見えぬ導き、歪む道

ペンダントに声を聞いたその夜を境に、奇妙なことが起こりはじめた。


迷っていたはずの一行の足取りが、なぜか自然と“正しい道”を辿るようになっていた。


誰かが道案内をしているわけでもなく、ミラが方角を当てたわけでもない。


道らしい道もなく、ときおり現れるのは獣道ばかり──それでも不思議と足は迷わず進み、気がつけば、ぼろぼろの姿のまま青き谷の小さな村の門前に立っていた。


サリオンは腕を組み、村の風景をじっと見つめた。


「……なんで着いたのよ、これ」


その声には、安堵と困惑が入り混じっていた。


セトは目を丸くする。


「え、まさか……ホントに谷……? 夢じゃないよね……?」


グラフは重たい荷を下ろしながら、静かに頷いた。


「現実だ……この空気、あの川の匂い……間違いない」


確かに、そこは谷だった。


迷子も、怪異も、呪いも──すべてを忘れさせるような、安堵の気配がそこにはあった。


ミラとグランは、ろくに話もせずに村の中へと駆け出す。


「ちょっと、偵察してくるね!」


「俺は肉と酒があるか見てくる」


セトが叫ぶ。


「あ、おい! ギルドが先だろ! ……って、聞けよ……」


ミラとグランの背中は、すでに雑踏の向こうへと消えていた。


サリオンは肩をすくめる。


「……ほっときましょ。どうせまだ足りないって文句言いながら帰ってくわよ」


アマンダがふと口を開いた。


「あたいは、これを売ってくるさね。…そのために来たんだからね」


そう言って、腰の革袋をぽんと軽く叩く。


グラフが頷く。


「なら、俺はアマンダについていこう。気になるからな…」


それぞれの目的。それぞれの足取り。


だがそのすべてが、“あの夜を境に”導かれていたとは──この時、まだ誰も気づいていなかった。



──そして。


サリオンとセトの二人は、村の中心部にある冒険者ギルドへと足を運んでいた。


古びた木造の建物に、剥がれかけた看板。


だが中からは活気ある声と笑い声が聞こえてくる。


「ここが、この村のギルド?」とセト。


「ええ、間違いないわ。でも意外と活気があるのね…田舎だと思ってたけど」


サリオンは小さく首を傾げる。


扉を開けると、中は想像以上に賑やかだった。


粗末な木のテーブルで酒をあおる傭兵たち。


カウンター奥では、書類を片手に受付嬢が忙しそうにしている。


「なんか…ほっとする…。人の声って、ありがたいな…」


セトは小さく息をつきながら呟く。


カウンターに近づくと、受付嬢が顔を上げた。


「ようこそ、青き谷北端ギルドへ。依頼ですか? それとも登録ですか?」


サリオンはセトをちらりと見て軽く頷くと…


「ええと…報告かしらね」


サリオンはカウンターに身を寄せ、静かに続けた。


「数日前、北の森でちょっと変わった魔物の群れと交戦しましたの。その報告」


「変わった魔物の群れ、ですか?」


と受付嬢。


セトは真剣な顔で口を挟む。


「うん…倒したはずが、また動き出して。あいつら、普通じゃなかった…」


受付嬢の表情が少し引き締まる。


「……詳しい状況を報告書にまとめていただけますか?」


「あ、飲み物いります? ぬるいミルクティーならあります」


「お願いしますっ!」とセト。


サリオンはくすりと笑った。


「…少しは力抜けてきたみたいね」


「人の中にいると、安心しちゃって…森が異常だっただろ?」


──このとき、二人はまだ知らなかった。


この村の“まともさ”が、すぐに引き裂かれることを…


報告書を書き進めていたサリオンは、ふと思い出したように


ペンを止め、セトを見た。


セトはその視線に気づき、口を開く。


「それと……土地を見つけたんだ。条件はそろってるんだけど、ただ問題が…場所がわからない」


「え?」


「わからないのよ…あの時は完全に迷子だったし、道もない


ような場所だった。それなのに、そこから数日でこの村まで


来られた…おかしいでしょ?」


サリオンは少し眉をひそめ


「……こんな話でも報奨金が出るのかしら?」


と小声で呟く。


受付嬢は首を傾げ、


「何か証拠や、その情報を裏付けるものはありますか?」


と問い返した。


サリオンの冷ややかな視線と受付嬢の笑顔のままの冷た

い視線が交錯した瞬間だった…




──その頃。




アマンダとグラフは市場通りを歩いていた。


香辛料の匂いと人の声。


アマンダは目を細め、店先を一つずつ覗いていく。


「なかなかいい店がないな…」


グラフは頭を軽く掻きながら周囲を見渡す。


「ホントさね…さっきの店、完全にはずれだったしね…」


アマンダも周囲を見渡しながらグラフに返す。


グラフは通りと屋根を交互に見やりながら、


「欲に目が眩む者はどこにでもいる。気は抜くな」


と低く言った。


そこへ、サリオンとセトが通りから現れた。


「いた。こっちは報告終わったよ」


「まだ売り先探し?」


サリオンが二人の様子を見て少し笑う。


「はずればっかり引いちまってるだけさ」


アマンダが少しムッとしてこたえる。


「もう五軒はまわってるんだがな」


グラフが真剣に答える。


アマンダとグラフ、サリオンとセトが合流した。4人は次の店へ歩き出す。


夕暮れの気配はまだない。だが、影は確実に濃くなっていた。



──やがて、一軒の古びた骨董屋の軒先で足が止まる。



看板には『歴史の欠片』の文字。


中に入ると、奥から香の匂いが漂ってきた。白髪まじりの老人が顔を出す。


「いらっしゃい」


「ちょっと見てほしいものがあってね」


アマンダは革袋からペンダントを布越しに置いた。


カウンターを挟んで、老人はペンダントを訝しく見つめたまま、しばらく沈黙していた。


その目は、ただの鑑定者のものではなかった。


何かを“思い出している”ような、遠くを見るような視線だった。


「──こいつは……」


その一言のあと、老人は表情を消し、手慣れた動きでルーペを取り出す。


ペンダントを回しながら、細部をじっくりと観察していく。


「……細工は単調だが、これはただの装飾品じゃない。……術具の類かね?」


アマンダは首を横振る。


「大戦の遺品さ」


老人はしばらく考え込んだあと、ゆっくりと首を横に振った。


「これは、手に負えん。…だが、一つ忠告しておこう。こいつは“動いている”。


 …放っておけば、おおごとになるぞ」


その言葉に、アマンダは目を細めた。


「あたしゃ、静かに暮らしたいだけなんだけどねぇ」


グラフは店の奥を一瞥しながら、低く呟いた。


「静けさは、時に嵐の前触れだ」



──その頃。



食堂の片隅で山盛りの皿を片付けていたミラが、ふとフォークを止めた。


「…グラン、感じない?」


声を潜めて言う。


「ほら…背筋が冷たくなる感じ。あのときと、似てる」


グランの目が細くなる。


「…確かに、空気が変わった」


ミラは椅子から腰を上げ、店の奥をちらりと見た。


「…すぐ近くまで来てる。もう村の中に入り込んでる?」


短く頷くと、グランは剣の柄に手を掛けた。


「行こう。確かめる」


二人は静かに、しかし急ぐように店を後にした。


背後ではまだ、食事を楽しむ村人たちの笑い声が響いていた。


──そして、村の通りの片隅。


誰にも気づかれぬまま、影はじっと彼らを見つめていた。


その目は、獲物を待つ者の目だった。

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