第3話 魔神戦争編 1
第三話:魔神戦争の記憶
シブイチが幽霊と化したのは、30年前の魔神戦争に端を発する。
ノービ島東部を根城とする妖魔の軍団に対し、聖シュー、ミノ、ビシュウの連合軍が激戦を繰り広げた。戦火の中心には、魔女マモウがいた。彼女は妖魔を操り、魔神を降臨させ、その圧倒的な力で島の支配を目論んでいた。彼女の唯一の目的は、妖魔の生息域を広げることだった。
当時、ビシュウ王タダマサは、国内の事情から自ら出陣することは叶わなかった。しかし、彼は最も信頼する男、シブイチを連合軍に派遣した。
ビシュウがまだ建国される以前、中央部は海賊と海竜が跋扈する混沌とした荒れ地だった。傭兵として海賊団に身を置いていたタダマサは、頭領を討たれた後、その指揮を引き継ぎ、散り散りだった海賊たちをまとめ上げた。そして、長年の脅威であった竜を掃討し、やがて「ドラゴンズレア(竜の巣)」と呼ばれる港町を築き上げたのだ。竜がいなくなれば、その地は理想的な港湾となる。海賊を再編した「ドラゴンズ軍」が治安を維持すれば、悪党どもも影を潜めるしかなかった。この偉業にかかった莫大な初期費用は、一介の傭兵であったタダマサが出したと噂された。真偽のほどは定かではないが、彼が大陸のどこかの王族の血を引いているという話は、人々の間でまことしやかに囁かれていた。
やがて人々が集い、タダマサのカリスマに魅せられた彼らは、彼を王に推戴した。「タダマサ ナカネ」――こうしてビシュウ国は誕生したのだ。
しかし、魔神戦争が勃発した時、ビシュウはまだ揺籃期にあり、タダマサのカリスマだけで辛うじてまとまっている状態だった。王自らが出兵すれば、国が瓦解しかねない。そこで採られた策こそが、志誠館の道場主であり創始者、シブイチの派遣だった。老齢の域には差し掛かっていたが、彼の拳は冴え渡り、ビシュウ最強の達人としてその名を轟かせていた。
連合軍に加わったシブイチだが、虚実を操る彼の拳法は、集団戦闘には不向きだった。その真価は、むしろ僻地でこそ輝く。連合軍が魔神と正面からぶつかり合う中、シブイチは単身、魔女マモウが潜むブートレッグ城への潜入作戦を決行した。
城壁の上からは、いくつもの松の樹が頭を覗かせている。松の実は脂質に富み非常食に、松の薪は油分が多く燃料に適している。城は長期戦に備えているようだった。
城門を警備していたダークエルフは、困惑に固まっていた。目の前の白衣の老人が、いつ、どうやって現れたのか皆目見当もつかない。そして、いつ自分に一撃を加えたのかも。既に他の門番は倒されている。「敵だ!」と叫ぼうと喉が痙攣したが、声は出ない。息さえできない。混乱した意識は、長くは続かなかった。
「ったく、年寄りへの扱いが粗いもんだ。」
シブイチは愚痴をこぼしながら、戦時で慌ただしいブートレッグ城内を、場違いな老人が一人、飄々と進む。そこにいたかと思えば消え、退いたと見せかけては前進する。まるで混乱を撒き散らすかのように。
マモウを見つけるのは容易だった。城に入ってほどなく現れたホールで、不死者スケルトンたちが「歓迎」の列をなしていたからだ。それを見たシブイチは、思わず舌打ちをする。敵が多いことへの不満ではない。ビシュウでも、連合軍でも「一人で行け」とぞんざいに扱われた自分と、スケルトンとはいえ部下に囲まれるマモウとの差に、些かの不満を覚えたのだ。
(構うものか。)
「マモウ、テメェの力なんざ知ったこっちゃねぇ!志誠館の魂は、絶対に折れねぇぞ!」
シブイチの宣戦布告に、マモウは魔法を操りながら、その口元に嘲笑を浮かべた。
「ジジイ、負け犬が。勝つ気がある奴は、死装束なんざ着てこねえんだよ!」
シブイチの拳は、虚実を操り、相手の意識を揺さぶる。その戦い方は、まるで舞のように滑らかでありながら、見る者の目を欺いた。しかし、マモウの魔力は圧倒的だった。彼女の呪文は、瞬く間に戦場を炎と闇で包み込み、不死者の軍団を次々と召喚する。
「ジジイ、テメェの拳なんざ、私の魔法の前じゃ何の役にも立たねえんだよ!」
二人の戦いは、まさに嵐のようだった。シブイチに襲い掛かる不死者の群れ。だが、彼らの動きは鈍く、連携もない。集団戦闘とは、連携と練度が命だ。一対一の単調な攻防を繰り返すだけの不死者たちは、シブイチにとって、まるで約束された稽古相手のようだった。
やがて、マモウは激しく動き回るシブイチを見失う。虚実を操る空手家を、近接戦闘に慣れていない彼女が追い続けることは不可能だったのだ。この機をシブイチが見逃すはずがない。ダッキングでマモウの視界から逃れたその体勢から、彼は渾身のボディストレートをマモウの水月に放り込んだ。意識の外、目の前にいて戦闘中であるにもかかわらず、まさしく「不意打ち」という矛盾の一撃が、筋肉に守られていない急所を抉る。
シブイチの一撃は、マモウの横隔膜を痙攣させ、悲鳴はおろか、呼吸さえも奪い去った。著しく行動を制限された彼女をひっくり返すと、シブイチはその顔面に容赦なく踵を振り下ろした。それは確実に命を刈り取る一撃だったが、引き起こされた効果は、彼の予想を裏切るものだった。マモウの死をトリガーに、呪いが周囲に撒き散らされ、それに巻き込まれたシブイチの命までも奪い去ったのだ。
志誠館の名と共に、シブイチの魂は黄泉の国へと旅立った。
その後も、志誠館はシブイチの教えを受け継ぎ、ビシュウ国の王家を守り続けている。「師匠、あなたの魂は、今も志誠館に宿っています。」シブイチの一番弟子であり、一人息子のサンブは、師の教えを胸に、今日もまた娘トーミリと共に稽古に汗を流している。
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