挿話3 菜乃花の追憶(3)

「どう、意外と忙しかったでしょ?」

「はい…」

「わかる。そうなの、展示だからって油断しちゃダメなのよね」


今日は文化祭の最終日。校内に一般客向けの閉場のアナウンスが入り、生徒だけになったころ真由先輩が顔を出した。1年の私は最後のシフトで受付の入っており、沙耶先輩はクラスメイトに呼ばれて慌ただしく出て行った。


「沙耶は?」

「ちょうど出たところで」

「あら、残念。あとで見つけておくわ。まったく!1年生を一人にするなって言ったのに」

「でももう片付けも終わりましたし。あとは戸締りと電気くらいで」

「そういう問題じゃないの」


そうぴしゃりと言ってちらっと入口へ真由先輩が目をやる。


「ごめんね。教育不足ってことで。ま、私は1年の時は版画じゃなかったけど、今年は例年より多かったかもね」

「いえいえ、気にしないでください。…ですよね、聞いてはいましたけど」

「来ているのも中学生も保護者もほとんど身内じゃないからね」


美術部は伝統的に展示をやる――というかその認識が一般的だと思う。でも、それじゃ面白くないと何代か前の先輩が言い出したらしく、何らかの美術関連の体験を設けている。今年は浮世絵の版画体験を実施したのだが、思った以上に人気が出て、ちょっとした列までできてしまった。


「意外と空調も整ってて、椅子もあるし。のんびりするのには穴場ではあるかもね」

「来年は後輩がいたら、忙しいよってしっかり伝えようと思います」

「いい心がけね」


毎年小数精鋭?の部活は新入部員がいるかどうかは別として、私は記憶にしっかり残るように拳を握った。


「昼に千佳は来たでしょ?宮野は?」

「あ、千佳先輩は差し入れ持ってきてくれて、みんなで食べました」

「さすが。ごめんね来れなくて」

「気にしないでください」

「あーほんと、菜乃花ってかわいい!」


真由先輩に抱き着かれ、頭を撫でられる。


「千紘先輩は来てないです」

「あいつ顔出せって言ったのに――――――あ」


入りにくそうに入口でこちらを見る先輩と目が合った。2人で抱き合っていたから声をかけにくかったのかも。


体を離したのを見て、先輩は中に入ってきた。ビニール袋を手に下げ、通学用のリュックを背負っているのを見ると、帰る準備は万端のようだ。


「悪かった、思ったより忙しくて」

「何かあったんですか?」

「機材の調子が悪かったり、小道具が壊れたり。いろいろあって」


先輩は椅子を寄せてきて、だらっと座る。たしかにくたびれた様子だ。


「なんかいろいろやっているうちに2日間終わってた」

「表に出たくないからって裏方を色々と引き受けるから」

「…」


3年は各クラスが劇をやることが伝統になっており、先輩は貴重な?美術部員ということで舞台や小道具、プロジェクターを使った演出などをやっていたらしい。らしいというのは、もちろん劇を見に行ったけど、先輩は一切出てこないので何をやっているかわからなかった、という意味。


「ま、終わったしいいや。あ、これ差し入れ。…もらいものなんだけど」

「ありがとうございます」


コンビニの袋にはジュースが3本ほど入っていた。まだ冷たい。


「気が利くじゃない、っていう前に削がれちゃった」


真由先輩が肩をすくめる。


「あ、先輩方もどうぞ。せっかくなんで」

「ありがと」

「お、いいのか」

「いいって言ってるでしょ」

「はいはい」

「あはは」


3人でペットボトルをあわせて乾杯する。


「お疲れ様でした」

「お疲れ」

「お疲れ」


コーラの炭酸がやけに沁みる。これがビールだと大人の気持ちがわかるんだろうか。そんなどうしようもないことを考えていると、真由先輩が立ちあがった。


「ごめん、忘れてた。ぼちぼち花火よね、みんなと写真撮るって言ってたんだった。私行かないと」

「あ、了解です」

「菜乃花も行くでしょ?」

「あ、はい。私も戸締りしてから行きます」

「うん」


真由先輩は入口の前で振り返ると、


「じゃあね、菜乃花、宮野」


菜乃花、また連絡するから!という元気な声を残して真由先輩は去っていった。


「元気なやつだな」

「羨ましい」

「……」

「何、その目」

「…何でもない、戸締りして出るか」


水族館に行ったあたりから私は先輩とゆるい関係に落ち着いた気がする。ちょっと言いにくいこともズバズバ言われているので、言い返しているというのもあるけど。


先輩と私はガラガラと椅子を片付けた後、カギをしめて廊下へ出る。

ほぼすべての生徒が校庭や中庭、屋上に集まっており、外の賑やかさと隔絶した空気がひんやりとする。


「カギ問題なし」


ガチャンという音が廊下に響く。美術室は1階だけど、既に同じ階の他の教室はすべて電気が消えていた。


「はい。じゃ、行きますか」

「はーい」


小声なのに声が通る。なんだかおもしろい。


「先輩、花火は誰と?」

「えーと」


中途半端な反応になぜかもやもやする。


「え、もしかして帰る⁈」

「…いやいや帰りたいけど、帰りはしないよ。普通にクラスのみんなだよ」

「…」


そう言った先輩の言葉にどこかほっとした気持ちがした。


…何で?


自分でもよくわからない。


「一応最後だし、みんなで写真撮ったりするんじゃないか」


他人事のように先輩は言う。


「菜乃花はどこで見るの?」

「うーん、合流してからじゃないとわからない…」

「あの辺なんか花火が良く見えるんじゃないか」


先輩が窓の外を指さす。


「…カップルのたまり場じゃん…ヤダ」

「…ごめん。居たたまれないかもな」

「謝られるのはそれはそれでムカつく」

「まあ、花火はいつでも見れるから」

「そうだけど。後夜祭っていうのがいいのに」


お母さんは貴重な若者の時間だ、青春だって言ってたっけ。


「…この学校には後夜祭で花火を見たから、フォークダンスを踊ったからといって何か謂れがある訳じゃないぞ」

「それは都市伝説か恋愛ドラマの見過ぎでしょ」

「だよな」


この辺の冷めたような感覚は先輩に同意。私もよくわからない。


「あれ、有坂じゃないか」


早苗が手をつないでいるのが見えた。男子の顔は見えないが間違いなく田中君でしょ。違ったらヒドイ。


「ほんとだ。彼氏と一緒」

「あーそう」


先輩は見向きをせずに相槌を打つ。


「…興味なさすぎ」


後輩に対する興味が薄すぎる。もうちょっと興味を持ってもいいのに。私には何にも聞いてこないし。


ぼんやりと明るい窓から外を眺めながら歩いていると、いつの間にか昇降口に着いていた。


「じゃ、またな」

「あ」

「??」

「先輩は」

「??」


自分でも何を言おうとしているかよくわかっていない。


「…何かあった?」

「えと、何でもない…」

「ならいいけど。また」


そう言って、先輩は手を振りながら去っていく。


花火、一緒に見たいって言ったらどうしますか―――


なんて。聞けなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る