炎の中の乱戦

村を覆う炎と黒煙はさらに広がり、午前の光を鈍く霞ませていた。


怒号と悲鳴、金属の衝突音が重なり、村と神殿前は秩序を失った混沌の渦中にあった。


魔物の群れは押し寄せ、粗末な農具を振るう村人たちを蹂躙していく。


焦げた木材が弾ける音と血の匂いが風に混じり、息を吸うたびに喉が焼ける。



サリオンは鋭い声で仲間を誘導し、剣閃を走らせる。


だが剣が屍を斬り裂いても、次の一歩を踏み出す前に別の影が迫る。


セトは震える指で矢を番えるが、乱戦の只中では射線が遮られ、狙いを定める隙すらない。


ミラは必死にスリングを振り抜き、飛石を次々と放って村人を襲う魔物を牽制する。


だが数は減らず、血の泥の中で声にならない悲鳴が増えていく。


数の暴力がじわじわと押し込み、各自の動きは連携どころか散発的な応戦に追い込まれていった。



---


神殿の奥。


厚い扉の向こうにも魔物の爪が届き始めていた。


アマンダは耳を塞ぎ、壁の震えと怒号に耐える。


見えない恐怖が心臓を早鐘のように叩き、膝が震え、冷汗が背を伝った。


その隣で、老司祭ジニルが立ち上がる。


衣を揺らし、祈りを胸に刻みながらメイスを握った。


扉の隙間から牙を剥いて飛び込むゴブリン。


ジニルは祈りの言葉と共に振り下ろし、頭蓋を砕き、鮮血を床に散らせた。


普段の慈愛に満ちた顔は消え、鋭い眼光と背筋がその場を圧した。


祈りと戦いが一体となり、


彼の姿は「闘神バルトアの司祭を務める男」を雄弁に物語っていた。


---




戦場の最前線。


サーキスは祈りを続け、青白い光を纏いながらメイスを振り抜いた。


骨が砕け、血が飛び散るたびに祈りが重なる。


その姿は狂気すら帯び、祈りと暴力が渾然一体となって戦場を支配する。


隣にはグラフ。彼もまた頭部粉砕の戦法を徹底して迎え撃ち、血に濡れた鎧を軋ませていた。


師弟は並び立ち、防衛線を必死に支え続ける。



やがて二人は女将と子供たちが必死に農具や薪を振るって抗っている場所に辿り着いた。


女将の手は血で滑り、子供たちの瞳は恐怖で震えていた。


だが彼らは退かず、家を守るために必死に敵へ打ちかかっていた。


サーキスとグラフが前衛に立ち、血を浴びながらも必死に守り抜く。


その背後にサリオン、セト、ミラ、エルナ、マルグが追いつき、援護に回った。


「エルナァ――治療だッ!」


サーキスの咆哮が戦場を突き抜け、エルナは頷き、マルグと共に負傷者のもとへ駆けた。


その声に、絶望しかけていた女将の目にわずかな光が戻る。



---


負傷に駆け寄り、神に奇跡を祈ったその瞬間だった。


治療に集中するエルナの背後に影が迫り、振り下ろされる魔物の腕。


一人の老人が身を投げ出し、彼女を庇った。



骨が砕ける音。地面に叩きつけられる音。


血飛沫が散り、短い呻き声だけが残った。



ミラの目が大きく見開かれた。


その眼前で、老人の体が魔物の腕に叩き伏せられていく。


音も炎も遠ざかり、ただその光景だけが鮮明だった。


昨晩、炭火の前で塩漬け鳥を焼きながら笑っていた皺だらけの顔。


冗談を飛ばし、目尻に刻まれた皺を揺らしていたその口元が――


今は血に濡れ、力なく崩れていく。


温もりのあった手は土と血にまみれ、指先が震えながら地面をかく。


胸の奥が焼け付くように熱く、喉が塞がり、息すらまともにできない。


まるで世界がゆっくりと反転していくように、老人の体が地面へと沈む。


昨夜の笑い声が、耳の奥で遠くに消えていった。



