男女グループで旅行に行ったら、旅館の部屋が一緒だった
遠藤孝祐
男女の友情は成立するのかどうか①
男女間で友情は成立するのかどうか。
古来より議論されてきた、人類学に共通する最重要テーマだ(嘘である)。
なんらかの結論じみたものを見つけたからこそ、ここに記しておこうと思う。
「マリモがさ、コウちゃんのこと好きなんだってさ」
吊り上がった口角といたずらに滲む目尻は、言葉の内容以上に感情を伝えていた。
いつも澄ましているような堅物の男を弄んでやろう。そんな意地の悪い思惑と、マリモへのほんの少しの計らい。複数の意図に巻き込まれた思いやりを感じる。そのせいで無下にもできない。
たった一言に色々な意図や思惑が詰まっている。真っすぐで邪気のないヤダちゃんのことは憎めないし、からかわれるようなことに文句を言う気にもならない。
でも正直、そんなことは言われずともわかっていた。
去年の夏頃、男二人と女性三人で出かけたことを思い出す。僕とクマくん。ヤダちゃんにサナミさんにマリモ。今回と同じメンバーで、海のテーマパークへ遊びに行った。
マリモが一緒に観覧車に乗りたいと言っていたことを、ヤダちゃんはなんだか雛の巣立ちを促すように告げたのだった。
僕は了承して、炎天下を少しでも防ぎながら順番を待っていた。その時のマリモはそわそわとしていて、見ているこっちは笑いを堪えていたくらいだ。
上半身をくねらせたり、話しかけても一言二言で会話は途切れる。顔もうつむきがちで、ありのままを描写すればむしろ嫌われているとすら勘違いしそうな雰囲気。
でも、わかってしまう。ありのままの自分を見せるのは怖いことで、まずはみんな防御をする。恥ずかしさやいい格好を見せたい願望やらは裏目にでて、むしろ言葉を少なくさせてしまう。
それが人間であることを知っているから、マリモの仕草を見ても、なんだかおもしろいくらいにしか感じない。
無事に観覧車に二人で乗り込み、景色を楽しんだ。すぐそばのビーチでは嫌になるほどの大人数が、フェスやら海やらを楽しんでいた。なんらかの熱狂の一部分を、涼やかに感じていた。
その時の感想をマリモにきいてはいないが、ヤダちゃんはその後、穏やかに話をしているようだった。おそらく素直になれない姫の機嫌を、損ねずに済んでいたようだった。
そして、今である。
島根県の出雲大社へ旅行に向かう最中。レンタルしたアルファードは五人程度を余裕で運んでくれる。
ヤダちゃんが運転しサナミさんは助手席に。連日連夜と仕事漬けのクマくんは後方席で夢の中。せめて夢の中では仕事に追われないで欲しいと願っている。
そして、僕の隣にはマリモ。なんというか、断固たる意思を感じる席配列だ。
予想通りというべきか、一年ぶりくらいに会うマリモは僕との距離感を完全に見失っているようだった。何か話したいけど何を話せばいいのかわからない。
正解なんてないからこそ、悩んでしまうような問題に直面していると、如実に感じてしまった。
ここで僕は考える。どういったスタンスで、どう接していくのかを。
事細かなシミュレーションや、発言や行動による影響はどうでるかなどを考えた結果、そんなことは不毛だと結論付ける。何かを悩む必要なんて、初めからないのだ。
ただ旅行を楽しみ、できるだけ良い思い出をたくさん作っていく。良かったことや嬉しいことを積み重ねて、楽しく過ごす。
目的なんて、はなからそれだけなんだ。
僕はまず、せき止められている最初の壁の一つを、ほぐしていくことにした。
「マリモはニャオハが好きだったよね」
一度開いた扉からは、マシンガンのような言葉が飛び出してきた。
あれだけ頑なにしまっていた蛇口も、開けてみたらあっさりと決壊した。ただ話しかけて、話を最後まできく。そして次を促す。誰でもできるような当たり前のことを、ただ繰り返しただけでこれである。
