第52話 縁側は、町の寄り合い所

 キン、コン。キン、コン。

 俺が無心で斧を丸太に振り下ろす音だけが、雪が舞い始めた静かな集落に、心地よく響き渡っていた。

 自分のため、そして、困っている隣人のために汗を流す。その単純な労働が、不思議と俺の心を穏やかに満たしていく。


 その、規則正しいリズムを破るように、一台の軽トラックが、威勢のいいエンジン音と共に、俺の家の前に停まった。

 荷台に「魚政」と書かれたその車から、ねじり鉢巻がトレードマークの、あの人が降りてくる。


「おう、雄介! 精が出るなあ! その小気味いい音、市場まで聞こえてきたぞ!」


 魚屋の大将が、ニカッと歯を見せて豪快に笑った。その両腕には、大きな発泡スチロールの箱が抱えられている。


「ほらよ、差し入れだ! 今朝、港に揚がったばかりの極上の秋鮭だぞ! これで美味い鍋でも作って、精をつけやがれ!」


「え、いいんですか、大将! こんな立派なのを!」


「おうよ! お前さんは、今やこの町の有名人だからな! 町の宝は、大事にしねえとよ!」


 大将が、ぶっきらぼうな優しさを発揮していると、今度は、坂道をゆっくりと、一台の自転車が登ってきた。


「あらあら、まあまあ。みんな集まってるじゃないの」


 八百屋のおばちゃんだ。


「雄介ちゃん、寒くなってきたねぇ。これ、白菜を漬けすぎちゃったから、おすそ分けよ。こっちの朝採れ大根も」


 自転車の前カゴから、まるまると太った見るからに美味そうな野菜たちが、次から次へと取り出される。


 俺が薪割りの手を一旦止め、感謝を述べていると、いつの間にか、ぎっくり腰のはずの鈴木さんまで、腰をそろそろとさすりながら、再び家から出てきていた。


「おお、みんな来てたのか。なんとも、賑やかなこった」


 気づけば俺の家の縁側は、鈴木さん、魚屋の大将、八百屋のおばちゃんという、この町の重鎮たちが、ずらりと顔を揃える「寄り合い所」と化していた。

 俺は急いで母屋から人数分の座布団と熱いお茶を運ぶ。


「しかし鈴木さん、腰の方は大丈夫かい?」


「おう、大将。雄介が薪を割ってくれると思ったら安心したのか、少し痛みが和らいだわい」


「まあ、無理しちゃだめよ。秘伝の腰痛に効く湿布、あとで持ってきてあげるからね」


 そんな温かい会話が交わされる中。

 縁側の賑やかさを察してか、家の中から、プルがぷるぷると、ゴブ吉がもじもじと、ひょっこり顔を出した。

 大将は、プルを見るなり「おう、プル!」と慣れた様子で、その頭をわしゃわしゃと撫でた。


「お前さんがいると、魚の鮮度を保つのに、本当に助かるぜ! 夏場は、お前さんなしじゃ、商売上がったりだ!」


 どうやらプルは時々、大将の店に「天然の最高級保冷剤」として出張しているらしい。


 おばちゃんは、ゴブ吉の前にしゃがみ込むと、持ってきた野菜の中から、規格外で売り物にならない、指先ほどの大きさの可愛いカブを、そっと手渡した。


「ゴブ吉ちゃん、いつもお掃除、ご苦労様ね。はい、お駄賃よ」


「キィ!」


 ゴブ吉は宝物のようにその小さなカブを受け取ると、深々と何度も何度もお辞儀を繰り返した。


 この町の人間とモンスターが、ごく当たり前のように、家族のように交流している。

 この光景こそが俺の民宿の何よりの自慢なのかもしれない。

 そんな、ほのぼのとした井戸端会議が盛り上がっていると母屋の襖がすっと開き、こたつむり状態だったリサが眠そうな顔で出てきた。


「んー……なんですかー。やけに楽しそうなことしてますねー」


 そのリサの姿を見たおばちゃんが、ぱん、と手を叩いた。


「ああ、そうだ、リサちゃんや。ちょっと、教えておくれでないかい。あんたがいつもやっとる、その『すまほ』とかいうので、『ぴくにこどうが』ってのを、わしらにも、一度見せておくれよ」


 その一言に大将も、鈴木さんも「おお、それが見てみたかったんじゃ!」と、興味津々で身を乗り出した。

 どうやら、この寄り合い所は、次に異文化交流の場へと姿を変えることになりそうだ。

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