第12話 Q, 生きたいですか?
「———ということで、今回の相手は魔法狂いではなく、正真正銘の魔法使いです」
メガホンを口に当てながらそう宣言すると、波のようにざわめきが広がった。
いまダインがいる場所は騎士の詰所の会議室、その壇上。
目の前には十数人の伯爵付きの騎士と数人の王国直下の騎士。
全員が非番だったかちょうど手が空いていた方々だ。
ダインはここで、ダングルが騎士を倒した方法やその目的、あとはライラが知っている限りでダングルが使える魔法についてずっと説明していたのである。
しかし彼ら彼女らの視線のほとんどは、話の途中もチラチラとダインの右上に向けられていた。
ダインも話が終わったのでチラッと見上げると、そこではすこし緊張した面持ちのライラがゆったりと宙を漂っている。
ライラの事情も簡単に話したので、単純に宙に浮かぶ人間に対して物珍しさがあったのだろう。
「すみません、質問いいですか?」
「はいどうぞ」
いかにもベテランらしい騎士が挙手し、立ち上がった。
そして随分と目力の強い視線をライラに向ける。
「なぜ貴女はダングルに置いていかれたんですか?」
『……落とされました』
「落とされた?」
訝しげにライラの言葉を復唱するベテラン騎士。それに対し、ライラは少し不貞腐れたような声で言葉をつづけた。
『その、そもそも前はこうやって喋ることも姿を出すこともできなくて、小さな球の中で外の様子を見るだけだったんです』
ライラの話に合わせて陶器のような質感の白くて小さな球を周囲に見えるように掲げる。
これは小屋のドアの裏側に落ちていたものだ。
ライラによると、この中に魂のようなものが封じ込められているらしい。
『ダングル様は私がこの中にいると知らなかったんだと思います。ただ、この球を私の形見として扱っていたので逃げる時も持っていこうとしたようですが、ポケットに穴が空いていたみたいで……ドアの裏側に隠れているときに、ポロっと』
割れ物なんだけどなぁ、と呟くライラ。
当時の事を思い出したのか、その顔はだんだんと悲しそうな表情になっていく。
大切に思っている人に自分の形見を落とされた故人の気持ちはなかなか想像できないが、少なくともいい気分ではないだろう。
「な、なるほど。その、落とした事にダングルは、拾う余裕がなかったのではなく気づかなかった―――んですね。すみません」
『いえ、大丈夫です』
少女の表情から答えを察したベテラン騎士は、すぐに謝りながら席に着いた。
余計なことを聞くなというように周囲から小突かれる騎士を横目に、ダインは手元の殴り書きで作った説明会の予定構成シートに目を向ける。
質疑応答の時間は最後にしようと思っていたが、もうこの流れでやってしまっても問題ないだろう。
「ありがとうございます。他に何か聞きたいことがある方はいますか?」
その瞬間、魔法を使ったわけでもないのに部屋の空気が揺れる。
驚くことに、ほぼ全員が手を上げていた。
「……ライラさん、疲れてない?大丈夫?」
『は、はい、大丈夫です。頑張ります』
「分かった。でもきつかったら途中で止めていいからね」
騎士達から漂ってくる圧に気圧されながら、こそこそとライラに確認をとる。
そして一応時間も確認してから、今か今かと当てられるのを待っている騎士たちに向き直った。
「……じゃあ、手前の方から順番にお願いします」
―――――
「以前は喋ることができなかったとおっしゃっていましたが、なぜ急に喋れるようになったのですか?」
『ダングル様に落とされてから意思疎通できるようになりたいと思っていたら、いつの間にかできるようになっていました』
「魔法ってどうやって使っているんですか?」
『仕組みをしっかり説明しようとすると長くなってしまうんですが……簡潔に言えば、世界に漂っている力の流れを『力』を込めたもので手繰りよせて操っています』
「ダングルの潜伏先は知っていますか?」
『分かりません。ダングル様が所有している建物はいくつか知っていますが、資料を見せてもらった限り全て捜索された後だったので。ただ、ダングル様は最近も毎日どこかに出かけていました。なので他に魔法を研究する拠点があるのは間違いないはずです』
「やば、聞きたいこと全部言われちゃった……じゃ、じゃあ!好きな食べ物はなんですか?」
『サンドイッチです。特にメインストリートのクルーシアンカップ・カフェのハムエッグサンドが大好きで、よく通って食べていました』
「うそ!?あそこ私の実家なの!」
『え!?』
これだけ質問者がいれば質問内容も被るに決まっている。
なので途中からただの雑談の場のようになってしまったが、着々と順番が回っていく。
そして最後に、ダインを除いたこの場の騎士たちの中で一番偉い部隊長の番になった。
「この流れの中で真面目な質問をするのは気が引けますが、お聞きしたい。……ダングルは貴女を生き返らせるために動いているという説明がありましたが、貴女自身は生き返りたいと思っていますか?」