胸の奥が焼けるように熱くなる。


普段は「面白いこと」にしか心を燃やさなかった少女が、初めて怒りに突き動かされた。


火炎瓶を掴みかけたその手が震えた――だが、目の前に女将と子供たちがいる。


この距離で投げれば、巻き添えになる。


ミラは奥歯を噛みしめ、投げられなかった。



その瞬間、鋭い矢音が響いきミラの横をかすめた。


セトの矢がゴブリンの頭を射抜き、地面に沈めた。


放心したエルナは震えながらも前に出て、矢で弱ったその魔物に渾身の祈りを重ね、無言でメイスを振り下ろした。

 

骨の砕ける音だけが響き、老人を奪った魔物は絶命した。


---



しかしエルナはそこで放心し、マルグは恐怖で固まったまま動けなかった。


「恐れるな! 止まるなッ!」


サーキスの叱責が咆哮のように戦場を突き抜ける。


その声に二人は我に返り、震える手を必死に動かして治療に取り掛かった。


だが深手は奇跡でも癒えず、無力の現実が突きつけられる。


サーキスは祈りを絶やさず、仲間に加護を広げていく。


光に包まれるようにして、サリオンは冷静さを取り戻し、セトは狙撃に集中し、ミラは涙を拭わずにスリングを強く握った。


それでも乱戦の渦は収まらず、戦場はなお混沌を極めていた。



---


その時、村の門で巨体が動いた。


門番が棍棒に叩き伏せられ、血と共に崩れ落ちる。


現れたのはオーガ。


咆哮が轟き、戦場全体が凍り付く。



ただ一人、グランだけが笑った。


「ハッ……やっと面白ぇのが来やがった!」


双剣を構え、血を滾らせて巨体へ突っ込む。



棍棒が振り下ろされ、石畳ごと叩き割られる。


吹き飛ばされ、血を吐きながらも膝は折れない。


「やるじゃねぇか!」


戦闘狂の笑みがさらに深まる。



巨棍が横薙ぎに振り払われ、風圧で瓦礫が吹き飛ぶ。


グランは低く滑り込み、双剣で脚を裂く。


巨体が揺らぎ、血潮が舞った。



「遅ぇぞ! もっと振って来い!」


衝撃で骨が軋み、全身が悲鳴を上げても、それすら快感だった。



「おおおおおっ!」


渾身の二連撃が肉を裂き、骨を砕き、最後の一閃が首筋を断つ。


巨体は地鳴りを立てて崩れ落ち、血飛沫が光の中で舞った。



戦場が一瞬、静まり返る。


その静寂を破ったのは、最後に残ったゴブリアの叫びだった。


飛びかかるそれを、サーキスが祈りの咆哮と共に屠る。


頭蓋が砕け、血が飛び散り、怒号も咆哮も完全に途絶えた。


---



残ったのは、炎の爆ぜる音と荒い息遣いだけだった。


焦げた匂いと血の臭いの中で、呻き声が混じる。


女将が瓦礫の間から子供を抱き上げ、泣きながらも生きていることを確かめる。


マルグは震える手で止血を続け、涙声で「まだ助かる」と繰り返していた。


村人たちは互いに肩を支え合い、「生きてる……」と掠れた声で呟く。



サリオンは剣を下ろし、深く息を吐く。


セトは弓を握ったまま膝をつき、震える指先を見つめた。


ミラは老人の亡骸に泣き崩れ、嗚咽が 血と煙で濁った空気を震わせた。


グラフは血に濡れたメイスを握りしめ、ただ静かに目を閉じる。


サーキスは全てを見渡し、祈りを小さく口にした。



血と炎の臭いが混じる村に、ようやく静寂が戻った。


それは勝利の静けさではなく、失われた命と、なお生き残った者の息遣いを刻みつける沈黙だった。

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