”アーツ”・オブ・ザ・ブルー 1
「避妊については、問題無いから。アタシの"マスタリー"で──」
「いや、それだけ分かれば良い。ありがとう」
部屋に戻る途中、切り出しにくい話題をいきなり出してきたタバサの言葉を遮った。とりあえず、妊娠することは無いと分かれば十分だ。正直、肩の荷が下りた気分である。
うっすらと考えていたことではあった。もしかしたら、もっと関係性が進展したら、いつかはそういうことをするのだろうか、そうなると色々考えないといけないよな、とか、口には出せない先走った妄想だ。いやいやいや、とすぐに奥底にしまいこんだ遠い未来の可能性。我ながら引くわ、と心の中で頭を抱えて転げ回った。
それが、こんなことになるなんて。全く想定していなかった。仮にそんな状況になったとして、今のような不安定な状況で子供を育てる自信なんてあるわけがない。そもそも俺自身が子供なのだ。必要な知識など持ち合わせているはずもなく、それどころか、自分自身のこの世界での立ち位置さえ定まっていないというのに。
朗報なのかなんなのか、ともかく現状維持であることは確定した。それなら、今考えるべきは目先のことだろう。
保護されたは良いが、その後どうなるのか。二週間、それぞれ別れて仕事をする、という話になっているし、そもそもアヒトやタバサから借りたお金を返さなければならない。ここまでは当然の義務だ。
ただ、その先。
王都に行くことになるのか。二人だけで、あるいは誰かが連れて行ってくれるのか。まだその話は出てきていない。タイミングを見計らって訊かなければ。
部屋の前に立つ。そして、立つ。立っている。めっちゃ立ちまくっている。
「……何突っ立ってんの?」
「……いや、別に」
「……っ!」
「いてぇっ!?」
タバサに、思いっきり背中を叩かれた。
「この雑魚。重い割に、どうしてこんな時には意気地なしになるのよ」
「……すいません……」
口はあれだが、どう考えても激励である。
やはり、タバサも一緒に連れてきて良かった。俺一人だったらしょうもない緊張でえんえんと廊下を右往左往していたかもしれない。
あれなんすよ。どうしても、昨日のことを思い出してしまうんすよ。どんな顔して彼女と接すれば良いのか。俺が早起きなタイプだったから良かったものの、もしベッドで一緒に起きるみたいな状況になってしまったとしたら。ほら、あれだ。俺はすっぽんぽんだったし、アオイ先輩も──。
ああああああ想像良くない!
俺は背中をさすりつつ、再度ドアの前に立ってノックの構えを取る。一度唾を飲み込み、意を決した俺はドアを叩いた。
ドタドタと足音が聞こえ、すぐにドアは開かれた。
「おはようレンくん、タバサ」
「おはよう」
「お、お、お、はようございます、アオイ先ぱいてぇっ!?」
意を決していたにも関わらずありえないぐらいキョドってしまった上に、またもやタバサに背中を叩かれる。イラっとしたが、意図は伝わったので何も言わなかった。
アオイ先輩は微笑を浮かべている。
「アオイ。アンタに言いたいことあるから。後で、二人で話しましょう」
「うん」
分かっていたかのように、アオイ先輩は即座に頷く。表情は、変わらない。
……何か、普通過ぎないか?
「それにしても。レンくんとタバサ、一日であっという間に仲良くなっちゃったねぇ。窓から見てたよ」
「!?」
あの恥ずかしいシーンを? 見てた?
「え……えっと……」
「『友だちだって思って良いか』って。タバサもすっごい照れちゃってたねぇ。いいモノ見ちゃった」
聞こえてもいただと!? 耳良いな!? 窓開けてた!? そんな部屋から近いところにいたっけ俺たち!?
