2,一次試験
一次試験の内容は「大岩を破壊せよ、制限時間は3分」RAの使用はもちろん可。
先陣を切ったのは、派手な衣装に身を包んだ男だった。頭からつま先まで青と金の衣装で統一されており、どう見ても実戦より舞台映えを意識した格好だ。本人もその自覚があるのか、カメラに向かってやたらと手を振り、ポーズを決める。
「雷よ、我が
意味のない詠唱と同時に空が唸り、男の手元に雷が集束する。RAによる誘雷だろう。雷撃を纏った男は、目の前の岩に向かって跳躍し、雷を叩きつけた。
――バリバリッ!
閃光とともに、岩は派手に砕けた。いや、正確には岩の表面だけが大げさに粉砕されたようだった。このショーを運営する王国のスタッフ、他の参加者からどよめきが起こる。
「見せ方ばかりだな」
俺は思わず呟いた。破壊力としては中の下、だが、映像映えとしては満点だ。なるほど、やはりそういう舞台なのだと理解する。
二人目、三人目も続く。今度は炎、次は氷……、それぞれのRAに特化した能力を誇示し、いかに“うまく魅せるか”に心血を注いでいる。だが、誰からも血の匂い、本気の匂いは感じられない。これは戦争ではなく、審査とショーの融合だからだ。
魅せることに心血を注いでいるからか、いや、戦闘を想定したら明らかに非力な者ばかりで、多くが制限時間内に破壊できず脱落した。
そして、勇者候補の本命、ゴドリゲスの番がやってきた。彼が前に出ただけで、周囲の空気が変わる。ざわめきがざわめきでなくなる。すべてが彼に向く。
「やあ、皆さまごきげんよう」
その第一声からして既に演出だった。全身に纏う鎧は日差しを受けてまばゆい光を放ち、彼の足元にはいつの間にか花びらが舞い散る。RAによる演出効果だ。
試験開始の合図とほぼ同時、軽いステップで前に出ると、剣を一閃。
――剣閃が見えないほどに早い。
ゴドリゲスが剣を収めると、大岩がスーッと真っ二つに裂け、時間差で動き始める。まるで大岩も自分が上下真っ二つに切られたのを気づいていないかのようだった。ドゴーンと、上面の岩が地に着き、断面の光沢がその鋭さを示している。
やっかいな相手だ、と改めて思う。実力も、演出も、人気も、すべてにおいて今の時代に求められている勇者として都合が良すぎる。俺とは正反対の男。だが、ゴドリゲスの強さは本物だと認めざるを得ない。
「さあ、次は……」
司会のアナウンスが呼んだ名は、聞き覚えがあった。
「ノアール!」
観衆たちがどよめくなか、ノアールは前へ出た。
紫がかった癖のない長髪をなびかせながら歩み、高潔さはやはり貴族然としている。だが、どこか影を背負ったような気配を纏っている。あれから彼女は、自分を変えたのかもしれない。
俺とノアールが初めて出会ったのは、まだ九つの頃。彼女は夏休みで村に滞在していた貴族の娘で、ゴドリゲス同様、RA-Hという天賦の才を持ち合わせている。
RA-Hとは、RA適性者の中でも1パーセント以下の選ばれし素質を持つ、最高ランクの適応者だ。序列としてRA-H(High)。次点でRA-M(Medium)、RA-L(Low)と続く。
森で魔獣が現れた幼き日の記憶。そのときノアールは何もできなかった。RA-Hの力を持ちながら、恐怖に凍りついて動けず、ただ怯えていた。それを俺が守った日の、あの記憶が残っているはずだ。
今、彼女がどんなRAを見せるのか。
ノアールは大岩の前に立ち、何も言わず、ただ手をかざした。その瞬間、周囲の空気が一変した。あらゆる音が吸い込まれ、風すらも止まる。 次の瞬間、彼女の長髪がふわりと舞い上がったと同時、大岩に切れ目が発生し、真っ二つに落ちる。目に見えないほどの微細なRA制御によって、風を刃として真っ二つに切ったのだ。
