はない。
そんなわけで、僕はこの世界で“勇者を召喚するための媒体”として生きている。
……あ、ちょっと違うな。“生きている”じゃない。“使われている”だ。
もっと言えば、“とりあえず置いてある”に近いかもしれない。
この世界に来てから──というより、転生させられてから──僕はずっと、“観察”されている。
寝起きの脳みそがまだ半分パニックだったとき、最初に気づいたのは、天井に仕込まれた魔術式だった。白くて、静かで、無機質で、そして──監視されている。そういう空間特有の“視線のない視線”が、部屋のあちこちから染み出していた。
僕が何を考え、どんな風に寝返りを打ち、どれだけ夢を見ているか。
全部、知られている気がしてならなかった。
その予感は、三日と経たずに現実になった。
ある日の朝、僕がベッドの上で意味もなく天井を見ていたら、ドアが開いた。
ノックもなし。言葉もなし。ただ、開いた。そこから入ってきたのは、いかにも“魔導国家の人間です”って顔をした男で、服装は黒基調のローブ、顔には無表情という名の仮面を貼りつけた人物だった。
「空井ミカゲ。今から観察を開始する。君は動かなくていい」
名前を呼ばれた瞬間、僕は「あ、やっぱり本名のままなのか」と思った。
異世界転生ってもっとファンタジーな名前にしてくれるもんじゃないの? みたいな。
でも、そこにツッコミを入れる余裕はなかった。なにせ僕はその時、何も着ていなかったからだ。身体の変化に気づいてしまったのは、そのときだった。
──鏡の中の僕は、僕じゃなかった。
いや、僕なんだけど、“元の僕”じゃなかった。
白っぽい髪、細い首、丸みを帯びた顎。
睫毛が長くて、目元が少しだけ幼い。
肩幅が狭くて、肋骨の浮き出た胴体は、頼りなさという名の芸術品のように細く、なめらかで、痛々しかった。
──それは、僕が知っていた自分の肉体ではなかった。
けれど、それに驚くというより、僕はただ「面倒だな」と思った。
女の子になった……というより、女の子“みたい”な身体になったのは、どうやら魔力の影響らしい。魔力適性が高いと、身体の形状が“魔力に最適化される”んだって。……どんな理屈?
「“召喚媒体”として理想的な器です」とか言われた時は、さすがに笑うしかなかった。
笑った。
笑って、それから、泣いた。
ああ、うん、うるさくてごめん。でもさ、泣きたくもなるでしょ。
勝手に転生させられて、勝手に改造されて、勝手に期待されて──
僕は一度だって、「はい、よろこんで」なんて言ってない。
でも、反論はしなかった。
できなかった。
だって、彼らの目は──あまりにも正しかったから。
「君は、必要なんだよ。唯一無二の存在なんだ」
そう言われたとき、僕はほんの少しだけ、安心してしまった。
“ここにいていいんだ”って思ってしまった。
──思ってしまった時点で、僕はもう、逃げられなかった。
それからの日々は、魔導院の地下施設で淡々と過ぎていった。
食事、訓練、検査、講義、観察、記録、命令。
そのすべてが“勇者を召喚するための準備”だった。
人間らしさを削ぎ落とされ、魔力制御の技術を叩き込まれ、感情の変動を禁じられた。
「怒らないで」「焦らないで」「泣かないで」
「そのままの君が、一番、媒体に向いているから」
そうして──
“僕という人間”は、少しずつ、静かに、空になっていった。
召喚魔法に適性があるということは、
人間としての形を、壊されやすいということだった。
世界は、勝手に始まった。
僕は、勝手に巻き込まれた。
でも、今はもう、抵抗しない。
なぜなら──
ここが、僕の居場所だから。
「勇者を召喚できる」という理由だけで、僕がこの世界に存在していていいというなら。
その“理由”が、僕に残された、唯一のものだから。
……笑うしかないよね。
笑って、笑って、壊れるまで。
それが、僕という“媒体”の、正しい使い方だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます