19.昼の営業(3)

 男性たちは目の前に置かれた料理をジッと見つめた。その厳つい顔は、まるで戦場に挑むかのような真剣さを帯びている。


 やがて、その大皿から立ちのぼる湯気に包まれながら、三人は小さく息を吐いた。


「これだな」

「……間違いない。変わらぬ、この匂いだ」

「長かったな!」


 誰もが笑うでも叫ぶでもなく、ただ深く頷き合う。その大きな手が、ごつごつした拳を静かに握り締める。瞳の奥に滲む光が、彼らの心情を雄弁に語っていた。


 やがて一人が、そっとスプーンを手に取る。その仕草は驚くほど慎重で、大皿の山盛りを前にしても、乱暴さのかけらもない。


「いただくぞ」

「……あぁ」

「食うぞ!」


 短く告げると、二人も黙って言葉を重ねる。三人の低く響く声が重なった瞬間、しんとした静けさが満ちた。まるで祭壇に供えられた聖なる食事に臨むかのように、彼らは揃ってスプーンやフォークを差し入れた。


 これでもかと言わんばかりに山盛りをすくい、大口を開けて一気に頬張る。数度噛みしめた後、喉が大きく鳴った。三人は一瞬だけ動きを止め――。


「美味い」

「……これだ」

「ずっと、欲しかった味だ!」


 低く、重い声が次々に零れ落ちる。その瞬間、抑えていた何かが弾けたように、彼らの手が一斉に動き出した。


 スプーンが大皿を荒々しく削り取り、次々と口へと運ばれていく。噛んで飲み込み、また次をすくう。その動きは最初こそゆったりとしていたが、回を重ねるごとに勢いを増し、まるで嵐のような迫力を帯びていった。


「ははっ、止まらねぇ!」

「……舌が追いつかんほどだ!」

「もっとだ、もっとよこせ!」


 豪快に笑いながら、彼らは大皿に顔を近づけ、食らいつくようにかき込んでいく。咀嚼の音、喉を鳴らす音、皿を叩くスプーンの音。カウンターは彼らの食事の音だけで満たされていった。


 見ているこちらの胸まで熱くなるような、圧巻の光景だった。山盛りだった料理がみるみるうちに削れていって、勢いが目に見えて分かる。


 一心不乱とは、きっとこのことを言うのだろう。三人の男たちは一切の言葉を挟まず、ただひたすらに料理をかき込んでいった。


 その豪快な食べっぷりは、店内の誰もが目を奪われるほど。


「やっぱり、あの三人はすげぇな……」

「気持ちいい食べ方だ!」

「もう、半分も減ってるぞ!」


 観客のように見守る人々の視線を浴びながら、三人は止まらない。まるで大食いの舞台を見ているようで、店内は妙な高揚感に包まれていた。


 やがて山のように盛られていた料理は消え、最後の一口がスプーンやフォークに掬われる。そのひとかけらを口に運び、名残惜しそうに噛みしめて、喉を鳴らす。


 ――完食。


 大皿には米粒一つ、麺一本すら残っていない。嘘のように綺麗に平らげられていた。


 三人は同時に深く息を吐き、置いた食器の音が静かに響く。そしてゆっくりと手を合わせ――。


「「「ごちそうさまでした」」」


 声を揃えたその一言に、店内から自然と拍手が巻き起こった。


「相変わらず豪快だったな!」

「見てるこっちまで幸せになったわ!」

「本当に気持ちのいい食べっぷりだ!」


 観客のように称える声に、三人は穏やかな笑みを浮かべる。彼らの表情は何よりも満ち足りていて、まるで天上の幸福に浸っているかのようだった。


 そんな彼らに、カウンターに座っていたハイドが声を掛ける。


「相変わらずだな。どうだ、満足したか?」

「あぁ……最高に満足だ。食後の、この高揚感……やっぱり堪らん」

「……何度味わっても飽きないな」

「頭の中がボーッとしてくる……いい気分だ」


 三人の言葉はどこか酔いしれたようで、その姿に店内の誰もが思わず笑みをこぼす。食後の幸福に浸る彼らを見ていると、こちらまで心が温かくなるようだった。――ここには、確かに幸せの連鎖が生まれていた。


 やがて店内は、いつも通りの活気を取り戻していく。それぞれが食事を楽しみ、会話に花を咲かせる。


「マスター、ホットコーヒーを三つくれ」

「かしこまりました」


 三人からの追加注文に、私はすぐに準備へ取りかかった。その最中、彼らがこちらへ声をかけてくる。


「新しいマスターは、チコさんと同じ味を再現できるんだな。正直、驚いた」

「ご満足いただけて嬉しいです。それにしても……あれだけ召し上がるとは、驚きました」

「……まぁ、この体格だからな。食わないと動けん」

「お仕事、大変そうですね。午後から大丈夫ですか?」

「もちろんだ! ここの飯を食ったら千人力だ!」


 冗談めかした声に、笑いが弾む。先ほどまでの迫力ある食べっぷりが嘘のように、穏やかな空気が流れていた。


「お待たせしました。ホットコーヒーになります」


 カップを差し出すと、三人はぱっと顔を綻ばせる。


「おっ……砂糖とミルクの好みまで把握してるのか。これは嬉しいな」

「おばあちゃんから引き継ぎましたから」

「やっぱりチコさんは偉大だ……」

「だな! 俺たちのことをちゃんと分かってくれてた! そして、その心を引き継いだアカネ、お前もすげぇよ!」


 嬉しそうに笑う顔を見て、思わず胸が熱くなる。三人はそれぞれ好みの加減に仕上げると、ゆっくりとカップを傾けた。


「ふぅ……食後の一杯は格別だな」

「……酒に匹敵する味わいだ」

「幸せだなぁ……!」


 しみじみとした声が響き、カウンターの上に静かな余韻が広がる。その姿を見ていると、私まで同じように幸せな気持ちになった。


 この店に来る人たちは、それぞれの楽しみ方を持っている。特別な時間を過ごしたい人。誰かと語らいたい人。純粋に料理を楽しみたい人。みんなが自分の楽しみを見つけてくれるのが、何より嬉しい。


 私も、ここで自分なりの楽しみを見つけられたら――きっと素敵だろう。

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