訳あり少女のネガフィルム

枯木

第一章 過去を見捨てて

気まぐれストーキング

「…ねぇ、1年生?…ですか?」

 多分そうだろうと予想しつつ、年上の可能性も頭をよぎって、妙な敬語になった。

「えっ…… は、はい、そうですけど」

 けだるそうな目が、一瞬、丸くなる。

「今から帰るとこ?」

「……そうですが」

 その後に「だから何?」と続きそうな返事だ。そもそも、この時間にこの方向のバスに乗るのは、家に帰る学生くらいだ。自分でも分かっている、無意味な質問。

 会話は続かず、無言の時間となった。なんとなく外を眺めたり、スマホを触ったりしてみる。声をかけたくせに、なぜか私のほうが気まずくなっている。

 そのまま家の最寄りに着く。彼女は通路側に座っていたので、一声かけないわけにはいかない。

「私、ここで降りるから。またね」

「…はい」

 何が「またね」だ。また会えるとも限らない。そもそも、会ったところでどうするのか。新年度だからと浮かれて、安易に声をかけたことを後悔する。


「あっ」

 思わず声が漏れる。先週一度会っただけなのに、目に入った瞬間すぐに気がついた。飾り気のないボブヘアに、割と整った顔立ち、そしてあの気だるそうな目。多分、向こうは気づいてないだろう。いや、きっと私のことなんて忘れている。

 大学の時間割は毎週同じ。だからこの曜日、この時間に同じバスに乗るのも当然だ。

 なぜか一瞬、声をかけるか迷ってしまう。いやいや、わざわざ近寄っていって話しかけるのはおかしい。友達でもないのにそんなことをされたら、気持ち悪いだろう。

 ―――結局、何事もなく最寄りのバス停で降りた。それまでの間ずっと、窓の方向に顔を向けて座った。


 水曜5限が終わり、ふと気づく。今日は、あの子と同じバスの日だ。

 バスに乗り、混んだ車内をぐるっと見回す。姿は見当たらず、なぜかほっとする。

 発車直前、乗車口から入ってくるあの子が視界に入った。思わず目をそらす。

 いつもの景色が流れる。それをぼーっと眺める。最寄りのバス停を通過する。

 見慣れない車窓があらわれる。それも束の間、バスが停車し、あの子が降りていくのが見える。その後ろに二人はさんで私も降りる。スマホを持って真下を向きながら、目だけでちらっと前を見る。

 五分ほど歩くと、彼女は古びたアパートの階段を上っていった。

「……何してんだ、私は」

 折り返しのバスまで三十分。春の夜風に身が凍みた。

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