結局マリモは、二時間もの間テンション高くしゃべり続けていた。
愛知から岐阜へと高速を進み、サービスエリアで休憩をとったタイミングで、マリモの隣にはヤダちゃんが座ることとなった。
「そろそろコウちゃんを解放してあげて」
その物言いだと、僕が一方的に迷惑をかけられているようで、少しおかしかった。ほんの少しだけ引いていたのは事実ではある。
出雲大社まで300kmほどになったところで、運転手のバトンが渡される。300kmか……いけるな。
助手席にはサナミさんが座っていた。
5、6時間の車旅の間、話題は様々なことにうつろっていく。くだらないことも、真剣なことも同じくらいに話をした。
兵庫の街並みを抜けると、木々に覆われた山脈が連なっていく。高速道路もどんどん高度を上げて、鳥取に入るころには若木色の山峡が見渡せるまでになっていた。
雄大な自然を前にするたび、本当にはっとする。文明の進化がもたらした車も効率的な道路も、ちょっとした神のいたずらで一瞬にして崩れ去ってしまう。
山間を通した高速道路がなければ、おちおち出雲まで出かけることも困難だ。そんな針の穴を通すような紙一重の平和の中で、僕らは生きている。
「社会的に成功したりお金持ちになった人でも、時々びっくりするような犯罪をすることってあるじゃん」
僕は悪癖を発動し、自論を展開する。ひたすら運転をするという行為に飽きてきて、なんでもいいから話をしたかった。
「そうだね」
「多分だけど、過去のコンプレックスって消えないし、得られなかった愛情だったりは、他の物で代替はできないと思う」
「たとえば?」
「フラれたりいじめられた体験を成功で埋めようとするけど、その穴はずっと塞がらずに空いたまんまで、他の物では埋められない。だから大人になっても信じられないことをするんじゃないかと思う」
サナミさんもヤダちゃんも、特に否定はせずに話をきいてくれた。それでいい。何か議論をしたいわけでも、この結論から話を広げたいわけでもないのだから。
ちなみにクマくんとマリモは眠っていた。
15時を目前にしたタイミングで、島根県の出雲大社に着いた。
狭い路地にひっそりと存在するその旅館は、木々の欄干に曇ったガラス窓がレトロな雰囲気をかもしだしている。中庭では整地された松の木や石灯篭が品よく並べられており、日本の夏を彩っていた。
部屋に額に傷パッドを巻いたおじいさんに案内され、旅館の一室に向かう。
浮世絵風の掛け軸に布団の入った押入れを有した部屋は、とても風情があってどこか懐かしさを覚える。
荷物を置いてくつろいでいると、和室には不釣り合いな不思議そうな表情でヤダちゃんがつぶやく。
「旅館の部屋、男女がいるから分けれるようにって言ったと思うんだけどなあ」
その意味を理解して、今の状況は異常なんだと理解した。
友達という間柄で何年も過ごしてきたけれど、家族というわけではないのだ。五人分が収まってしまう和室は広々とはしているが、プライベートな空間というのはほとんどない。
あまりにも当たり前のように出かけていたため、男女という性別の差に対する意識が、欠けていたことに気づいた。
しかもヤダちゃんのみだが既婚者という立場だ。冷静に考えると、社会的にまずいよなこの状況。
「今から言って部屋代えてもらおうか?」
「まあ大丈夫じゃない。別にコウちゃんたちが一緒なことは気にしないし」
ヤダちゃんはあっけらかんと言った。
もしうら若き頃であれば、信用されていると喜ぶべきなのか、それとも男性として見られていないことに落ち込むべきなのか、判断に迷っただろう。
今となっては、特に抵抗なく飲み込むことはできる。なんとなく、そう言うような気はしていたし。
「じゃあみんなでお風呂も入ろうか」
無邪気な様子でマリモは言った。
僕とクマくんは苦笑しながら、言うべきことを言った。
