第3話

40分程バイクを走らせ2人が到着したのは、とある小さなビルだった。

既に23時を過ぎているにも関わらず、殆どの部屋が明かりをつけていることが窓から漏れる光で分かる。


「着いたぞ」


ヘルメットを外しながら颯介が言った。


「…ここは…?」

「あー、まぁ、売国奴の住処ぐらいの認識で良いぞ」

(なにその認識知らないんですけど)


さらっと聞き慣れない情報が流れてきて困惑している蓮爾に向かって、ぽい、と颯介が何かを放る。


「ほい。これ持っとけ」

「え、あ…わかっ――――……ん?」


直後、蓮爾の手にはずっしりとした重い感触が伝わる。

よく見てみればそれは、非常に手にフィットしやすい黒光りする何か。

それ即ち、

(いやこれ拳銃なんですけど!?)


「これ使い方知らないんだけど…」

「簡単だ。狙った場所に向かって撃つ。それだけだ」

「説明下手くそすぎませんかねぇ!?」


あまりに適当な説明に、あれ?俺って馬鹿にされてんのかな、と疑いたくなる蓮爾である。


「勘違いするな。お前に拳銃なんか渡しても使えないだろう。その銃から出るのは弾丸じゃなく煙幕だ。もし万が一俺とはぐれた場合、敵と接触する前に自分の足元にそれを撃て。余程の馬鹿じゃない限り、自分から視界の悪い所に潜り込む奴はいねぇ」

「余程の馬鹿だった場合は?」

「運が悪かったな。いさぎよく死ね」

「酷くない??」


酷い言われように蓮爾は唖然とする。

だが颯介はそれを気にした様子は無く、ズカズカと正面の入り口と思わしき場所まで歩いていく。

そう、正面である。

(んん!?こういうのって裏口から――とか、秘密の通路から――とかじゃないのか!?)


「ちょっと待って、こういう潜入っぽいのって真正面から行っていいの?」

「安心しろ、俺のスタイルは『とりあえず突っ込む』だからな」

「…はぁ……?」


どこに安心しろと言うのだろう、そんなことを考えている内に、いつの間にか入り口を通過していた。


(あれ…?)


入って直ぐに違和感を覚えた。

ビル内にはそれなりに多くの人がいて、何処にいようと、何処を向いていようとも、基本的に視界に1人か2人が映るくらいだ。

なのに、彼らは総じてこちらに攻撃は仕掛けて来ず、目線すら向けてこないこともあった。

その動揺に颯介が気づいたのか、蓮爾だけに聞こえるくらいの声量で話しかける。


「ここ、表向きは一般企業としてやってるからな。中に入って歩いているだけじゃない特に何も怪しまれないさ」

「なるほど…」

「ざっと見た感じ、この会社の全貌を知っているのはおよそ3割ってとこだろうな」

「そんなの見ただけで分かるものなんですか?」

「まぁ、大体はな。お前もいずれ分かるようになるよ」







「ここだな」


数分程彷徨った後、ある一室の前で颯介が止まる。

その上部には『資料保管室』と書かれた名札。

その部屋の扉を開こうとして、颯介の手が止まる。


「?どうしたんですか?」

「鍵が閉まってるな」


少し立ち止まって5秒ほど考えた後、颯介がポケットからある1つの鍵を取り出す。

それを扉の鍵穴に差し込み、右、左、右、左、右、と交互に回す。

鍵を引き抜き、ドアノブに力をかけて押し出す。

するとそこには先程までロックされていた筈のドアが半開きになっている様子が伺える。


「…よし」

「待て待て待て待てよしじゃない」

「なんだよ」

「なんで颯介兄さんが鍵を持っている?」


颯介自身もこのビル内の部屋の配置など知り得ないのだから、この資料保管室まで真っ直ぐ来た訳では無い。

かと言って、ここに来るまで何処かの部屋に入るようなことは一度として無かった。


「あー、これか。亥宮うち技術者エンジニアが作った、所謂マスターキーってやつだな。この鍵に開けられないじょうは無ぇ。多分」

「いやずっる」


法が機能しなくなりそうな状況を目の当たりにして、蓮爾は驚きを通り越してもはや呆れていた。


「あんまぼさっとしてないで早く入ってこい。電気はつけるなよ」


そう言って颯介は胸ポケットからボールペンを取り出し、中央のスロットを回して上部をカチカチと2回クリックする。

するとペン先の部分から光が発せられ、室内を照らす。

全体に届くほどの力は無いものの、探し物をするには充分と言えるだろう。

颯介は年代順にまとめられた棚に移動し、「28、28、28…」と探し始める。


蓮爾も気になって周囲を見渡してみたが、颯介が持っているペン以外の光が無いこともあり、これといって得られるものは無かった。


「無いな」


あてが外れた、とばかりに颯介が呟く。


「そもそも何を探しているんですか?」

「あーー、あんま外に漏れちゃいけねぇ資料」


(説明がずっと雑なんだよなぁ…)


