秘密のドレスルーム

「悠真くん、この部屋は入らないでね!」


引っ越し初日、従姉妹の美優にそう念を押された部屋。


扉の向こうからは、甘い香りと何かふわふわとした布の気配が漂っていた。


だが、悠真は「何かの趣味だろう」と深く考えず、言われた通りその部屋を避けていた。


それから数週間、美優と共同生活を送る中で、彼女のロリータファッションへの情熱を知ることになる。


普段は普通の服装だが、休日になると美優は豪華なドレスに身を包み、どこかに出かけていく。


「お姫様みたいだな」と心の中で思うものの、男である悠真にはその世界は無縁だった。


ある日、美優が文化祭でロリータファッションのステージに立つと聞いた。


学校でも話題になっているらしく、「美優ちゃん、楽しみだね!」というクラスメイトの声が耳に入る。


「あんな可愛いドレスを着てステージに立つなんて、普通できないよな」と悠真はどこか感心していた。


「ごめん、悠真くん!」突然の美優の謝罪に、悠真は驚いた。


「どうしたの?」


「私、熱が出ちゃったみたい……文化祭のステージに出られない!」


顔を赤くして布団の中から訴える美優に、悠真は何もできずオロオロするばかりだった。


「だからさ……代わりに出てくれない?」


「えっ、俺が!? 冗談だろ?」悠真は思わず声を荒げた。だが、美優は真剣な眼差しを向けてきた。


「お願い! ステージが中止になっちゃう。悠真くんなら体型も近いし、メイクとウィッグでなんとかなるから!」


「いや、俺、男だし……そんなの無理だよ!」


「悠真くん、私の代わりに出てくれるだけでいいの。みんな私が出たと思うから!」

押し問答の末、美優の熱意に負けた悠真は渋々承諾した。


「さ、これに着替えてみて!」美優の部屋に入ると、そこには夢のようなロリータ服が並んでいた。


ふわふわのフリル、リボン、そして真っ白なドレス。悠真は目を丸くしながらも、どこか居心地の悪さを感じた。


「これを俺が着るのか……」


「大丈夫、私が手伝うから! まずはこのドレスを着てみて!」美優に促されるまま、悠真は服を手に取り、袖を通した。


思ったよりも重く、ふんわりとしたスカートが足元に広がる。


「……なんだこれ、すごく動きづらいな。」


「でも似合ってるよ! 次はウィッグとメイクだね。」


美優は慣れた手つきでメイクを施し、長い銀髪のウィッグを被せた。


鏡を見ると、そこには見知らぬ少女が立っていた。


「嘘だろ……これ、俺?」驚きで声を失う悠真に、美優は満足そうに微笑んだ。


「これで準備は完璧! ステージでもきっと注目されるよ。」


文化祭当日、緊張で足が震える悠真。舞台袖で美優の代わりとしてステージに上がる準備をしていた。


「俺、本当に大丈夫かな……」


「大丈夫だよ! 笑顔を忘れないでね。」美優の励ましの言葉を胸に、悠真はステージに立った。


ライトが当たり、観客の歓声が耳を打つ。


「すごい……俺がこんなに注目されるなんて。」最初はぎこちなかったが、ふわふわのスカートが揺れるたびに、悠真の心に高揚感が広がった。


そして、自然と笑顔がこぼれる。


「悠真くん、めちゃくちゃ可愛い!」袖から見守る美優の声に背中を押され、悠真は最後まで堂々とステージを務めた。


ステージは大成功。


観客からの反響も大きく、悠真は美優の代役を完璧に果たした。しかし、事件はその後起きた。


「なあ、美優ちゃん、今日のステージすごかったね!」クラスメイトが話しかけてきたのだ。


しかも、よく見ると自分のことをじっと見ている。


「え、ええと……ありがとう。」女装した状態で応答する悠真に、相手は首をかしげた。


「なんか声がちょっと違う気がするけど……気のせいかな?」


冷や汗をかきながら、その場をやり過ごした悠真だったが、内心はパニックだった。


「バレたらどうしよう……でも、なんでこんなにドキドキしてるんだ?」文化祭を終えた後も、悠真の心にはどこかロリータ服への未練が残っていた。


夜、美優の部屋に忍び込むと、またあのドレスが目に留まる。「これを着ると、またあの感覚を味わえるのかな……」


悠真はそっと手を伸ばし、もう一度ドレスを着てみた。


鏡の中の自分を見つめるうちに、心がどこか落ち着いていくのを感じた。


そのとき、背後から美優の声がした。


「ふふっ、やっぱり気に入っちゃったんだね。」振り返ると、美優が微笑んで立っていた。悠真は顔を赤くして反論した。


「べ、別にそういうわけじゃない! ただ……ちょっと気になっただけだ!」


「いいんだよ。悠真くんにはこれが似合ってるんだから。」


美優の言葉に戸惑いながらも、悠真は少しずつ自分の新たな一面を受け入れていくのだった。


「悠真くん、次のイベントにも出てみない?」


「……まあ、考えておくよ。」


そう答えた悠真の顔には、少しだけ満足そうな笑みが浮かんでいた。

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