第1章:S-1 皇女とアークナイツ

第1話:S-1 皇女救出作戦 -1

私、コア・トリアスは、古びた羊皮紙の巻物を広げた。


その表面には、竜族の文字で記された、星を紡ぐ者たちの最初の記録が刻まれている。インクは色褪せ、紙には時の流れが刻まれているが、その内容は鮮烈に当時の光景を映し出す。


これは、遥か昔、ガイアに迷い込んだ一人の青年が、星を紡ぐ者たちと出会い、王都に忍び寄る不穏な影に足を踏み入れた最初の記録である。


この時、彼らはまだ、世界の真の姿を知る由もなかった。


だが、その出会いこそが、後にガイアの運命を大きく変える、最初の波紋となったのだ。




私は思い出していた。


遠い昔、あの日、王国の辺境で行われた戦いを。


この戦いをきっかけに、我々は、歴史の真実を知ることとなったのだ。



_____________________


ダイチは、音を立てて焼け落ちていく古代神殿を、ただただ上空から見下ろしていた。


辺りは月明かりは差しているが、漆黒の森に覆われている。


その中心に煌々と光を放つ存在。それがアルテア王国の辺境の地、数千年の歴史があるとも言われる古代神殿だった。


ここは、激しい戦闘の末に、敵も味方も多くの命を散らした場所となっていた。


飛空挺アークは、急速にこの地を離れていく。ダイチたちの母艦であるアークも、多くの傷を負い、強化装甲ですら溶け落ちている所もあった。それだけ激しい戦闘があったのだ。





この辺境の神殿で何があったのか…


まずは、そこから説明しなければならない。






時間は、数時間ほど遡る…


















夜の闇がベールのように神殿を覆っていた。





満月の光が雲間から差し込み、荘厳な石造りの建物に銀色の輝きを与えていた。神殿の尖塔は夜空に向かって伸び、その先端は漆黒の闇に溶け込んでいた。




風は冷たく、木々の葉が揺れる音だけが静寂を破っていた。苔生した石畳を湿った空気が覆い、遠くから聞こえる水の滴る音が、張り詰めた静寂をさらに強調していた。









ダイチは岩陰に身を潜め、数日前に届いた聖騎士団からの通信を思い出していた。

彼の瞳に浮かぶ不安は、月明かりに照らされた顔に影を落としていた。


下級魔族に強襲され、皇女殿下が危機にある——


透き通るような女性の声で届いたその通信は、激しい金属音と悲鳴の中で突然途絶えていた。


その最後の瞬間の恐怖に満ちた声色が、今もダイチの耳に残っていた。


アルテア王国からの緊急依頼を受け、ダイチたちはこの場所にいた。

彼らの装備は月光を反射して時折キラリと光り、息を殺しながら敷地へ侵入する姿は影のようだった。



(俺たちは、アルテア王国からの緊急依頼を受けて、この神殿に潜入した。

 皇女様を救出するために…)


(きっと何とかなる、大丈夫、大丈夫…)


とダイチは心の中で何度も何度も確認した。

不安を打ち消すために…。






異世界に召喚されて数ヶ月。


冒険者見習いとして「世界の翼」、いわゆる冒険者ギルドに保護され、このパーティーに加わったばかりのダイチにとって、すべてが非現実的で、同時に現実だった。


彼の指先は緊張で僅かに震えていた。

薄い茶系の短髪が月明かりに微かに揺れ、黒い瞳には強い思いが見え隠れしていた。


平均的な高校生男子の体型に合わせた黒い戦闘服は夜の闇に溶け込み、肩から背中にかけての機能的な装甲は、月明かりを鈍く反射していた。


その姿は、ややオタクな感じのする、現代の若者らしさを残しながらも、異世界で生きる覚悟、戦う覚悟をすでに持っていた。



ダイチは周りを注意深く見まわした。

いつどこから敵が襲ってくるかもわからない。

息をするのもためらうような緊張感が続いている。


「ダイチ、落ち着いて。私たちがサポートするから…」


「う、うん。ありがとう、ジュラ」


ダイチは、昔、父から手ほどきを受けた古武術の呼吸と足さばきを思い出しながら、冷静さを何とか保っていた。


(もっとちゃんと修行しておけばよかったな…)


