第3章:S-14 王都の日常と潜む『影』
第27話 S-14 復興の裏に潜む『不自然な静寂』と聖なる信仰の影 -1
私は、黎明新聞社の古びた取材ノートを広げた。
そのページには、熱意に満ちた筆跡で、王都の日常に潜む違和感が綴られている。そこには、王都の繁栄の裏側で、あるジャーナリストが奇妙な『静寂』の匂いを嗅ぎ取っていた記録が残されている。
これは、人々の感情が『調律』されていく、不穏な兆候を克明に記すものだ。この時、まだ多くの者は、その意味に気づかなかった。
だが、彼女の鋭い嗅覚は、すでに世界の『歪み』の片鱗を捉え始めていたのだ。
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大陸の中心に位置するアルテア王国。
その中心である王都は、かつて人口100万人を数えるほどであった。
その千年の歴史を誇るこの都は、今、かつてない危機に直面していた。
突如として現れた異形の存在「魔族」が世界各地を蹂誙し、人類の存亡を脅かしたのだ。王都も例外ではなく、魔族の猛攻により壊滅的な被害を受けた。
家屋の被害は把握できないレベル。死者行方不明者も数万人ではないかとの速報が軍から流れていた。その軍も、魔族との戦いで主力部隊も含めて、3割以上の犠牲者を出したらしい。
しかし、人々は決して諦めなかった。痛ましい傷跡が残る中でも、王国は復興の槌音を響かせ、未来へと歩みを進めていた。
王都の郊外、特に自由都市エリシュオンに近い外れの地区では、その復興の速さは目を瞠るほどだった。
そこでは神聖教団の献身的な尽力が、目覚ましい成果を上げていた。教団の神官たちが率先して瓦礫の撤去や被災者のケアにあたり、市民から深く感謝されている。
「ここ、本当にすごいね。
あんなにひどかったのに、もうこんなに綺麗になってる」
新米記者ラナ・ブラックウッドは、愛用の小型速記用端末を構え、王都郊外の一角を見上げて感嘆の声を上げた。
まだ20代前半のラナの引き締まった体躯は、日々王都を駆け巡る取材活動によって鍛え上げられている。琥珀色の瞳は真実を追い求める光を宿し、ぴんと立った虎のような耳は、風に乗る微かな音も捉えようと微かに揺れる。
隣を歩く先輩記者のセリーナ・ミッドナイトは、黒を基調とした機能的な服装に身を包み、夜の闇に紛れるような隠密性を得意とする闇エルフだ。
彼女は常に冷静で、ラナの猪突猛進な行動を抑えるストッパー役でもある。
「ええ、確かに目覚ましい復興ね。
でも、データだけでは見えないものもあるものよ」
セリーナの言葉は、いつもラナの思考に深みを与えてくれる。
王都復興の取材は、ラナが黎明新聞社に入社して初めて任された大きな仕事だった。
独立系の新聞社である黎明新聞は、王家の庇護を受ける公式新聞とは一線を画し、市井の視点からニュースを伝えることを信条としている。
ラナは、この仕事を通して、ジャーナリストとして一歩を踏み出そうと意気込んでいた。
だが、教団が復興を主導したこの地区を歩くうち、ラナは拭い去れない違和感を覚えていた。
彼女の鋭敏な嗅覚は、瓦礫の匂いや汗の匂いに混じって、どこか人工的に均質化されたような「感情の澱み」を捉えていた。
「そうですね。この地区の人たち、まるで感情を薄められたみたい…。
いつも穏やかな匂いがするのに……」
ラナは困惑し、セリーナに感覚を伝えた。セリーナは眉をひそめ、簡易記録魔導具に何かを書き込んでいる。
「たしかに、市民の表情は一様に穏やかで、争いもなければ不満の声も聞こえないわ。
だが、それはあまりにも“完璧”すぎるのよ。
統計データ上の幸福度は上昇しているが、その裏に潜む個々の感情の揺らぎが、不自然なほどに抑制されているように思えるわ」
同じく黎明新聞社の記者であるリリー・ライトが、市民への聞き込みを終えて合流した。
30代前半のリリーは、明るい笑顔と親しみやすい雰囲気で、誰とでもすぐに打ち解けることができる人間だ。彼女は王都の様々な階層に幅広い情報源を持つ。
「神官様方は、本当に献身的に働いていらっしゃるわ。
市民も皆、神の恩恵だと感謝している。
だけど、彼らは過去の苦痛について語ろうとしないの。
まるで、その記憶が消え去ったかのように……」
リリーの声には、かすかな疑問が滲んでいた。
ラナは、そばで復興作業にあたっている住民に声をかけた。
「すみません、少しお話を伺ってもよろしいですか?
こちらの地区の復興がとても早いと伺いました」
中年の男性が、汗を拭いながら振り返った。彼の顔には疲労が見えるものの、表情は穏やかだった。
「ああ、神官様方が、本当に熱心に指導してくださるからな。
我々も、神の御心のままに、ただひたすら瓦礫を運び、土を耕しておる。
感謝しかない…」
隣で瓦礫を運んでいた女性が、男性の言葉に静かに頷いた。
「はい。以前は、もっと不安で、苦しくて……
でも、神官様が『心を鎮めなさい』と教えてくださってから、こうして穏やかに働けるようになりました。
争いもなく、皆で力を合わせられる。これこそ、真の平和です」
ラナは彼らの言葉に、確かに感謝と安堵の感情が込められていることを感じた。
しかし、同時に、その感情の「深さ」が、どこか浅いような、上滑りしているような違和感を覚えた。
まるで、深い悲しみや怒りといった負の感情だけでなく、強い喜びや興奮といった正の感情まで、フィルターを通したかのように均一化されているように感じられたのだ。
ラナの鼻腔には、瓦礫の匂いの中に、かすかに「無感動」のような、人工的な匂いが混じっている気がした。
彼女たちの報告を受け、ラナの直感は「何者かによる意図的な干渉」へと確信に近づいていく。この「不自然な静けさ」の裏に、何かが隠されている。獣人ならではの鋭い五感が、そう訴えかけていた。
その日の午後、黎明新聞社の編集長ガストン・グレイの元に、取材班は報告に戻った。
ガストンは、元著名な従軍記者で、王族にも顔が利くほどの経験を持つ老練なジャーナリストだ。
彼はラナたちの報告を静かに聞き、資料に目を通す。
「ラナ、お前が感じ取った『静寂の匂い』……
その直感は、時にベテランの経験を凌駕する。
だが、我々のような小さな情報誌が伝えられる真実には、限界もある。
すべてをそのまま報じることだけが、ジャーナリズムの役割ではないぞ。
その情報が、読者にどう届くか、どう活かされるか。
それも考えるのがデスクの仕事だ」
ガストン編集長はラナに釘を刺すように語る。
ラナは彼の言葉の真意を測りかねながらも、深く頷いた。
真実を暴きたい情熱と、それがもたらす影響、そして情報誌の限界の間で、ラナの心は揺れていた。
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第27話を読んでいただきありがとうございました。
S-14「獣人記者ラナのスクープ日誌」です。
それほど長い話ではないですが、全編を通じて、何度かラナの視点から世界を見つめることになります。
「ガイア物語」は12種類の独立したストーリーが複雑に絡み合うSFファンタジーです。異世界ものですが、剣と魔法だけではなく、科学が融合している世界です。
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