思わずタバサに目を向けると、またもや顔を赤くして目線を落としていた。こら貴様。
コイツは頼りにならなさそうなので、もう一度アオイ先輩に視線を戻して言い訳を試みる。
「あ、あれはその、あれです、その」
大分言い訳に失敗した。あれあれそのそのしていた。
「あれってなぁに? よく分からないよ? どういうこと?」
人の悪い笑みで、全力でからかってやるという意志が見え見えのアオイ先輩だった。
雰囲気は正常。いや、ある意味異常。昨日、あんなことをしたというのに、彼女はあまりにもいつも通りだった。
強い違和感を感じたが、今はそれで良いか、と無理やり思うことにした。少し、時間を掛けて考えを整理したかった。
というより、思ったよりも全力でイジり倒されたので、恥ずかしさでそれどころでは無かった。
◇◇◇
その後、ルカさんとジョルジュさんと合流しつつ、食堂で朝食を摂った。「昨日煽るようなこと言ってすいませんでした」とルカさんに謝ると、「構わねえよ。今日中に刺し殺す」と、そこそこ具体的な殺し文句を返されたが、それ以外は至って和やかな雰囲気だった。
いや、嘘だ。昨日のセッションライブの件で、声を掛けてくれる人がたくさんいた。普通に声を掛けてくるお兄さん、肩をばしんと叩いてくるおじさん、何故かいやらしい感じに首を触ってくる、がっしりとした体格のお姉さん、などなど。
同じくらいアオイ先輩も絡まれていたが、男の人に限って俺を見ると何故かビクっとなり、そそくさと去っていく。なんでだろう。
そんなこんなで朝食を摂り終えて。
「今からアンタたちを"リベレーターズギルド"に連れて行くわ」
「……何しに?」
「リベレーター登録。それと、アーツを"インストール"するのよ」
◇◇◇
魔法とは、ロマンである。
火球を飛ばし、水壁を作り、竜巻を発生させ、地割れを起こす。
そんな現象を、己の身一つで発生させることを、ロマンと言わずしてなんと言うのか。
ファンタジー好きな俺が、現実に魔法──アーツを、使えるようになる。
考えるべきことは多い。未だ胸中で蠢く、言葉にならない気持ち悪さに辟易しつつも、やはり魔法という言葉の持つ魅力には抗えない。
結果、いつも通り。腰に手を当てスキップするでもなく、うだうだと悩み続けてとぼとぼ歩くでもなく、皆と普通に歩いて何事も無く目的地に到着した。
平屋の多いコモルド村だが、この建物は違う。窓の付いている位置を見ると三階建て。でかでかと掲げられた看板に、日本語ではない謎の言語──ただし、何故か意味が理解できてしまう──で"リベレーターズギルド"と書かれている。ただ、目立つ特徴と言えば高さと看板ぐらいで、三角屋根が乗っかった、横に長い直方体の木造建築、といったシンプルな構造だ。
昨日、村を散策している時に見掛けた建物だったが、こうしてしてまじまじと眺めていると、また違った感想を抱く。ギルドと言うからには、タバサたちのようなリベレーターが集まる場所なのか。ここで仕事の依頼を受けたりするのか。受付嬢とか、ギルド長とか、いわゆる"冒険者ギルド"にいそうな人たちが仕事をしているのか。
異世界転生モノあるあるを思い返しながら入り口に近づいていくと、アヒトがいた。
「おはよう、皆」
「あら、アヒト、おはよう。そんなところで何してるの?」
「いや、君が『レンとアオイを連れてくる』って言っていたじゃないか……」
「そうだったかしら」
タバサは意外と適当な性格なのだろうかと、やりとりを聞いて思った。
「……まあ良いや。じゃあタバサ、後は僕が引き継ぐよ」
「何言ってるのよ。アタシたちも付いていくわ」
「……あー、そういうことか……君、いい性格してるね」
ん? なんだろう、この感じ。
右肩に手を置かれる。反応して首を動かすと、ルカさんが笑っていた。朗らかな、などそんな甘い感じでは無く、明らかに悪意のある笑みで俺を見ていた。いやほんと昨日のことは謝ったじゃないですか。なんでそんな「逃がさねえ」みたいな勢いで俺の肩をがっしり掴んでいるんですか。
ジョルジュさんの方は、にこやかにアオイ先輩と談笑している。彼女も楽しそうだった。いつの間にアオイ先輩と仲良くなりやがったんだてめえこのやろうぶっ倒すぞ。
「ああ、楽しみだわ。早く行くわよ」
アーツをインストールするんだよね? それだけだよね? なのになんで、そんなににやついてるのタバサさん? ……いやまさか、"インストール"という工程自体に何か、タバサやルカさんを楽しませる要素が含まれているとか?
「……あの、やっぱり帰ぃてぇっ!?」
「行くぞレン。今日はじっくりコトコト殺してやるよ」
なにそれこわい。こわくなってきちゃった。いたいしこわい。
タバサに左腕を強く掴まれ、ルカさんに右肩を強く掴まれ、アヒトは呆れ返った表情で、ジョルジュさんとアオイ先輩は相変わらず談笑中で。
よく分からないカオスな状態のまま、リベレーターズギルドに足を踏み入れさせられた。
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