古武術を真面目にやらなかったのは、半分は、父への反発であった。

両親の仲は良かったが、どこか飄々としている父に対して、ダイチは少し苦手意識を持っていた。


月の20日以上は出張で家を空けるような父で、たまに帰ってきた時くらいしか接点がなく、彼は主に技術者だった母に育てられたのだ。






それにしても、この古びた神殿は美しかった。


周囲は古びた石像が点在し、かつては精悍であったであろう彫刻の顔は、長い年月を経て風化していた。

石畳の隙間からは雑草が顔を覗かせ、この神殿が長い間放置されていたことを物語っていた。

荒廃した庭園には、折れた噴水や崩れたベンチが放置され、魔族の穢れが僅かに澱んでいるのを感じ取ることができた。







メンバーは、影を縫いながら、神殿内を慎重に進んでいく。




先頭を行くレオンは、訓練された動きで常に低い姿勢を保ち、深緑系の機能的な近未来戦闘服に身を包んでいた。


特殊部隊の出身という彼の動きは、ダイチからすれば異世界の動きであった。


栗色の短髪はミリタリー系の刈り上げで、両眼・両耳には脳波制御用のデバイスが装着されているのがかすかに見て取れる。

赤く光る鋭い瞳が光学機器越しに夜闇を捉え、インカム越しに的確な状況報告を送る。


彼の前後には、四体の戦闘ロボット、ジェネシスが帯同している。サイボーグ化された体躯は引き締まっており、銃を構えるその動きは一切の無駄がなかった。




その後ろで、巫女姿の弥生が、目を閉じ、霊的な感知能力を研ぎ澄ませていた。


小柄で華奢な体躯には、巫女装束をベースに動きやすさを考慮してアレンジされた装束だ。


サラサラで艶のある長い黒髪は夜風に揺れ、透き通るような白い肌は月明かりの下で幽玄な美しさを放っていた。


黒い瞳は閉じられていても、その存在自体が清らかな霊気を纏っているようだった。彼女の傍らには、常に二体の犬型使い魔が影のように寄り添っている。




エルフであるシルルは、細身でしなやかな体型に白を基調とした軽やかな魔法装束を纏い、エルフ特有の優雅な身のこなしで気配を隠し、周囲の風を操って彼らの存在感を消していた。


金色のロングヘアは一部がオシャレな三つ編みにされ、時折夜風に揺れる。

青い瞳は夜闇でも鮮やかに輝き、わずかに尖った耳が、その種族を物語っていた。彼女の金色の髪が時折風に揺れ、緑の瞳は夜闇でも鮮やかに輝いていた。


物理と科学の目、霊力による探査、風の精霊による探索…。


三人の連携は完璧で、息を合わせた動きは何度も実戦を共にした者たちにしか出せないものだった。





神殿の敷地内には、かつては人々が集い談笑をしていたであろう庭園が広がっていたが、ここも今は雑草が生い茂り、石の噴水からは水が枯れていた。


夜露に濡れた石は滑りやすく、慎重に足を運ぶ必要があった。彼らの足音は驚くほど静かで、訓練された動きは一糸乱れることがなかった。



インカムがわずかに鳴り、レオンの落ち着いた声が響いた。


「潜入ルート確保。外部警戒システム稼働中。

 パターン、聖騎士団の最終通信記録と一致。

 魔族によるものと推測」


「了解」


キャプテンであるイライアスの声が返ってきた。


幾つかの傷跡や深い皺が刻まれた顔を持つ彼は、長年の経験で引き締まった頑丈な体型に、独特のデザインの船長の服やコート、マントを纏っていた。

歴戦の冒険者である彼の声は経験に裏打ちされた冷静さを保っていたが、かすかな焦りも感じられた。


「やはり魔族がシステムを掌握しているか。警戒を怠るな」


「了解、騎士団に接触し、皇女殿下の所在を確認します…」


「皇女殿下の正確な位置は不明だが、応答が途絶えた地点が近いと推測する。

 救援と皇女殿下の確保が最優先だ」


そこにシャルマの声も加わった。


「キャプテン、了解。アーク、船体各部のモニタリングを継続。異常があれば直ちに報告します。みんな気をつけて!」


平均的だがやせ型で猫背気味の体型の彼女は、機能的でやや崩れた近未来の服装を纏い、落ち着いた茶色をベースに金髪の差し色が入った髪を一つに結んでいる。


メガネをかけた顔には知的な雰囲気が漂い、科学者である彼女の声は機械的な正確さを持ちながらも、仲間を思いやる温かみがあった。


彼女の傍らには、技術的に実体を持たず、空中に投影できるタブレットが常に携帯されている。





ダイチたちが神殿の中庭を横切ると、弥生が突然立ち止まり、微かに顔を顰めた。月光に照らされた彼女の表情には小さな不安の色が浮かんでいた。


彼女の霊的な感知能力は、機械のセンサーとは違う、おびただしい数の穢れの気配を拾い上げていた。


「...強い穢れを感じます。もののけの気配…

 下級の魔族のものが、多数...この敷地内に」


弥生はダイチの傍らに立ち、少し不安げな様子を見せる。

彼女の肩が僅かに震える。


その刹那、ダイチの意識の奥で、何かが微かに反応したような感覚が走った。


弥生から放たれる霊的な波動が、ダイチの内部にある、まだ眠っている「何か」に触れたかのようだった。彼の視界の端で、弥生の纏う霊気が、一瞬だけ、通常よりも強く輝いたように見えた。


しかし、それはあまりにも微かで、ダイチは気のせいだと思った。

弥生自身も、その微かな変化に気づいたかのように、首を傾げた。


「…今、霊力が…一瞬、強く…?」


彼女は小さく呟き、自分の手のひらを見つめる。


「私の精霊魔法でも反応を確認しました」


「OK、俺のレーダーも熱源を特定したところだ…」




魔族が中にいる。

それもかなりの数が。


シルルが静かに風を操る。微細な波動が、俺たちの存在感を周囲に溶け込ませていく。


「風が、我々を隠蔽してくれます」


いつものように淡々とシルルが告げた。


彼女の声は風のささやきのように軽やかで、そこには自然の一部となったエルフとしての誇りが感じられた。



彼女は、ダイチの緊張感を察してか、軽くウインクしてみせた。

まるで、私たちがいるから大丈夫よ、とでも言うかのように…




彼らは、慎重に、そして迅速に内部へと一歩ずつ進んでいったのだった。

















________

第1話を読んでいただきありがとうございました。


古代神殿で何があったのか!?

このあとダイチが経験したことが語られます。




「ガイア物語」は12種類の独立したストーリーが複雑に絡み合うSFファンタジーです。異世界ものですが、剣と魔法だけではなく、科学が融合している世界です。


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