第68話 豚汁、少年の告白

 ​豚汁と山盛りの白米。

 少年の名前は佐々木 蓮くんというらしい。

 彼は、それこそ一心不乱に、その二つを胃の中へと流し込んでいた。


 お椀に盛っては空になり、空になっては俺がよそう。その繰り返しを三度ほど経て、ようやく彼の猛烈な食欲は、落ち着きを取り戻したようだった。


​「……ごちそうさま」 


 ​ぽつりと、蚊の鳴くような声で呟き、彼はお椀を置いた。

 腹が満たされたことで、彼の全身を覆っていた、針山のような警戒心も、少しだけ丸くなったように見える。


 リサが、そっと温かいお茶を彼の前に置いた。蓮くんは、戸惑いながらも、その湯呑みを両手で大切そうに包み込んだ。 

 ​囲炉裏の間には、薪ストーブの炎が爆ぜる音と時計の秒針の音だけが響いていた。


 俺は切り出すタイミングを計り、そして、できるだけ穏やかな声で、彼に問いかけた。


​「さて。腹もいっぱいになったところで、話を聞こうか」


 俺は彼の目をまっすぐに見つめる。


「君は、名前は? どこから来て、どうして、こんな北の果てまで来たんだ?」


 ​決して詰問するような口調にならないように。ただ、俺は君の話を聞く準備ができているよ、という気持ちを込めて。


 ​蓮くんは、しばらくの間、湯呑みの中の緑色を、じっと見つめていた。


 やがて、観念したように、ぽつり、ぽつりと、自分のことを語り始めた。


​ 改めて名前は、佐々木 蓮。17歳の高校二年生。東京から来たらしい。

​ 原因は、父親との対立だった。

 彼の父親は、いわゆるエリートサラリーマンで、蓮くんにも自分と同じように、いい大学に入り、安定した大企業に就職することだけを望んでいたという。


​「父さんは、俺のやりたいことなんて、何も聞いてくれないんだ」


 蓮くんの声には諦めと怒りが混じっていた。


「俺は、音楽が好きで……将来は、そっちの道に進みたいって言った。そしたら『そんなくだらないもので、飯が食えるか!』って……。俺の夢を頭ごなしに否定したんだ」


 ​その一言が引き金だった。

 大喧嘩の末「なら、親の世話になんかならないで、自分の力だけで生きてやる!」と啖呵を切り、ほとんど貯めていた小遣いを手に家を飛び出してきたのだという。


 ​音楽の夢、か。


 俺は、かつてこの場所で同じように夢に破れ、そして再生していった、アキラさんのことを、ふと思い出していた。


 ​俺は、安易に「分かるよ」とは言わなかった。世代も、境遇も、何もかもが違う俺に、彼の本当の苦しみが、分かるはずもないからだ。


 だから俺は、ただ一言だけ返した。


​「そうか。大変だったな」


 ​そして、少しだけ現実的な話に戻す。


「で、ここに泊めて働かせろ、と。うちが何屋か、分かってて言ってるのか?」


​ 蓮くんは、少しだけ、むっとしたように唇を尖らせた。


「ネットで、見た。ダンジョンがある、変な宿だって、知ってる。……なんだか、面白そうだと思ったから」


 その子供のような不器用な理由に、俺は少しだけ笑ってしまいそうになるのを、ぐっと堪えた。


 ​さて、どうしたものか。

 俺は少しだけ考えると、彼に一つの提案をした。


​「分かった。じゃあ、取引だ」 


 俺は彼に向かって人差し指を一本立てる。


「条件が一つだけある。君の親御さんに、君が無事だということだけ、電話で連絡を入れる。それが条件だ。家に戻れ、なんて野暮なことは言わん。だが、どれだけ喧嘩したって、親は親だ。心配させてるだろうからな」


 ​蓮くんは、その予想外の提案に明らかに反発の表情を見せた。

 だが、俺は言葉を続けた。


​「それさえ、約束してくれるなら、ここにいていい。仕事なら山ほどある。薪割り、掃除、モンスターたちの世話……まあ、色々とな。その働きに応じて、三食昼寝付きで、泊めてやる。どうだ? 悪くない取引だと思うが」


 ​蓮くんは、しばらくの間、俺の顔をじっと睨みつけていた。

 だが、彼の目から少しずつ反抗の色が消えていく。彼自身、この提案が今の自分にとって最善のものであることを理解したのだろう。


 ​やがて彼は小さな、しかし、はっきりとした声で呟いた。


​「……分かった」


 ​こうして家出少年・佐々木 蓮のダンジョン民宿での、奇妙な「住み込みバイト生活」が正式に始まることになった。

 彼が、この場所で何を見つけ、何を感じるのか。そして、俺は、この不器用な少年をどこへ導いてやれるのか。


 新たな挑戦がまた一つ始まろうとしていた。

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