28.チャルカの気持ち
「ふー、食った食った」
腕の中でハイドはお腹を出し、両手で大事そうに撫でている。そのだらしない姿に、私もチャルカも思わず吹き出した。
「ハイドさん、おっさんみたいニャ」
「ほんと、そんな風に見えるわ」
「おっさんとは失礼な! 俺はケットシーの中でも若手の実力派なんだぞ!」
「ケットシーにそんなコミュニティーがあったのかニャ?」
「そもそも、いつ他のケットシーと交流したの?」
夜道は月明かりと街灯に照らされている。閉まっている店もあれば、賑やかに光を放つ店もある。そのコントラストが独特の雰囲気を醸し出していた。
「普通の食事もいいけど、今度はお酒を試してみないかニャ?」
「お酒! 気になる!」
「なら決まりニャ。今度はお酒が飲める店に行こうニャ」
異世界にもお酒があるなんて……。日本の時は仕事に追われ、飲みに行く余裕すらなかった。今は好きな時に、好きなだけ飲める。そう思うと胸が弾む。
すると、腕の中でハイドがばたばたと暴れた。
「酒だと!? 俺も行く、絶対行く!」
「猫ってお酒飲めるの?」
「だから俺は高等な精霊、ケットシーだと言ってるだろ!」
……本当に飲めるのかな? でもハイドのことだから、あれば片っ端から試しそうだ。
「出来れば、私が休みの日の前に行きたいニャ。アカネさんの仕事は一日おきだし、少し待ってて欲しいニャ」
「うん、全然いいよ。やっぱりお酒を飲むなら翌日が休みの方が安心だよね」
「そうニャ、ゆっくり楽しめるニャ。じゃあ、休みが重なる日に決まりだニャ」
日本で憧れていた、仕事終わりに飲みに行くということ。それをこの異世界で実現できるなんて、夢のようで嬉しくなる。
その話題でさらに気分が高まったのか、チャルカが次の提案をしてきた。
「じゃあニャ、じゃあニャ! 明日の朝、一緒に朝食を食べないかニャ?」
「朝食を……一緒に?」
「この町では朝と昼に屋台が並ぶんだニャ。その屋台で食べるの、楽しいニャ!」
「屋台で朝食……。日本にはなかったなぁ。すごく楽しそう。一緒に行っていいの?」
「もちろんニャ! じゃあ決まりだ。明日の朝、お店まで迎えに行くニャ!」
朝に屋台でごはんなんて、初めての体験だ。どんな料理が並んでいるのか想像するだけで胸が高鳴る。
チャルカのおかげで、私の世界は少しずつ広がっていく。それが、なんだかとても嬉しい。
「チャルカ、誘ってくれてありがとう。おかげで楽しみが増えていくよ」
「……本当にニャ? 迷惑じゃなかったかニャ?」
「全然。むしろ助かってるよ。でも、どうしてそんなに良くしてくれるの? やっぱり、おばあちゃんへの恩返し?」
チャルカは少し不安そうに耳を垂らした。俯いた姿に胸がちくりとする。私は慌てて首を振った。気になっていたことを尋ねると、チャルカはおずおずと口を開く。
「チコさんにお世話になったのもあるけど……本当はそれだけじゃないんだニャ。私はアカネさん自身に興味があったんだニャ」
「私に、興味?」
「そうニャ。チコさんから、よくアカネさんの話を聞いていたんだ」
チャルカは少し照れくさそうに笑みを浮かべ、続けた。
「アカネさんは、すごく真面目で頑張り屋だってニャ。どんなに疲れていても仕事を最後までやりきるし、仲間のために動ける人ニャ。……それに、優しくてとてもいい子ともニャ」
「おばあちゃん、そんなこと言ってたんだ……」
思わず胸が熱くなる。チャルカの言葉から、おばあちゃんの声が聞こえてくるようで堪らない気持ちになる。
「アカネさんの事を聞くと、私もやる気を貰ったニャ。アカネさんも仕事を頑張っているんだから、私も頑張らないとって思ったニャ。アカネさんの存在が、私の勇気と元気の源になったニャ」
その言葉に胸がじんわりと温かくなる。私なんてまだまだだと思っていたけど、そんな風に思ってくれる存在がいることが、嬉しくてたまらなかった。
「まだ少ししか一緒にいないけど……もっと仲良くなりたいって思ったニャ。色んなことを話して、一緒に楽しんで……そうしたら、毎日が前より素敵になると思うんだニャ」
照れくさそうに言いながら、チャルカはしっぽをフリフリ揺らし、耳をぴこぴこと動かしている。その仕草が感情を隠しきれずに表していて、なんだか微笑ましい。
「ありがとう、チャルカ。……すごく嬉しいよ。私も……働いている時にチャルカの話を聞けたらよかったな」
「そ、そうかニャ? で、でも……これからは一緒に頑張れるニャ!」
胸元で両手をぎゅっと握りしめ、まっすぐな眼差しを向けてくる。その前のめりな姿勢に、つい笑ってしまった。
「そんなに力まなくてもいいよ。私も同じ気持ちだから。……でも、一つだけお願いしてもいい?」
「なんニャ!? なんでも言うニャ!」
「さん付けはやめてほしいな。だって、これからの私たちは友達でしょ?」
私が笑いながらそう言うと、チャルカは驚いたように目を丸くした。けれど、すぐに照れくさそうに目を細め、にこっと笑って――。
「じゃ、じゃあ……アカネ! これからよろしくニャ!」
「うん、こちらこそよろしく!」
二人で声を合わせるように笑った。
月明かりと街灯が混ざり合い、石畳の道に淡い光が差している。静かな夜風が頬を撫で、すれ違う人々の笑い声や、まだ開いている店から漏れる灯りが、夜の街を柔らかく彩っていた。
その中を並んで歩く私たちの足取りは、自然と軽やかになっていく。これからの毎日が、もっと楽しく、もっと輝く予感に満ちて――。
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