あかなめ10


踏み込み


 午前四時を少し回ったころだった。

 まだ夜の名残を留めた田園の道を、数台の車がゆっくり進んでいく。

 サイレンは鳴らさない。住宅の窓に、わずかな青い光だけが走った。


 刑事・高瀬は合図をして、数人の部下を伴い玄関へと向かった。

 チャイムを押す。

 返答はない。

 耳を澄ますと、かすかに呼吸とも呻きともつかぬ音が内側から滲み出ている。


 「開けろ、警察だ!」


 応答はなかった。次の瞬間、金属の器具が音を立て、鍵は外される。

 扉を押し開いた刑事たちに、むっとした生臭さが一気に押し寄せた。


 部屋の中は暗く、カーテンは固く閉ざされていた。

 灯りを点けた瞬間、全員の動きが止まった。


 壁際に並ぶ棚。

 瓶詰めにされた肉片、乾燥してひび割れた舌、変色した布に包まれたもの。

 まるで標本のように、一つひとつ丁寧に並べられている。


 机の上にはノートが積まれていた。

 その表紙には数字が振られており、開けば中には切り取られた舌のスケッチと、日付と、意味不明な短文。


 「あかなめさん」


 若い刑事が棚を見て、数を数えながら声を震わせた。

 高瀬は吐き気を抑えるように口を押さえた。


 その中心で、宮崎は膝を抱え、唇を動かしていた。

 「まだ舐め切っていない……」

 舌の幻聴に応じるように、うわ言を繰り返している。



 さらに奥、風呂場の扉を開けた瞬間、鼻を衝く腐敗臭が吹き出した。

 換気扇は回っていたが、もはや意味をなさない。

 浴室に蝿や蛆も異常な数がいた。その様がこの場所が全ての根源だと伝えているようだった。


 床板の一部が不自然に浮いている。刑事たちは工具でこじ開けた。

 黒い泥にまみれた骨が、ぞろぞろと姿を現した。

 指、肋骨、頭蓋――それらは半ば肉の繊維をまとったまま、重なり合っていた。


 捜査員が震える声で数を告げる。

 合計三十一人分。

 それは「空白」でも「幻」でもなく、現実の証拠として彼らの前に突き付けられていた。


 高瀬は息を詰めた。

 「逮捕しろ」


 手錠をかけられた宮崎は抵抗もせず、ただ空を見つめ、独り言を言って笑っていた。

 「夜明けは形じゃないんだ」

 「鼠が泳ぐよお母さん」

 「味は頭が蛙に」

 「あかなめさんあかなめさん」

 「蛙の頭」

 「あかなめさん」

 「蛙が泣いたよお母さん」



 翌朝、テレビと新聞は一斉に報じた。


『舌切連続猟奇殺人事件 容疑者宅から多数の遺体片』


昨日未明、県警は××市内の家宅捜索し、住人の宮崎〇〇(17)を死体遺棄容疑で逮捕しました。

室内からは切断された人間の舌とみられるものが19点発見され、さらに浴室床下から12人分の骨や腐敗した肉片が見つかりました。

警察は、行方不明者との関連を調べるとともに、連続殺人事件として全容解明を進めています。



 スタジオのキャスターは、苦々しい表情で言葉を続けた。

 「極めて猟奇的な事件です。被害者は少なくとも三十一人にのぼると見られ……」


 街の人々が映される。

 「特に普通の人だね挨拶もするし」

 「まさか、こんなことをするなんて」

 「母は変わった人」

 「大勢死んでんのに警察は何をしてたんだよ?」

 だが画面の端に映る一軒家の窓、カーテンが揺れていた。

 それは誰も気づかぬほどわずかに波打ち、まるで舌の呼吸のように見えた。

 


その後、大掛かりな床下の捜索が始められ、子供の骨とみられる物が2人分見つかった。

調べた所、宮崎容疑者の母が25年前程に、捜索願いを出していた、7歳の子の骨と近所に住む、もう一人の小学生の骨と判明。

大人の骨も発見。夫の骨と断定された。

母、容疑者として逮捕。




床下捜索でより下の層から、時代が違う人間や動物の骨が100体程、発掘された。

調べた所、江戸時代より前の物と判明。

全ての骨の下顎が損傷。

街の歴史研究者によると、この辺の土地の奇祭で"舌切納め"と言われる風習が文献に書いてあると言う。

それらの供養かは分からないが、舌切地蔵が造られ、それがあった場所に宮崎家が建てられたと近所の方が話を聞いた。






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