「…………明らかに28年の資料だけ差し抜かれてやがる、黒だな。ここに無ぇってことは、別の部屋…いや、媒体を変えている可能性もあるか」


颯介は立ち上がり、スマホを取り出して誰かに電話をかける。

3コール目に入ったところで音が途切れ、人の声を模した機械音が響く。


『……なに?』

「ちょっと頼みたいことがあんだけどよ」

『…今忙しいから無理』


早速断られたことにため息をつき、「どうせゲームやってんだろうが」と毒を吐きながらも話を続ける。


「帰りにポテチ買っていこうと思ってるんだが」

『うーん…』

「ファンタも付けよう」

『よっし、何すれば良い?』

「……今から言う企業コード内のデータの中に2028年の災厄に関するものが無いか調べてくれ。検問を突破してる可能性がある」

『ん〜、30秒待ってて』


通話の相手が作業を開始したのを確認した後、颯介も通話は切らずに耳元からスマホを離し、動き出す。


「あまり長居すんのも良くない。一旦部屋から出るぞ」

「…分かった」


手にしていた資料を元あった場所に戻し、入ってきた場所へと向う。

そしてドアノブへと颯介が手を伸ばし、力をかけようとして、止まった。


「…そういうことか」

「………?」


入ってくる時にも似たように固まる颯介を蓮爾は見ていたが、それは鍵が閉まっていたからであって、現在その問題は既に解決している。

だから、ドアノブを握ったまま動かない颯介を、蓮爾は理解できなかった。


「また何かあったんですか?」

「…入ってきた時と、ほんの僅かに重さが違う」

「……はい?」


そんなのは誤差か気のせいだろう、と蓮爾は思ったが、颯介の顔を見ているとそのようにも思えなくなってくる。

程なくして、颯介は蓮爾に向かって手招きしだす。

それに応じて近づいてみれば、胴に腕を回され、ひょいっ、と軽く抱えられる。


「よっこらせ」

「…え?」

「ちょっと衝撃来るかもしれないが、我慢しろよ」


そう言って左手にスマホ、右手に蓮爾を抱え、颯介は目の前の扉を躊躇なく蹴破った。

それと同時に起きたのは、


「――――!?」


突然の出来事に蓮爾は声を失う。


この時あまりに急だった為に蓮爾は気づかなかったが、爆風や爆発によって本来飛来していた筈の物質は全て見えぬ壁のようなものに防がれ、一欠片として、蓮爾に被害が及ぶことはなかった。

また、それは颯介においても同様の事が言える。


颯介は辺りに広がる爆煙をお構い無しに駆け抜けると、周囲に複数の人影を確認した。

それらに共通して言えるのは、こちらを目掛けて拳銃を向けてきているということ。

が、それは意味を成さない。

壁、天井、床を跳ねるように素早く駆け、包囲網から脱出&追跡を逃れる。

否、それは素早いなどというものでは無かった。


「「「「「…は……??」」」」」


颯介の動きを目で追うことさえ叶わなかった事実に、驚嘆を超えた疑問が彼らの脳を支配する。

爆発が起きてから1秒にも満たぬ刹那。その間に自分達の目標は視覚の認識外まで消えていった。

それさえも理解できぬまま、彼らは立ち尽くしていた。




◆◆◆





颯介が扉を蹴破ってから僅か数秒、2人は別の階の廊下を進んでいた。

正確には、1人は走り、1人は抱えられ、である。

そして今現在抱えられている蓮爾の脳内は『?』で埋め尽くされていた。

先刻の疾走。あれは最早、人の域を超えていた。


(ジェットコースター?いや、そんなレベルですら無いのか…?)


よく考えてみれば、資料保管室の扉を蹴破ったというのも中々おかしい。

だが蓮爾の理解を超える出来事が立て続けに起きたが故に、自分を抱えて走る元凶たる本人に聞く力すら無い。


『颯介叔父さん』

「香夏か、できたか?」

『その会社内のコンピューターからそれらしきものは見つかんなかった。ただ――』

「ただ?」

『1台だけ外部から接続されてるものがある。そいつだけやけにセキュリティが固い』

「抜けられないのか?」

『まさか。ポテチが懸かってる時のウチを甘く見すぎだよ』

「じゃあさっさと教えてくれ、こっちは時間が無いんだ」

『はいはい。叔父さんが言ってた通り、デジタル化されて保存されてたよ。なんで検問をくぐり抜けられたのかは分かんないけど、送受信の履歴は無いから、仕留めるなら今の内だね』