『それは———』
突然投げ込まれた切り口の鋭い問いかけに動揺するライラ。
騎士たちの表情も固まっていた。
かくいうダインも動きを止める。
「私はイーリス教を信仰しているのですが、その聖典の中で『死を掘り返すな』という記述があります。もし死者を起こしてしまうと、それにより生じた歪みから黄泉の国の亡霊たちが生者の肉を求めて現れると」
世界で最も多くの信者を抱えるイーリス教。
死者蘇生はその教義に反するのだ。
もちろん今までそんなものが現実に起きる可能性はなかったので、教徒でも亡霊が襲ってくるなんていう話を真剣に聞いていた者はあまりいなかっただろう。
だが、今は目の前に生と死の狭間で漂う存在がいる。魔法も現実に姿を現した。
死者蘇生が現実味を帯びてしまったのである。
「死者蘇生は阻止する。ダングルを捕縛する際にはそれが絶対条件です。これ以上、被害を出すわけにはいかない」
聖典の亡霊が襲ってくるという記述がただの脅し文句だったとしても、死者蘇生なんてものを実際に行ったら何が起きるか分からないのだ。
その報酬として期待されているものが少女一人の命だけでは、止めない理由にならない。
「先に教えていただきたい。貴女は、生きたいと願っていますか?」
部隊長の懸念は当然だ。もしライラが生きたいと、生き返りたいと願っているのなら、彼女は障害になる可能性が高い。
黙り込むライラに視線が集中する。
答え次第では、今ここで……という事になるだろう。
(これは……ズルいな)
生きる道を閉ざすと宣言した上で生きたいかどうか尋ねるとは。
部隊長の鬼畜すぎる問いかけに苦々しい顔になっている者も多いが、責める者はいない。
もしここで死者蘇生を阻止することの賛否を問えば、騎士たちは全会一致で賛成を示すだろうから。
ダインも含めて、彼らの意思は一致してしまっていた。
そのため、彼女が本当に生きたいとしても、周囲が敵にまわりかねないこの場所で『生きたい』なんて言えるはずがない。
ほら、ライラの手も震えて――
『生きたいです』
部屋のどこかで、誰かが息をのんだ。
だが部隊長は何の感情の色も見せることなく、腕を組み無言で続きをうながす。
『私にはまだ食べたいものがあります。行きたい場所があります。……風を感じたいと、そう願うこともあります』
それは、生きていた頃は当たり前のように享受していた権利。
失って初めてその素晴らしさに気づいたのだろう、生きている者の特権だ。
『そもそも不公平じゃないですか。私はこんな早く死んだのに、世の中にはおじいちゃんおばあちゃんになるまで生きる人もいる。なら私だって、もっと生きたいですよ』
手で胸を押さえながら、ライラは声を震わせる。
その声はすぐにたち消えてしまいそうなほどに小さいが、静まり返った部屋に異様に響いた。
『もし何の代償も必要とせずに生き返る機会があったなら、私は生き返る選択をしていました。でもダングル様が人を殺してしまったという事は、そんな機会は来ないのでしょう』
皮肉にも、死者蘇生には犠牲が必要だということを彼女の恩師が行動で証明してしまった。現実はそんなに甘くはないと。
迫りくる死から逃げようとあがき苦しみ、結局肉体の死を経験した少女は、またつらい現実に直面していたのだ。
だから、ライラは笑った。
『なので先生とは別の方法――生き返らずに生きる方法を探そうかなと。とりあえず喋れるようになったので、次はご飯を食べたいですね』
「…………貴女は、その年ですばらしい心をお持ちのようだ」
空気が一気に弛緩した。
部隊長は表情を緩め、組んでいた腕を解く。
そして深々と白髪交じりの頭を下げた。
「ライラさん。意地悪な質問をしてしまい、すみませんでした」
『いえ、大丈夫です。……ちょっと怖かったですけど』
「も、申し訳ない」
先ほどとはうって変わってタジタジになっている部隊長の姿に笑いが漏れる。
やはり何の非もない子ども相手に大人げない事を言っているという自覚はあったのだろう。
その証拠に、部隊長は周囲の部下たちから小声で野次られても、苦笑して受け入れていた。
騎士達が
一波乱はあったものの、兎にも角にも質疑応答の時間は終わった。
次は作戦会議の時間だ。しかしダインには一つ気になることがあった。
「先輩、遅いな……」
本当ならエーレにもこの会議に出席していて欲しかったのだが、今どこで何をしているのだろうか。
彼女が街の巡回に出かけてからもう三時間以上は経過している。
いくらこの街が広いとはいえ、流石に三時間も巡回したら一回切り上げて戻ろうと考えるはずだが、彼女は一向に帰ってくる気配がなかった。
なんとなく、嫌な予感がする。
「一度休憩にしましょう。ちょっと出てくるので、ライラさんをお願いします」
「「「「了解しました」」」」
ライラの球を置き、部屋を出る。
胸騒ぎは、だんだんと大きくなっていた。
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