石像と古き記録
ギルドの一室。
一行はようやく腰を落ち着け、簡易な円卓を囲んでいた。
だが、空気は決して安らぎに満ちたものではなかった。
アマンダが机を叩き、声を荒げる。
「一体なんだってんだい! あたいが何をしたってのさっ」
その言葉に、誰も即答はできなかった。
その怒りは、当然のものだったからだ。
だが、すぐにサリオンが椅子にもたれながら口を開く。
「アマンダちゃんじゃないと思うわよ? むしろ…そのペンダントじゃないの?」
アマンダの視線が、思わず腰の革袋へと向く。指が、無意識にその紐を握りしめていた。
グラフが重々しく頷く。
「いや、それだけじゃなさそうだ。……あの骨董屋の親父の台詞も気になるしな」
記憶の中に、あの静かな声が甦る。
“これは、手に負えん。…だが、一つ忠告しておこう。こいつは“動いている”
…放っておけば、おおごとになるぞ”――
アマンダの手が震える。
そして、思い出してしまった。
──『次の生贄は…お前か…』
頭に響いたあの声。笑い交じりの、誰のものとも知れぬ、深く、禍々しい囁き。
その瞬間のことを思い出し、アマンダはぎゅっと革袋を抱え込みながら、小さく呟く。
「…あの声…思い出しちまったよ…」
静まり返る室内。その空気を断ち切るように、シャルフと名乗る傭兵団の一人のエルフが腕を組んだまま言った。
「となるとだ、完全に君も狙われていると思う方が自然だぞ?」
皆の視線が彼に向く。
「俺の勘じゃない。…あの空気、あの“何か”は、明らかに異常だった。
たかがペンダント一つで、あそこまで空気が変わるなんてありえない。
あれは“居てはいけない何か”が、そこにいた空気だった、まさに“何かを求める”ような……な」
アマンダが目を伏せる。
「そんな…わたし、ただの遺品拾いで…ただ、生きたくて…」
そのとき、セトがおずおずと手を上げた。
「なんだか、厄介なことになってる?」
ミラが即座に突っ込む。
「いや、なってるでしょ…あんたって昔から鈍感だね…」
「こいつは俺以上に鈍感だぞ」
グランが笑い混じりに言い放つ。
「お前なぁ…!」
セトが不満げに睨むが、誰もがどこか安心しているようにも見えた。
「はぃはぃ…緊張感の欠片もないね、あんたたちは…」
サリオンがため息まじりに笑う。
だがその笑みの奥には、誰よりも深い警戒があった。
ペンダント。
アマンダ。
そして、追ってくる一団。
物語の核心が、少しずつその姿をあらわにし始めていた――。
そんな中、ふとグラフの表情が曇り始めた。
視線は落ち、眉間には深い皺。何かを思いつめているようだった。
それに気づいたサリオンが、少しだけ身を乗り出して顔を覗き込む。
「…あら? グラフ…? あぁ駄目だわ、考えこんじゃった……」
彼の重苦しい雰囲気を察し、サリオンがそっと苦笑する。
グランが肩をすくめて言う。
「こうなったらダメだな。石像よりも固くなるぞ」
セトがすかさず返す。
「お前の頭も似たようなもんだろ?」
「お前っ!」
「さっきのお返しさ。これであいこ」
シャルフが呆れたように腕を組み、ぽつりと漏らす。
「お前たちは真剣なのかふざけてるのか…わからん奴らだ…」
サリオンが深々とため息をつきながら肩をすくめる。
「うちの連中ってこんなのよ…」
アマンダが、不安げにぽつりと問うた。
「…あたい、何に巻き込まれたんだい? 死んだりしないよね…?」
サリオンは片眉を上げて返す。
「まぁ、アマンダちゃんが狙われてるのなら、関わった以上守るわよ。スイドの実の分、きっちり返してもらわないとね……」
ミラが目を丸くする。
「え? そっち? アマンダよりもスイドの方なの?」
サリオンはニッと笑う。
「やぁねぇ、“ついで”よ、“つ・い・で”」
そこへ、シャルフが立ち上がり、静かに言った。
「ならば今日はここに泊まるといい。ギルドの傭兵がいるし、村の宿屋よりも安全だ」
ミラがぴょんと身を起こして、目を輝かせる。
「ただだよね? 金取るつもりなら無理! うちら貧乏だし!」
サリオンが肩をすくめて笑った。
「あんた、ヤなことハッキリ言うわね(笑)
でも、お金がかかるかからないに関わらず、お言葉に甘えましょ。この石像もいることだしね」
そう言って、サリオンは固まったままのグラフに視線をやり、ふっと苦笑いを浮かべた。
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