end phase 2

 何かを企んでいる男二人に俺たちは付いていった。その際にお互い名乗ったが、念の為偽名を使っておいた。あまり意味は無いかもしれないが、悪人にこちらの情報は一切渡したくない。事前にそういう方針でいこうと二人で決めていた。


 大した時間も掛からず、森の中にある、少し開けた場所に作られた野営地に辿り着いた。複数個のランタンが周囲の木に吊り下げられており、思ったよりも明るかった。

 道中は待ち伏せ等を警戒し、人の気配は無いか、あるいは黒いモヤが掛かっている箇所は無いかを探ってもらったが、そういったものは発見できなかった。

 俺は"ハンター"をいつでも発動できるよう、服の中にサバイバルナイフを隠し持っている。過信をしているつもりは無いが、何があってもこのスキルで乗り切ってやる、と腹を括ってはいた。


 "ハンター"とは、狩りのためのスキルではない。

 これは、『命を絶つ』スキルだ。

 即ち、動物やモンスターだけでなく、人間も殺せる、ということである。

 "ハンター"の発動条件は、『武器を持ち』、『対象に殺意を持つ』こと。発動すると、ネガフィルムのように世界の色が反転し、同時にどう動けば対象を殺すことができるのかが見えるようになる。

 見えるモノがどのようなものか、説明するのは難しい。が、とにかくそれを『なぞる』と、まるでそれが予定調和であるかのように、対象の生命活動を一瞬で停止させられる。


 俺は荷物をまとめている時、こっそり"ハンター"を途中まで発動していた。途中まで、というのは、『見る』までで『なぞり』はしなかったということだ。

 これにより、"ハンター"が人間でも殺せるスキルだと証明された。

 これまでアオイ先輩以外の人間と出会うことは無かったし、いくら検証のためとはいえ彼女に刃を向けるなどという真似は死んでもごめんだ。ようやくので、こうして万が一の場合を気にせず検証するに至れたというわけだ。


 何か、おかしい気がしたが、俺は気にしない。


 マルクが食事の準備を始める。俺とアオイ先輩は手伝いを申し出たが丁重に断られ、代わりに青年――ジョンと、用意された、光量強めのランタンが置かれた木製の円形テーブルを囲み、これまた木製の椅子に座りながら会話していた。


「――へえ、1ヶ月近くも。すごいです、よく生き残れましたね」

「運が良かったんだと思います。道具も拾えましたし」


 そう言いながら、俺は"テント設営箱"を見せる。


「これ、『魔法の道具』ですよね? アーエールでは"魔法"は使われていたりするんですか?」

「魔法……ああ、よくドリフターが使う言葉ですね。考え方は似ているんですが、こういった道具は"星幻体具象化装置エーテライザー"と呼ばれています」

「"エーテライザー"……」

「はい。それで、魔法……"星幻体具象化エーテライズ"は、通常の技術では不可能なありとあらゆる現象を起こすこと自体を指します。このテーブルも椅子も、そのエーテライザーと同じ原理で持ち運びしているんですよ」


 厨二心がうずくような名称だがそれはともかく、この世界ではこの世界なりの魔法、"エーテライズ"が発展しているということになる。


「すごいですね……あっ、そうだ、エーテライザー以外ではエーテライズを発動することはできないんでしょうか? 例えば、人間もエーテライズを使えたり、とかは」

「現状は不可能ですね」

「そうですか……」


 道具無しだと人間はエーテライズを使えない。

 俺はこれを一旦は嘘だと判定した。

 俺たちは"スキル"を使える。スキルがエーテライズの一種であると考えると、俺たちに使えて現地人に使えないとは考えにくかったからだ。

 だが、次の質問ですぐにその考え方を変えることになった。


「……ところで、ドリフターは全員、ここに流れ着くと、ある特殊な能力を得るのですが、君たちは何かそのような能力を持っていますか?」


 スキルとエーテライズは別物。

 そしてスキルはドリフター限定の能力。

 異世界転移者に現地人の使えない能力が付与されるのはテンプレートの一つだ。先入観なのかもしれないが、この質問は恐らく彼らがスキルを持っていないことを示している。

 

