『異世界タワマン虚無メンヘラハーレムもの』を書けって!? できらぁ!
D野佐浦錠
女流小説家、有宮エイルの帰還と打ち合わせ
タピオカ出版の編集者、
「有宮先生! この度は復帰おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。個室で話ができる店を取ってくれたことも感謝しているよ」
「いえいえ。ここは串料理が絶品でしてね。ワイン通の先生のお好みにも合うかと」
「ふふ、それは楽しみだ」
ここは和モダンが売りの高級居酒屋だった。オーク材を主体とした茶色基調のインテリアに、控えめだが的確にデザインされた光を与える間接照明。自然に成立し得ない組み合わせを用いて確立されたそれは調和だった。
早速ビールが運ばれてきて、二人は乾杯をする。この場は新作小説の打ち合わせと、心の病の療養のため約一年間休業していた有宮エイルの復帰祝いを兼ねていた。
「しかし喜ばしいことです。有宮先生が完治なされたことは」
「ああ畑山君。心の病に完治はない。私のような場合は寛解と言うんだ。もとより人の心に完全な状態などあり得ないということでもあるがね」
「ははあっ。これは失礼しました」
「いや良いんだ。職業柄、言葉遣いに対しては細かくなってしまっていけないね」
と有宮はお通しのマリネを箸でつまみながら言う。
畑山の低姿勢ぶりには変わりがなかった。この歓待ぶりについて畑山は、接待費を使えと会社に言われていますのでご遠慮なさらずに、と有宮に説明していた。
「それで、新作の企画だがね。私も一年間シーンから離れてしまっていたから、最新のトレンドが掴めていないんだ。そこのところ、教えてくれないか、畑山君」
「ええ、それはもう。先生に今回執筆していただきたいと考えております最新トレンドのジャンルですが、ズバリ『異世界タワマン虚無メンヘラハーレムもの』を是非、と」
「『異世界タワマン虚無メンヘラハーレムもの』ォ?」
何だそれは、と宇宙人でも見るような顔をする有宮。しかし畑山はいたって当然のことというような姿勢を崩さない。
「現代の読者が求めているもの――それは『富』『虚栄』『愛』の三つに集約されると言っても過言ではございません」
「本当かよ」
畑山はガコン! と空になったビールジョッキを机に叩きつけ、有宮の機先を制する。
「これがトレンドですっ。そして『異世界タワマン虚無メンヘラハーレムもの』はその三つを存分に充足させ、まさに最新の王道ど真ん中を走っているジャンルなのです。とりわけ『タワマン』は『富』『虚栄』の二つを象徴するものとして比類なきものですから」
「ちょ、ちょっと。私も異世界ファンタジーは随分書いてきたが、タワマンってあれかい、あのタワマン? タワーマンション? それが異世界にあるって?」
「そうです」
えーっ、と目を見開きながら現実逃避するかのようにビールを煽る有宮。赤ワインを注文してから、畑山に言う。
「わかった、異世界に現代技術を持ってきてタワマンをどうにかして建造するっていう筋書きだろう。それなら面白そうじゃないか」
「違います。タワマンは『ある』のです。最初からその世界に存在しているものであるというのが主流です」
「……異世界っていわゆる中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界で合ってるかい。そんな世界にタワマンが普通に建っているとは信じ難いが」
「それはもう、魔法もチートスキルもある異世界ですから。何でもありということで一つ」
「……あ、そう」
好物の赤ワインにありついて、多少のことは許すという態度の有宮はそう言った。
よく言う物語上の「お約束」というものはしばしば理不尽さを孕みがちなものではある。強い合理性を備えた事項は「お約束」というより必然の帰結、前提に過ぎないという扱いになるからだ。
「ただし、異世界タワマンにエレベーターはありません。住民は階段で移動する設定が無難かと」
「ぐふっ!」
有宮は赤ワインを口からこぼした。
「何だいそれ! 不便だろう、エレベーターのないタワマンなんて」
「異世界にエレベーターなんてあったら不自然じゃないですか」
と諭すように言う畑山。
「何でもありじゃないのかよ! いやいや、待ちなさいよ。エレベーターは現実世界でもかなり昔からその原型があるはずだ。滑車式の昇降機は確か古代ローマ時代から存在したと言われている。タワマンよりずっと、異世界に存在していてもおかしくない」
「そう言われましても、読者の信じるリアリティラインとは異なっておりますから」
「……そうかい。まあ、読者がそう言うんじゃ仕方ない」
有宮は渋々承知したという表情で頷いた。
許容可能な作中のリアリティラインを決めることができるのは常に読者の側である、という事実を、商業作家である有宮エイルは当然熟知していた。
