雪煙の向こうの叫び(内容が重複していたので修正ver)
吹雪は、まるで疲れ果てた獣のように勢いを失い、雪原の上に薄い靄を残して静まっていった。
空は曇天の灰色で、太陽はその奥でくすぶる火種のように光を放ち、凍てつく世界をわずかに照らす。
雪面はどこまでも白く、だがその白は完全ではない。風に運ばれてきた黒い煤の粒が、ゆっくりと雪の上に落ち、星屑のように散らばっていた。
その静けさを破ったのは、地の底から突き上げるような低い衝撃音だった。
――ドゥン……。
雪原が微かに震え、膝をついた兵士たちの脛を通じて振動が伝わる。耳ではなく、骨で聴くような音だ。次の瞬間、遠くの市街地方向に灰色の煙柱が立ち上り、炎の舌が一瞬だけ空を舐めた。
篠塚中隊長は、分厚い手袋の中で双眼鏡を握りしめた。レンズの向こうに見えたのは、雪に覆われた道路を進む数両の装甲車だった。
「BMP-3【ロシア製の歩兵戦闘車。30mm機関砲と対戦車ミサイルを搭載】、3両……後方にAGS-17【30mm自動擲弾発射器】を積んだ支援車両。あれが市街地を叩いている」
彼の声は抑えていたが、呼気が白く揺れ、緊張を隠しきれていなかった。
部下たちは膝を雪に沈め、各自の持ち場で射撃姿勢を整える。
呼吸は荒く、白い蒸気となって顔の周りにまとわりつく。防寒手袋越しでも、トリガーの金属が冷たく、固いのがわかる。指先はすでに半ば痺れ、感覚が鈍っていた。
遠く、市街地から風に乗って届くのは、断続的な爆発音だけではない。
――甲高い悲鳴だ。
それは男女の区別もつかない、命の奥底から絞り出された声。何かが崩れる音、泣き声、そしてまた爆発。
若い二等兵が、思わず双眼鏡を下ろしたまま呟く。
「……間に合わないかもしれません」
その瞳は焦点を失い、煙の向こうにある地獄を想像していた。
篠塚は答えなかった。ただ、雪の上に片膝をつき、地図を広げた。
赤鉛筆で引かれた細い線――それが彼らの進路だった。だがその線の向こうに何があるかは、誰も正確には知らない。
「命令は市街地東側の制圧だ。感情で動くな……だが状況が許せば、避難民の救助を最優先する」
抑えた声だったが、部下たちはその裏にある決意を感じ取った。
突風が再び雪煙を巻き上げ、一瞬だけ視界が真っ白に閉ざされる。
その中で篠塚は、焦げた匂いを嗅ぎ取った。火薬と燃えた木材、そして血の鉄臭さが、鼻の奥を焼く。
戦場は、目よりも先に匂いで人間を捕らえる。
「全員、前進!」
短い号令が雪原に響き、足音が一斉に重なる。
踏みしめる雪がバリバリと音を立て、装備の金属部品が触れ合い、鈍い音を奏でる。
遠くの叫び声は、もはやはっきりと耳に届いていた――それは命が削られる音だった。
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