第14話 動き出す歯車
放課後、俺を含めた五人が教室に残っていた。
星咲、華野鳥、大河、花楓の四人で円形に座り、なんとも言えない空気が漂う。
「真千田君が立候補するのは想定外だったわよ」
「それを言うなら、星咲が娘役になるのも想定外だぞ。誰も娘役がいなかったら裏方に回れると思ってたのに」
星咲が立候補しなければ、あとの三人も続かなかったかもしれない。
しかし、俺の考えそのものが間違いだったとでもいうように、四人から思いがけない言葉が発せられた。
「私は最初から娘役やるつもりだったから」
「あたしも興味あったから……バドミントン部の宣伝にもなるし」
「なんや楽しそうやなあて思って、うちもやってみよう思うたんよ」
「わたしは木戸くん以外ならやるつもりだったよ」
ちょっと木戸が可哀想になる発言もあるが、今はそんなことはどうでもいい。
全員やるつもりだっただと?
それならやる気を見せようとした俺が墓穴をほっただけということになる。
「そんなにやる気があるなら俺が相手なのはよくないな。他にもっとやる気がある男子がいないか確かめよう」
「それは駄目! 真千田君が立候補したんだからやるべき! 無責任すぎだし」
星咲に正論をぶつけられるとは……。
他の三人も何か言いたそうな顔をして見つめてくる。
仕方ない——乗りかかった船だし真剣にやるか。
都合がいいことにこの四人とは喋ったことがあるし、何よりこの場をこれ以上乱すのは一番よくない。
「わかった。それで俺たちだけ残らされたのは意味があるんだろ?」
「それだけど、この”野獣と花売りの娘たち”は脇役にはある程度セリフがあるんだけど、主役とヒロイン役にはホントにセリフがないんだ。だからみんなでどういう流れにするかは決めておいたほうがいいと思って」
華野鳥はあっけらかんと話すが、それって結構というかかなり難度が高いことじゃないか?
セリフを考えるわけじゃなく(考える段階ですらないけど)、大まかな流れだけを決めて本当に即興劇のようにやろうとしているんだから。
「つまり、あたしたち次第で話はどうにでもなるってことでいいの?」
大河が不安そうに尋ねるも、華野鳥は軽く「そうだね」としか返さない。
ホームルームの時にも言っていたが、この演劇は失敗も含めて楽しむものなのかもしれない。
だがやるからには成功させたい。
問題があるとすれば、方向性すら決められていないことくらいか。
「心を閉ざしてしまった野獣に対して、娘役が心を開けさせようとするのか、今まで通り花を家の前に置くだけにするのか、それだけでも大分違う結末になるな。娘役の行為に対して、野獣が心を開くのか、固く閉ざしたままにするかによっても印象は大分変わってくるだろうな」
「野獣が受け入れるかどうか、それは真千田くんがその時に決めてくれていいんじゃないかな。わたしは娘役として心を開けるように頑張ろうと思ってるよ」
華野鳥の中では方向性は決まっているらしい。
というか複数の娘役がいて、それぞれ自由に動いていいのか。
だったら、心を開くにしても誰に対して心を開くのか、全員でもいいわけだしこりゃ大変だぞ……。
「私も真千田君の心を開けるように頑張ってあげるから」
「俺じゃなくて野獣な」
星咲はニタニタと笑い、俺をからかって遊んでいるようだ。
「なんや星咲さんは真千田くんと仲がええんやなあ」
「まさかとは思うけど、二人は付きってたり……しないよな?」
花楓と大河が疑惑の目を向けてきた。
どうしてこうすぐにそういう話になるんだか。
そんなわけないだろうに。
「ないない! ちょっとパフェ食べにいったりはしたけど~」
星咲は異常にテンションが高い。
発言内容も否定したいのか煽りたいのかどっちかわからん……。
「星咲さんとパフェ食べにいったりしてるの?」
今度は華野鳥が眉根を寄せ、少し怪訝な表情で俺を責めるように問い立てる。
「ちょっと問題ごとを解決してやって、そのお礼にパフェを奢ってもらっただけだ。そんな事言いだしたら、華野鳥の家でだって夕食をとっただろ。あれと大して変わらない」
「え? 華野鳥さんの家に上がり込んでご飯食べたの!? 私とはカフェに行っただけなのに」
「華野鳥ともそんなことを?」
星咲と大河が同時に睨んできた。
「真千田くんは女たらしやなあ。手が早いから、うちもお父さんに紹介したくなってきたわあ」
花楓まで意味不明なことを言いだしたぞ……。
「誤解だ! 俺は何も疚しいことはしてないからな。華野鳥の婆ちゃんに強引に夕食に誘われただけだ」
「おばあ様がまた一緒に食事をしたいと仰ってたんだけど、次はいつがいいかな?」
全員俺をからかうことしか考えてないな。
今は演劇のことだけに集中したいんだが。
「次奇跡的に顔を合わせる機会があればな! 俺のことはいいから、演劇のルールくらいは決めておきたいんだが」
「もう自由でいいんじゃない? セリフが同時になったりしたらよくないから、何か合図くらいはあったほうがいいと思うけど」
「余裕そうだけど、星咲は演劇の経験があるのか?」
「あるわけないじゃん。こんなのノリでどうにかなるもんだし」
ならないと思うが……経験則なのだろうか?