大岩の切れ方からしてゴドリゲスと同じような破壊のされ方だ。しかも素手でやってのけるあたり、性格が悪い。自らが勇者候補筆頭のゴドリゲスをも凌ぐ力だと見せつけ、喧嘩を売っているとすら思える。貴族様の考えることはわからないが、変わらずプライドだけは高そうな女だ。
さきほどのゴドリゲスのときとは一変。拍手すら起きない。誰もが、ただ呆然と見つめていた。
恐怖でおののいたあのとき見た少女とは違う。彼女は、あの森で立ちすくんでいた頃とは目つきがまるで違った。そしてその冷たい眼差しは一瞬俺に向かった気がした。いや、確実に彼女は俺に一瞥をくれて、控えている参加者に紛れるように、一直線に俺の元に歩み寄ってきた。
ノアール。約十年ぶりか、俺に何を言う。そうつばを飲み込んで身構えていた。ノアールの視線は紛れもなく俺を捉えまっすぐ歩み寄ってくる。
しかし、ノアールは俺をかすめて後方に消えていった。何も告げることなく。あのとき何もできなかった自分を払拭するためか、それとも、別の何かを見つけに来たのか。彼女の目的は測りかねるが、その冷たい目には、あの頃とは違う確固たる意思が宿っていた気がした。
ノアールはきっとこのオーディションでなにかを拭いに来ている。ゴドリゲスとて、自らに背負った宿命を完遂するため。そして俺は、俺は知っている。本物の勇者とはゴードン家にあらず。真の勇者の家系とは俺、コウノ家だ。その偽りの歴史に、今日、終止符を打つ。
再会に一喜一憂する時間ではない。それをノアールとてわかっているからこその無言。あんたも強くなったなら、言葉じゃなくて、力で語れ。そう言いたいのか。わかった。やってやるよ。
「よし。合格。次、タカノ・セッカ」
砂時計がひっくり返され、ざらりと白い砂が落ち始める。三分。周囲にいるのは、審査官と王国のスタッフ。拍手も歓声もない。けれど、それでいい。俺は見世物じゃなく、証明しに来た。
岩の前に立つ。深呼吸をひとつ。精神を研ぎ澄まし、両手で柄を握り直す。俺の武器は、刀だ。
半身を切り、重心を落とす。構えは質素で目立たない。だが、刃に込める圧だけは研ぎ澄ませる。RAなど不要。
“振る”より“振り出す前”が勝負――父が残した言葉だ。
意識を柄の中心に沈める。視線、体重、呼吸。空気との接続を整える。砂が三割ほど落ちたころ、踏み込む。風がぶうっと鳴る。刃が空を裂いた瞬間、
――カツン、と乾いた音。
剣先が岩に触れただけで止まったように見えた。一瞬、後方のスタッフがざわついた。何が起こったのか分からない様子。
だが次の瞬間、岩肌に一本の細い線が走る。
パキ……パキパキ……ッ。
亀裂が広がっていく。蜘蛛の糸のように、芯へ芯へと食い込んで。そして、
――ドゥン。
内部から崩れた。外殻はほぼ無傷のまま、内側だけが砕け落ちる。
砂時計はまだ半分にも届いていない。
静寂。
スタッフが数秒の沈黙を経て、慌ててモニターの映像を確認する。誰も予測できなかった壊れ方だったのだろう。
司会が遅れてマイクを取る。
「い、今のは……外側を壊さず中心を崩す、精密な斬撃! タカノ・セッカ、合格です!」
息を吐き、刀を収める。目立つことは望んでいない。けれどこの静けさこそが、俺の爪痕だ。
人波の裏へ戻る最中、視線を感じた。見ずとも分かる。ノアールだ。あのとき森で折れそうだった彼女の目ではない。確かに俺を測っている。ゴドリゲスは優雅に顎を上げ、意味ありげな笑みを寄こした。
ほどなくして一次試験は終わった。まだ一次試験だと言うのに、参加者の8割は脱落し、20名まで絞られた。参加者は今一度大広間で待機するよう告げられた。そして、本試験最大の試練と言われる二次試験『
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