「それは流石にダメ」
出雲大社付近を散策し、割子そばに舌鼓を打った。腰がありそば粉の味が引き立っていて、つゆが割と甘めな味付けは特徴的に思った。
鳥居を複数抜けていくたびに、厳かな雰囲気が深まっていく。拝殿を拝み、本殿で祈りを捧げ、神楽殿のしめ縄に驚いた。
一通り観光を済ませた後、メインディッシュはやはり酒だ。地元にしかないようなローカルスーパーまで、10km近く離れていたのは旅の醍醐味ということで許そうと思った。
日本海側ということで、魚を使ったお惣菜が多く陳列されていて、どれも輝いているように見える。
地酒はお土産用に購入していたため、いつも通りのビール。
とマイペースに選んでいる横で、サナミさんとクマくんはものすごい量のツマミをかごに入れていた。
「絶対食いきれなくね?」
「大丈夫です」
クマくんは根拠もなく強気だった。
チーズに焼き鳥にベーコンの缶詰など。普段であればお酒にはうれしいラインナップではあるけれど、一つ問題があった。
「いや、夕飯が旅館で出るじゃん」
「大丈夫です」
壊れたレコーダーのように繰り返されたので、僕はあきらめることにした。
ちょうど夕飯まで一時間を切ったタイミングで、僕たちは旅館に戻った。
旅館の夕飯は、魚介を中心とした食材が並び豪華絢爛といった具合だった。
そして予想通り、夕飯だけでお腹一杯になった。
入浴を済ませて部屋に戻ると、マリモはお絵描きをしているようだった。
マリモが顔を上げて目が合う。くすぐったいようなニヤッとした笑み。
「コウちゃん、眼鏡を外してるとかっこいいよ」
「眼鏡姿でもかっこいいだろうが」
「眼鏡を外すとかっこいい!」
声のトーンのからかう感じは変わらないので、意地でも眼鏡をつけたまま対応してやろうと思った。
ビール缶500mlを3本ほど飲み干し、ジャックダニエルをストレートであおり、ふんわり鏡月でいい感じに思考もふんわりとしている。
マリモとサナミさんは、翌日に備えて早々に眠ってしまった。
クマくんは黙々とジャックダニエルを流し込み、腹を抑えていた。おつまみを食べる前にご飯をおかわりしていたツケだろう。
「そういえば、男女旅行を、ヤダちゃんの旦那さんはよく許可したよね」
「旦那には前から、友達付き合いだけは絶対に続けたいって言ってたからね」
ヤダちゃんは力強く拳を握っていた。
「僕が旦那の立場だったら、絶対嫌なんだけど」
「コウちゃんの言うことはわかる。私が逆の立場だったらイヤ」
「おい」
僕がツッコミを入れても、ヤダちゃんは愉快そうに焼き鳥を頬張っていた。
「旦那さん、仕事やめて独立したってきいたけど、どうなの?」
「今月から活動を始めてるけど、まあお金になるには時間がかかりそうかな」
「よく許したね」
「まあ、私の稼ぎがあれば一人くらい育てられるし、旦那には好きなことをして欲しいしね」
ヤダちゃんの話し口調には、わずかに不満のニュアンスを感じる。
けれど、迷いはない。自分が家族を支えていくことを、覚悟した女の
僕は4本目のビールに口をつける。
「私ってさ、幸せのハードルが低いと思うわけ」
「そうなの?」
「父は高齢で母は出ていったし。学費も自分で稼いでたし、電気が通って布団で寝られるだけでも幸せだよ」
チラっとだけきいていたヤダちゃんの過去。
たった一言で称するのも申し訳ないが、いわゆる苦労人だ。
「ちゃんとご飯が食べられて、うちに帰れば家族がいる。それだけで――幸せなんだ」
クーラーの冷風でも溶かせない、その温かさには眩しさすらも感じる。
「素晴らしすぎて、敵わねえや」
去来する過去を振り払うように、僕はさらにビールを流し込む。
そして、ここからの記憶は思い出せない。
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