村の剣と風の壁

サリオン達は、部屋を飛び出し建物の外に出た。


息を切らしながら空気を吸い込むと、村の様子が一変しているのに気づいた。


村の広場には、空気を刺すような緊張と異様な気配が満ちていた。



女子供に至るまで、村人たちは皆、手にした武器を強く握りしめていた。


細い指も逞しい腕も震えを隠しきれず、それでも誰もが真正面からサリオン達を見据えている。


顔には怯えと覚悟が交じり、広場の中央から「早くこっちへ!」という声が次々と飛ぶ。


サリオンの背にグラフが息を殺し、セトは瞬時に周囲へ目を走らせた。


屈強なエルフ戦士たちが、銀色の鎧をまとい、肩には精霊の淡い光がまとわりついている。


精霊たちは風にさざめき、どこか警告のように村の空気を揺らした。



その頃、村の建物の奥――先ほどまでサリオン達が話を聞いていた部屋には、異様な緊張が張り詰めていた。


床には倒れ伏したアドルアの亡骸。


その静かな身体を挟んで、ネルギスの前には五人のエルフ戦士が一列に立ちふさがっていた。


彼らの呼吸は荒く、剣の切っ先が僅かに震えているが、足取りは一歩も引かない。


精霊使いの手元には風の精霊が漂い、衣を揺らしながら守護の壁となっていた。



ネルギスは額に走った衝撃を思い返し、無意識にその傷口へ手を当てる。


油断した自分への怒りと、ペンダントと生贄を同時に逃した焦りが胸の奥を焼く。


普段は冷徹なその瞳も、今はわずかに苛立ちを宿していた。


「ちぃっ……」


短い舌打ちが沈黙を裂いた。


ネルギスは低く呪文の詠唱を始めようとする。


だが、風の精霊たちが突如ざわめきを強め、部屋の空気が乱れた。


幾重にも巻き起こる風が声をかき消し、呪文の響きを押し流していく。


ネルギスの唇がかすかに動き、魔力の気配が膨れ上がりかけたその瞬間――


精霊の風が彼の声を攫い、詠唱は霧散した。



「……このままでは分が悪い……今日のところは出直すとしよう」



悔しげに言い残し、ネルギスの姿は影が溶けるように部屋から消えた。


ほんの一瞬、風が部屋を吹き抜ける。


その風がネルギスの気配を攫い去ったように感じられた。



ネルギスが姿を消した後も、部屋の空気はなお緊張に満ちていた。


エルフ戦士の二人は、剣を納めることなく、しばらくネルギスのいた場所から視線を外さなかった。


風の精霊使いも精霊の光をその身に残し、油断の色を見せない。


ひとりの側近が、倒れたアドルアに駆け寄り、その亡骸をそっと抱き上げる。


膝をついて身体を支え、静かにその顔を両手で包んだ。



案内役のエルフと、もう一人の生き残り戦士は、アドルアへ短い追悼の祈りを捧げた。


彼らは額に手を当て、静かに目を閉じる。


低く、胸に染み入るような声が、亡き仲間の名を呼んだ。


部屋には数拍の沈黙と、淡い精霊の光だけが残る。



祈りを終えた二人は、そのまま外――村の広場へと駆け出していく。


彼らの足取りは重く、だが決意のこもったものだった。


悲しみを滲ませつつも、今この村と仲間を守るため、その背筋はわずかに伸びていた。



村にはまだ、張り詰めた空気と、夜風に乗って流れる精霊のざわめきが残っていた。


屋根の上を渡る風が、遠くで誰かのすすり泣きを連れてくる。


沈黙の中に、ただ静かな緊張と微かな希望だけが漂っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る