「しかし、『虚無』とか『メンヘラ』というのは随分と剣呑というか、エンタメ的ではないという気がするのだけどね」
もぐもぐと焼き鳥を口にしながら有宮は言う。確かに美味いねこれ、と満悦そうに頷く。
「ご慧眼です。しかし、世間は暗い話題ばかりで慢性的に病んでおりますし、『虚無』を定期的に摂取することが精神衛生上好ましい、というのが最新のエンタメ界の見地でして。そうなると必然的に『メンヘラ』という要素も付随してくると、こういうわけです」
「……もうわかんないなこれ。しかし私も心の病で休業していた身だからね。僭越ながら『虚無』には一家言あると言わせてもらおう。もちろん『メンヘラ』にもね」
「おおっ、何と頼もしい」
虚無を売り物にしようという人間にしては純真すぎるような笑顔で畑山は喝采した。
「しかし『虚無』の『定期摂取』って。虚無なんてそこら中にあるじゃないか。何でわざわざエンタメ小説で?」
「ビタミンやミネラルと同じですよ、先生。野菜や魚を食べればこれらの栄養は摂れますが、現代人は多忙ですからサプリメントで済ますんです。同じことが『虚無』についても起きているということです」
「多忙というより偏食が原因という気がするけどね。しかしまあ、小説も予想外の方向に進化を遂げたもんだ。それとも『人間は』と言うべきかな」
野菜も魚も美味しいのになあ、と有宮はワインを左手、焼き野菜の串を右手にしながら感銘とも嘆きともつかない声を漏らした。間接照明に照らされたピーマンが金属めいた光沢を放っている。
「異世界ファンタジーといえば、バトルは? 剣と魔法、それにチートスキル無双はもう流行っていないのかい」
「流石ですね先生。ですが、現実世界に戦争の気配がちらつくような昨今、派手なバトル展開はあまりウケなくなってきていますね」
「……ふうん。まあそういう時代に戦いをエンタメとして楽しめないという心理はわかるよ」
「ええ。最近はスローライフものが隆盛しています。ああでも、チートスキルは健在ですよ。最近の流行は死に戻り系のスキルですね。死に戻りスキルを活かしてスローライフを送る話がすこぶる流行っています。で、舞台はタワマン、と」
「ちょちょちょ。どういうこと? スローライフだったら死んだりしないだろう」
酒も入って寛容さが増していた有宮も、話が理解できる水準を超えたようで畑山にストップをかけた。
「いやあ、最近の主人公はスローライフを完遂するために積極的に生命を危険に晒すんですよ。本末転倒と言われたらそうなんでしょうけど、『虚栄』のために命を張るのが今っぽいというか」
「ものすごく倫理的に問題があるような感じを受けるなあ」
「お書きになるの、難しいでしょうか」
「いいや? 私はプロだからね。読者が望んでいるものを書くだけさ。そういうのがトレンドなら、新作のプロットにも是非取り入れようじゃないか。スローライフを送るための主人公の死に戻りスキル……そうだな、スキル名は
「おお、良い感じです! さささ、どうぞ先生もう一杯」
「うむ、苦しゅうない」
と酔いも回りつつ歓待に与る有宮だった。
「で、最後に『ハーレム』か。これはわかるよ。非常にわかりやすい欲望の投影だね」
「はい。エンタメ三大欲求のうち『愛』を一手に担う要素です」
ふふふ、と有宮は不敵な笑みをこぼした。
「はっきり言って私はハーレム構築にかけては達人級だからね。過去何作ものハーレムものでヒットを飛ばしてきた女さ。ヒロインはひとまず4人くらいが良いな……ちょっと待っていたまえ」
そう言うと有宮はスマートフォンの文章エディタを起動し、勢いよく文字を打ち込み始めた。ものの十分余りで、有宮は畑山にヒロインの設定をまとめたメモを見せてのける。
「うっ、うおお!」
と瞳を輝かせる畑山。
「どうかな。『虚無』や『メンヘラ』の要素も盛り込んでみたつもりだが」
「素晴らしいです、先生! これはイケますよ! この『劫火のオルガ』って子なんか人気出そうですねえ。かつての大戦で恐れられた火炎魔法の使い手でありながら、炎を弱くすることが苦手で料理のたびに食材を焦がしてしまうとか――良いィ! これは良いですよ!」
畑山は嬉しそうに拳を握りしめていた。それを捉えた有宮がにやりと笑う。
「ふふふ、そう言ってもらえると嬉しいよ。イメージは付いた。有宮エイルの『異世界タワマン虚無メンヘラハーレムもの』――近日中にお目にかけようじゃないか」
「いや、流石は有宮先生! ささ、今日はどこまでもお付き合いしますよ!」
「くぅーっ、色男だねえ!」
こうして、小説家と編集者の宴は続いたのだった。
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第2話にて、有宮エイル『異世界タワマンでメンヘラハーレム生活が虚無すぎるんだけど!?』第1話の本編を公開いたします。(続く)
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