「うちは得意な料理をセリフに入れよう思ってるねん」
「だったらあたしも運動を入れようかな」
花売りの娘が料理や運動か、自由すぎて全く想像がつかない!
この辺は本人に任せるしかないな。
おかしなことをしだしたら、野獣として俺がツッコめばいいだけだし。
「私は何がいいかな……やっぱり財力?」
「隠すつもりすらないな……というか花売りなのに金持ち設定なのか」
「そこは市井の生活を知るためとか、野獣に会うためとか、理由はあとからいくらでも出せばいいんじゃないかな」
「俺は常識に囚われすぎみたいだな」
演劇に関してはあまり深く考えないほうがよさそうだ。
「真千田くん、わたしたちのことを心配するのはいいんだけど、野獣には独白のシーンがあるんだよ? そこはしっかり真千田くんが考えてね」
華野鳥が俺を突き放すように言う。
「は? 初耳なんだが。即興でいいならそこは省いてもらって構わないぞ」
「ダメだよ、そこは話の中核だから。野獣が何を思っているのか、娘たちと接して何を感じているのか、野獣の心境の変化が大事なんだから」
華野鳥は「独白のシーンは椅子から立ち上がった時とか、合図的なものがあったほうがいいよね」とどんどん話を進めていく。
俺の希望は受け付けてもらえないようだ。
「それなら一つ質問だが、野獣になったという理由も魔女のせいってだけで特に決まってないんだな?」
「決まってなかったはずだよ。上演されるたびにその理由は変わってるようだから、きっと野獣役の人が考えていたんだと思う」
「そうか、心を閉ざすくらい深い傷になったという設定だし、相応の理由を考えておくよ。全員そのつもりでいてくれ」
野獣に対してどんなアプローチをしてくるのか知らないが、こちらもそれなりの覚悟を持ったキャラを演じてやろうじゃないか。
このままなら舞台上でも俺がイジられそうだしな。
俺が何かおかしなことを言ったのか、星咲が目を見開いて俺を見つめてきた。
「真千田君て意外に真面目なんだね。演劇なんて適当に流すタイプかと思ってたんだけど」
「もっとオブラートに包んでくれないか。俺は何事にも真面目に取り組んでるぞ。ただ伝わりにくいだけなんだ」
「それわかる! 真千田君はそのまま野獣キャラでいけそうだよね」
これはツッコむほうがいいのか?
俺のアイデンティティが野獣ってことはいくらなんでもないだろ。
「そうやなあ、真千田くんは心優しい野獣て感じやなあ」
「運動をしているときの真千田は獣のような動きだし、野獣と言われても納得できるかも」
「おばあ様も荷物をずっと背負い続けられた真千田くんのことを褒めてたし、きっと普通の高校生とは思っていないと思うよ」
そうか、周りからはそういう風に見えているのか。
ということは、野獣は受け入れておくのが正解ということだな。
心情的にはかなり複雑ではあるが。
「それなら普段から野獣と思って生活していればいいってことだな」
「——もしかして怒った?」
何かを期待しているような星咲の挑発には乗らないほうが得策だ。
他の三人にもあまりからかわれてるところを見せてしまうと、そういう仲なのかと誤解されてしまう。
「怒るわけないだろ。客観的に自分を知れてよかったよ」
さぞ悔しがるだろうと思ったが、予想に反して嬉しそうな顔をしている。
何も間違った返答をしたはずはないんだが。
「ふーん、じゃあ普段の真千田君の心を開かせたら、野獣の心も開かせることができたも同然てわけだ。いい予行演習になりそう」
「そんなことで予行演習するなよ。いい迷惑だ」
ホント何嬉しそうな顔で言ってんだ。
他の三人もやる気を出しているように見えるんだが……気のせいだよな?
「それじゃあ今日はここまでにしておこっか。あとは各自帰ってセリフを考えたり、どう対処するか考えるということにしよ」
華野鳥が打ち切ったが不安しかない。
まさか、俺に反論する余地すら与えない作戦ということはないだろうな?
こんなので劇ができるとは思えない……誰か代わってくれないだろうか。
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