第2話『教官』
教官が研修の時、冗談めかして言っていたことを思い出す。
「タクシーなんて、割に合わない仕事だぞ」
お客さんには理不尽なことを言われることもある。」
交通違反なんか気にせず、「急げ」、「急に曲がれ」挙句に「Uターンしろ!」とか…。
クレームになれば、即乗務停止。
事故を起こせば、多少の免責はあるにせよ自己負担だ。
違反の反則金はもちろん自腹。
有給はあってないようなもので、もし免停になったり、病気になったりしたら無給になる。
洗車代や、戻された時の車内清掃費用。
二種免許の取得費用だって、3年在籍しなければ返納しなければならない。
「借用書」にサインした時のことを思い出す。
空車で、自分が一番左にいても、右の同僚が信号で止まった時。
信号の先でタクシーを呼ぶ手が挙がれば、右の車が左にかぶせて、自分の前に出る。
”世知辛い世界”だ。
だが、個人タクシーという個人事業主を目指すなら、当然のことだと納得もしていた。
「楽しい」「面白い」だけでは済まされない話だ。
色々な人に出会った…。
“パナメーラの個人タクシー”。
……ペールホワイトに青いライン、屋根には黄色いデンデン虫の行灯。
静かにドアを開けて、ともこさんを後部座席に……。
(夢?…)
目を覚ますと、真っ白な天井。手首に繋がれた点滴。
薄いカーテン越しに漂う消毒液の匂い。
ともこさんが、優しいまなざしでこちらを見ていた。
「良かった…。無事で…」そう声をかけてくれた。
「あやかにも連絡するからね、気が付いたって」
「あっ…。ごめんなさい、心配かけたみたいで…、で、彼女は?」
「うん。彼女も大した傷じゃないから大丈夫、心配ないわ」
「で、あの男は?」
「うん、ちゃんと反省しているみたい…」
「あ~。守れないよなぁ…」
「そりゃそうよ、あんたになにができるのよ、心配ばかりさせて…」
と、
「もし、事故だったどうするの?……毎日、毎日、人様乗せてんのよ、
人の命預かってんのよ、心配しているに決まっているじゃない」
珍しく、説教のような、でも少し、涙を浮かべながら…。
(なんか、母親に説教されているみたい…)
ベット横には白とピンクのカーネーションの切り花が飾られていた。
「カーネーションもいいよなぁ…、
今度、どこいこうかぁ。何が見ごろなんだろう」
「そうね、元気になったら、あやかと一緒にまた、花、見にいきましょうね、
連れて行ってね、楽しみにしているから」
そういって、あやかさんに電話をすると言って、病室から出ていった。
その後ろ姿に、“カイエンの女性ドライバー”の影を見た。
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