残暑2


 海辺は、かすかなざわめきに包まれていた。

 遠くの波打ち際では、まだ幼い頃の笑い声が反響しているようで、それが今の出来事なのか、昔の記憶が呼び起こされたのか、私には判別がつかなかった。


 大吾の姿は確かにあった。

 けれども、彼の足元は波に溶けるように揺らぎ、影は伸びたり縮んだりして定まらなかった。大吾だけではない。幼馴染たちの輪郭も、強い日差しに晒されているというのに、曖昧でぼやけていた。


 「おーい、早く来いよ」

 声以外は静か過ぎる。

 声だけがはっきりと届いた。

 その明るさが、かえって不気味に響いた。


 私は砂の上に立ち尽くしていた。足が動かないというよりも、進むべき方向が定まらない。潮の匂いが濃く、まぶたの裏側まで塩気が入り込むようだった。


 町田は馬の背にいた。

 その姿は、海辺の喧噪から切り離されていた。まるで異なる時間に存在しているかのように、彼は静かに馬のたてがみを撫でていた。

 「行こう」

 彼が言うと、馬は砂を踏みしめた。


 私は遅れて歩き出した。波に足を取られるたびに、遠くの笑い声が途切れ、また戻ってきた。

 遠くに海辺のサーカス。

 ピエロと小人がトラに餌をあげている。

 青の時代の様な親と子供。

 だが、砂浜に辿り着いたとき、そこには誰もいなかった。


 海辺は、初めから空っぽだったのかもしれない。

 けれども、私の中には、皆と並んで写真を撮った確かな感触が残っていた。肩に触れる手の重み、押し合う体温、笑い声の震え。フィルムの中で、皆が笑っているそんな確信が、かえって現実味を薄めた。


 私は町田を振り返った。

 彼は相変わらず馬の上にいて、私よりも高い位置から景色を見下ろしていた。風に吹かれても姿は揺らがず、ただ一点を見据えていた。


「道の最後まで行こう」

 町田が呟いた。

 「最後は行き止まりでしょ」

「だから行く意味がある」

 「俺には理解出来ないな」

「好きな女の子に見られたら恥ずかしいだけだろ?」

 その声には、迷いも感情もなかった。単なる報せのように、乾いた響きだけが残った。


 私は頷いた。理由は必要なかった。

 海の騒がしさはもう遠く、背後に霞んでいく。

 集合写真という出来事は、確かにあったのに、今ここには痕跡すら残っていなかった。


 私は何を見ていたのだろう。

 誰と笑っていたのだろう。


 問いは胸の奥で繰り返されるだけで、答えは砂に吸い込まれるように消えていった。




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