「なるほど」

『場所は一応伝えとく。突き当たりを右に進んだら階段があるから7階に上がって。その後は直進して真正面の部屋。でもなんか移動し始めてるっぽいから急いだほうが良いよ』

「問題ない。助かった」


「ポテチとファンタ、忘れないでね」という念押しを最後に、颯介は通話を切る。

話している間に、既に7階へと繋がる階段をのぼっていた。

上り終わると同時に他の部屋と比べて大きな観音開きの扉が目に入る。

そしてその扉の前には大事そうにノートパソコンを持った男が1人。


「お前だな」

「……ッ!!」


走ってくる颯介を見るや否や、全力でその場から立ち去ろうとする。

だが当然逃げられるはずもなく、一瞬で距離を詰めた颯介によって男は頭を掴まれ、地面に叩きつけられる。

その衝撃でノートパソコンは弾き飛ばされ、男の腕から逃げ出す。


「蓮爾、そいつ抑えとけ」

「…!分かった」


颯介の腕から解放され、蓮爾は言われた通りに男の腕と脚を抑える。

幸い、相手の身体が酷く細々としていた為、蓮爾でも簡単に封じることが可能だった。


だが、颯介が男のノートパソコンを手にしようとしたその瞬間、ドアの開閉音と複数の足音が聞こえた。


「動くな」

「………はぁ…」


振り返ると蓮爾を挟んで颯介の反対側に武器を構えた集団が目に入る。

拳銃を構えた者が1人、そしてライフルを装備した者が3人。

さっきも見たような光景だが、所有している武器が少し異なっていた。

いや、異なっていたのは武器だけでは無い。

その銃口が向かう先に、颯介はいない。


「こんなガキ狙ってどうするんだよお前ら」


そう言って、銃口を向けられた蓮爾との距離を詰めるために颯介は前進した。


「動くなと言っている」


ライフルを構えた内の1人の指が、引き金にかかった。

あとほんの少し力を入れるだけで発砲されることが予測できる。

勝利を確信したのか、蓮爾に抑えられていた男が汚い笑みをこぼす。


「いひっ…、幾ら十二支と言えどこの状況は覆せないだろう?調子に乗りすぎたな」


その言葉を聞いて、かの資料、ひいてはデータの重要性を理解している以上、やはり《こっち》と関わりがあるのだろう、と判断しつつも、あまりに噛ませ臭の漂う男の言葉を聞いて、颯介は不覚にも笑ってしまう。

勿論、自分に照準が合っていない今の状況なら4人程度、先程のように容易く制圧できるだろう。

それだけの自信と実力が颯介にはある。

だが、それをやってしまうと制圧までの間に2〜3発の弾丸が蓮爾に向かうことを覚悟しなければならない。

かと言って、蓮爾を回収してから、逃げる、攻撃に転じるというのはほぼ不可能である。

弾丸を躱し切る速さで蓮爾を抱えようとすれば、蓮爾の身体に途轍もない衝撃が加わるし、抱える直前でブレーキをかけようものならその隙にライフルが蓮爾の身体を恐らく蜂の巣にしてしまうだろう。


であればどうするべきか。


(まぁ、いずれにせよ使う予定だったから大した問題じゃねぇか)


そう考え、颯介は再度前進する。


「…お前は馬鹿なのか?」


忠告を気にした様子もなく歩行する颯介の姿に、拳銃を構えた男が呆れ声を出す。

だがそれすらも聞こえなかったかの様に、颯介は蓮爾に語りかける。


「良いか蓮爾。《壽》に属する十二支の家系は、それぞれの一族に受け継がれている能力がある」


「止まれ!!」


ライフルを装備していた女が、蓮爾に向けていた銃口を颯介へと変更する。


「俺達はその力のことを、《神通力》と呼んでいる」


一歩二歩と歩みを進める颯介に痺れを切らしたのか、拳銃を構えた男が蓮爾に向かって発砲する。

男と蓮爾の距離であれば、必中の一発。

曲がることなく、真っ直ぐに対象の脳へ目掛けて襲いかかる。

襲いかかって、そして、




減速した。


見えない何かに遮られたかのように。



「《》なら《調和》、《うし》なら《変質》、《とら》なら《強化》、《》なら《干渉》、《たつ》なら《構築》、《》なら《全知》、《うま》なら《増大》、《ひつじ》なら《活性》、《さる》なら《分解》、《とり》なら《情熱》、《いぬ》なら《沈静》」




やがて弾丸は力を失い、重力に従って落下する。




「そして俺達、《》が持つのは《万化》。他の一族と異なり、ただ唯一血族で特性が定まらない、自由の化身」




遮られた銃弾を見て、現実を拒むかのように、他の者達もライフルを発砲し始めた。




「覚えておけ蓮爾。いつかお前も手にする力だ」



気づけば、颯介の両眼は紅く輝き、いのししを模した模様が刻まれている。



契唱けいしょう



発砲された幾百もの弾丸が減速状態に入り、再び不可視の壁にはばまれ、停止する。



「《弾発》」



その掛け声と同時にライフルから発せられた弾丸は停止状態から一転、時を巻き戻すかのように、全弾凄まじい速度で4人の集団へと襲いかかる。



やがてそれは脚、腕、胴体、顔面、ありとあらゆる部位に着弾し、周囲を血飛沫ちしぶきで染め上げた。


また反対に、その惨状を見てか、蓮爾に抑えられていた男の顔はブルーベリーを想起させる程に青く染まっていた。


そして蓮爾はというと、



「…すっご………」



その驚嘆が、颯介が見せた《神通力》に対してなのか、初めて見る人間の悲惨な死体に対してなのかは定かではない。



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