「特殊な能力……あっ、もしかして」


 アオイ先輩が会話を引き継ぐ。


「心当たりが?」

「はい。さっき彼が見せたエーテライザーを手に入れる時に、何かに導かれるような感じがしたんです。というより、私たちが持っている荷物は全てそうですね」

「なるほど、有用な物を見つけ出す能力ですか」


 "サバイバー"の全てを晒すことはしない。当然の心構えだ。俺も、訊かれた時の答えは用意している。というより、ここに至るまでのストーリーはしっかりと構築しているので、その設定に従っているだけである。


「それで、君はどうでしょう?」

「俺は……そうですね、魚とか獣とか、食べ物になる動物を捕まえる方法が、分かってしまう感覚があった、ような気がします」

「狩猟の知識をもたらす"ギフト"、といったところでしょうか。……合点がいきました、君たちはそうやって乗り越えてきたんですね、素晴らしい」


 とは言ったものの、少し、ミスをしたかもしれない。『合点がいった』、と言わせてしまった。最初からスキルのことは明かすべきだったか。あるいはこの世界に来て数日しか経っていない、とすべきだったか。

 いや、慎重になりすぎだ。相手は俺たちのことをただの無知な"ドリフター"だと思っているはず。実際そう振る舞っているし、多少の粗があっても逆に人間的で真実味が増すとポジティブに考えた方が良い。

 自信を持て、俺。悪い癖がまた出てるぞ。目的はあくまで情報収集、そして逃亡だ。完璧にこなすこと自体が目的ではない。アオイ先輩が俺の至らなさはフォローしてくれる。落ち着いて、淡々と、堂々としていれば問題は無い。


「"ギフト"、というのはつまり……」

「はい。ドリフターは誰もが君たちのように、それぞれ固有の特殊な能力を持っていて、その能力の総称を"ギフト"と呼んでいます。私たちはギフトを持っておらず、だからこそこの国ではドリフターの存在を重要視し、こうして発見し次第救助、保護の活動をしている、というわけです」


 スラスラと納得感のある、俺たちを保護した理由だった。良く、練られているなと思った。


「本当に、助けていただいてありがとうございます」

「いえいえ、君たちは私たちがいなくても助かっていたでしょう。後一日も歩けば村道が見えてきますしね。それに、元々これは仕事の内です。しっかり報酬も国からいただきますよ」


 アオイ先輩は改めて礼を述べる。

 ジョンは謙遜し、そして穏やかな笑みを浮かべている。

 俺はアオイ先輩の様子をちらりと見る。至って普通に話をしている。


「後は、空に浮かぶ青い星の話でもしましょうか。今はもう夜なので見えないですが、あれは"アイテール"と呼ばれています」

「アイテール……」


 サバイバル生活を続けていく内に慣れてしまっていたが、毎日毎日太陽を追って現れる、とてつもなく大きな、あるいは距離の近い星の話だ。

 ようやくあの星の名称が"アイテール"だと判明した。


「地球には無かったものでしょう? 実はですね、アーエールにドリフターが現れた時期とアイテールが現れた時期は全く同じだと言われていまして」

「そうなんですか?」

「はい。それと、エーテライズが新たな技術として組み込まれていったのはアイテールの出現がきっかけ、だそうです。アイテールからは、"星幻体エーテル"と呼ばれる目に見えないエネルギーが常に降り注いでいるとされ、その"エーテル"を用いてエーテライズを引き起こすことができるんです。この辺りの詳しい仕組みは研究者の分野ですが」

「なるほど……」


 この世界を構成する要素が次々に明らかになっていく。

 "アーエール"と呼ばれるこの地上。

 "アイテール"と呼ばれる青一色の星。

 "エーテライズ"と呼ばれる魔法。

 "ドリフター"と呼ばれる異世界転移者。

 "ギフト"と呼ばれる特殊能力。

 嘘ではない、と思う。全て実際に俺たちが目で見て、体感している要素だからだ。


「やぁ、やぁ、皆さん、食事の用意ができましたよ」


 マルクが鍋を持ってやってくる。立ち上る匂いを嗅いだ途端、俺は食欲がこれでもかと刺激され、考えていることがどこかに飛んでいってしまった。

 腹減った。美味そうだ。

 警戒しているつもりだったのに、食欲の波に押し流されていく。

 完全に食欲に支配される前に、またも俺はアオイ先輩を見る。やはり何も、問題は無い。

 今ここで信頼できるのはアオイ先輩だけだ。とにかく、アオイ先輩の合図を待とう。それまでは普通に、何も知らない"ドリフター"を演じる。それが俺の仕事だ。

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