再びの牙、炎の誓い
陽の光が差し込まない森の奥。苔むした岩と、同じような木々ばかりが続く道なき道。湿った空気が、じわじわと体力を奪っていく。
そんな中、パーティーの足取りは重く、そして口は、軽かった。
「なぁ、こっちであってるの?」
セトが前を歩くミラに問いかけた。
「知らないよ、勘で進んでるんだもん」
ミラは悪びれもせずに答える。
「あなたねぇ…勘だけで物事はうまくいかないのよ?」サリオンが呆れたようにため息をついた。
「でも、今は勘しか当てにならないし」
ミラは肩をすくめて前を見据える。
「やっぱり川沿いが正解だったろ…」
グランがぼそりと呟いた。
「あのなぁ、何回も言ってるけど川沿いは絶対にダメなの!」
セトが声を張る。
その相変わらずのやり取りに、アマンダが小さくため息をついた。
「あんた達、いつもこうなのかい?」
隣を歩くグラフが、やや重たい声で応じた。
「あぁ、いつもこうだぞ…そして大抵失敗する」
「…まぁた外れだよ」
アマンダは周囲の木々に目を向けながらぽつりと呟いた。笑い声のようで、どこか諦めにも似た響きだった。
パーティーは、森の“どこか”を、確かではない方角に向かって歩いていた。
そのとき、サリオンが足を止め、眉をひそめた。
「…気配。あの危ない奴らとは違う…ゴブリン? でも数が多すぎる」
「退屈してたところだ」グランが唸るように言った。
「アマンダは俺の後ろに隠れていろ!」とグラフが即座に言う。
「数が多いって、どれくらい?」
セトが警戒しながら尋ねる。
「それが解れば苦労しないっての…」
サリオンの言葉が終わるより早く、茂みの向こうから複数の小さな咆哮が響いた。
木の葉が揺れ、枝が折れる音が連続する。
「…聞こえた。向こうも気付いたみたいだ。来るぞ」
グランがそう言って笑みを浮かべ、背中から巨大なグレートソードを両手に構える。
次の瞬間、森の静寂を破って、無数のゴブリンたちが一斉に飛び出してきた。
それを迎え撃つのは、やはり彼だった。
セトが素早く弓を構え、息を止める。狙いは群れの先頭、一際大きなゴブリンの眉間。
「…よし!」
ピシィッという音とともに、矢は正確に放たれ、狙いどおりの一体を即座に倒した。
その動きに、ミラが続く。
「よっし、こっちもいくよ!」
軽やかな掛け声とともに、彼女の投石が飛び、後続の一匹の額に直撃。ゴブリンがきゅうっと鳴いて倒れこむ。
さらに、サリオンが低く飛び出しながら、右手からスローイングダガーを投擲する。
「はい、おやすみ」
刃は別の個体の喉元に吸い込まれ、ゴブリンは声を上げる暇もなく崩れ落ちた。
──つゆ払い、完了。
そして。
「さて…俺の番だな」
獣のように唸ると同時に、グランが踏み込む。両手のグレートソードが振り抜かれると、それだけで前方の数体が薙ぎ払われた。
血飛沫と悲鳴が森に弾け、グランの笑みが深くなる。
「もっと来いよ、雑魚ども──まとめて潰してやる!」
斬られ、撃たれ、倒れ伏すゴブリンたち。
だがその中の数体が、突如として不自然に身を起こそうとする。斬撃の傷は深く、明らかに致命だったはず──それでも。
それに最初に気付いたのは、グラフだった。
「…おい、こいつら…変だぞ! 死んでいない!」
目を見開き、咄嗟に足元のゴブリンにメイスを叩きつける。鈍い音と共に骨が砕け、今度こそ動かなくなる。
その一撃の直後、再び別の倒れていた個体が、不自然な姿勢で起き上がろうとしていた。
「っ、これは…!」
パーティーの戦慄が、空気に走る。
「…操られてる?」とサリオンが呟く。
「誰に? 何のために?」セトが疑問を重ねた、その途端──
「うわっ…! あぁ、もぉっ!」
セトは足をもつれさせて見事に転がった。
その様子を、ミラは木の上から眺めていた。
高さにして人の背丈の二倍ほど。枝葉に身を潜めながらも、全体の戦況が見渡せる位置だった。
「仕方ない、燃やす?」
軽く言い放つ声が、枝の上から響いた。
「ええぃ、うっとしいわね、こいつら…!」
サリオンは腰のショートソードを抜き、次々と襲いかかってくるゴブリンの刃を受け流しながら、鋭く指示を飛ばした。
「ミラ! やりなさい、切り抜けるわよ! グラン! わかってるわね!」
「かまうな、ミラ、やれ!」
「焼けたら食ってあげるからねっ!」
火のついた火炎瓶が、ミラの指先から弾かれるようにして宙を舞った。
炎を揺らめかせながら弧を描き、燃える流星のように、
ゴブリンの群れのど真ん中へと吸い込まれていく。
その様子を、アマンダは呆然と見つめていた。
この数、この激しさ──今までの“森暮らし”では経験したことのない光景だった。
「…な、なにこれ…こんなの、どうやって…」
手が震えるのを抑えようと、腰の革袋をぎゅっと握りしめる。そのすぐ隣で、
「アマンダ! 絶対に、そこから動くな!」
グラフが怒鳴るように言いながら、もう一度メイスを構え直した。
神の奇跡は届かぬ。だが──この一撃だけは、届かせる。
飛びかかってきたゴブリンの首を、まるで叩き落とすかのように粉砕する。
その一撃は、まさしく神がかっていた。
火炎瓶の炸裂と共に、残っていたゴブリンの群れも混乱し、次々と炎に包まれて倒れていく。
わずかに残っていた個体も、サリオンとグランの追撃により一掃され、ようやく森は静けさを取り戻した。
焦げた匂いと、血と汗の混ざる匂い。
炎の残り火が黒く焦げた枝をぱちりと弾き、薄い煙が空へと溶けていく。
荒い呼吸だけが残る中、一行はそれぞれの武器を収めた。
その場に、しばし沈黙が落ちる。
誰も勝利を喜ばない。
足元には、炭のように焼けた死骸と、まだ動くかのように痙攣する影。
その全てを背に置き、疲れ切った体を引きずりながら一行は歩き出した。
森の奥へ──まだ見ぬ“出口”を信じて。
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