第10章:双子の声

 暴走を始めた影見様の怨念は、まず、自分たちを祀り上げてきた村人たちに牙を剥いた。地面に伸びていた村人たち自身の影が、まるで黒い蛇のように鎌首をもたげ、持ち主の足に絡みつき、首を絞め上げていく。

「ぐっ……あ……!」

「助け……て……」

 あちこちで苦悶の声が上がる。自分自身の影に殺されかけるという、常軌を逸した光景。長年、恐怖で支配してきた存在からの、容赦ない報復だった。村長の足元からも黒い影が伸び、その体を責め立てるように締め上げる。

「お前たちのせいだ……どうして……どうしてわたしたちだけ……」

 湖の中心から、二人の少女の声が重なり合って響き渡る。それは、悲しみと憎しみが入り混じった、呪いの言葉だった。

 恐怖に心が支配され、体が動かなくなる楓。その耳に、トメの最後の力が振り絞られたような声が届いた。

「今だ、お嬢さん! 今やらずして、いつやるんだい!」

 その声に、楓は我に返った。そうだ、私は、この子たちの悲しみを聞くためにここに来たんだ。

 楓は懐から蓮が拾ってきた小石の鋭い破片を取り出すと、覚悟を決めて自らの左の手のひらを、少しだけ切り裂いた。ちり、とした痛みが走り、赤い血がぷくりと玉になる。その血を、蓮が命がけで持ち帰った月光草に垂らす。血に触れた月光草は、まるで命を吹き込まれたかのように、淡い青白い光を放ち始めた。

 楓は光る月光草を祠にそっと供えると、両手を合わせ、目を閉じた。そして、トメから教わった弔いの言葉を、心を込めて唱え始めた。

「ミオ、マオ……聞こえますか。あなたたちの名前は、ミオとマオ……」

 最初は、声が震えた。けれど、続けるうちに、不思議と心が落ち着いていく。

「もう、苦しまないで。もう、一人じゃないよ。ずっと、寒くて、寂しかったね……ごめんなさい。誰も、あなたたちの名前を呼んであげなくて……ごめんなさい」

 楓の言葉は、呪詛渦巻く湖畔に、清らかな鈴の音のように響き渡った。

「あなたの名前を、私たちは覚えている。ミオ、マオ。どうか、安らかに眠ってください……」

 その心からの言葉に、最初は激しく抵抗し、荒れ狂っていた影見様の動きが、徐々に、徐々に弱まっていく。憎悪の塊だった黒い影の中から、うっすらと、着物姿の小さな少女二人の姿が透けて見えるようになった。

 彼女たちは、驚いたように、ただじっと楓を見つめている。その瞳には、もう憎しみはなかった。

 しかし、その時だった。影の締め付けからなんとか逃れた村長が、狂信を終わらせてはいなかった。

「騙されるな! そいつは村を呪う化け物だ! 依り代を捧げぬ限り、祟りは終わらんのだ!」

 村長はそう叫ぶと、最後の力を振り絞り、儀式を続ける楓へと襲いかかった。

「させるかッ!」

 村人たちの拘束を振り払った蓮が、村長を阻止しようと飛びかかる。激しくもみ合いになった二人は、バランスを崩し、そのまま黒い湖の中へと落ちていった。

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