第4話 先輩(4)
翌日。
昨日は菜乃花とご飯を食べに行き、久しぶりに懐かしい気持ちになりながら、本人には恥ずかしくて言えないけど、卒業後の空白時間を埋めるように楽しい時間を過ごした。
今日は午後までだらだら過ごし、夕方になったら買い出しに行き、配信でフットボール観戦をして眠くなったら寝る。そんな予定だった。
だが―――
今、俺は居酒屋にいて、目の前には菜乃花がいて、夕飯を食べている最中だ。
…いやいや、ずいぶんと予定と違う。
「菜乃花」
「…?…何?」
唐揚げをつまむ手を止め、首をかしげながら不思議そうにこっちを見る。
「……ごめん、何でもない」
「…???急にどうしたの?」
うん。やっぱりおかしい。
「…そういえば、今は実家じゃないよな?」
「うん、一人暮らしだよ」
とりあえずお茶を濁すために頭に浮かんだ質問を投げかけるが…これさっき聞いたやつだ。
落ち着こう。もう一度確認する。今日は土曜日だ。なぜか、昨日と同じ時間帯に2人で、似たような状況で夕飯を一緒に食べている。最も昨日とは違い、ここは会社の近くではなく、2人の家から中間地点に位置する。帰りやすさ重視、大事。
なぜこうなったか。というと―――
昨日は終電でタイムアップになったから、である。再会で昔話に花が咲き、すっかり酔っぱらった菜乃花は話足りないからもうちょいとお代わりを重ね、閉店時間にはまだ帰りたくないと我儘を言い、さすがにオールは厳しいと強引に最寄り駅まで送った。
本当は家の近くまで送ろうと思ったが、駅近だから大丈夫と固辞されたため、最寄り駅までで、さすがに家までは行っていない。別れ際も長くなりそうだったので、冗談交じりに、
「続きは明日にしよう」
と言ったら、
「ほんと?じゃあ帰って寝る!おやすみ!」
と勢いよく帰宅して行った。ようやく家に帰って、ソファの誘惑を受けながら、鋼の意思でシャワーを浴び、ベッドにひっくり返った。しかし、翌朝アラームを入れた覚えはないのにスマホが鳴る。止めて寝る。また、鳴る。仕方なく眠い目を擦りながら確認すると、『今日何時?』『どこにする?』という連絡が菜乃花から来ていた。それから言い出した責任の手前、予定を相談して今に至る。
うん、まあ自分で蒔いた種でした。
「実家と言えばさ、今日は午前中に実家に寄ったんだけどね。あ、私のお母さんのこと覚えてる?」
「もちろん」
「よかった。それでね、先輩が転職先にいて、ご飯食べに行くって言ったら、やっぱりびっくりしてた」
「あのお母さんか…」
記憶の中に菜乃花の母親を見つける。かつて彼女の母親には何度か会ったことがあるので、お互いに顔は知っている。彼女の母親が部活の集まりの後に迎えに来ていたことがあり、それから学校行事やら何やらで何度か会っている。
「私も行きたいって言ってたよ」
「…」
それはまだ遠慮したい。彼女をそのまま成長させて、おっとり成分を含んだ菜乃花の母は黙っていればアフタヌーンティーが似合う美人だが、さすがに後輩の母親と飲むとなるとあらたまって何を話していいのやら。
「お母さん、先輩のことお気に入りだったから」
「初耳なんだが…」
嬉しい事実が発覚する。
「私のことほったらかして、よく料理の話してたじゃん」
菜乃花は恨みがましい目で言う。確かに菜乃花の母親とは会えば料理の話や世間話をしていた。俺は両親の共働きもあって、高校時代はいつも自分で弁当を作っていたが、それが高じてクッキーやパウンドケーキなどを自分で作るようになった。それが部活で話題に上がり、部の女子一堂から貰ったホワイトデーのお返しに洋菓子を作って振る舞った。予想に反して喜んでもらい、評判が良いことに気を良くした俺は上手くできたお菓子を差し入れにすること数回。そのことを菜乃花は母親に話したらしい。
「やっぱり、珍しいんじゃないかなあ。肝心の娘はあんまり興味ないし」
「そうかなあ」
「そうだよ、高校生男子が差し入れにシフォンケーキ焼いたりしないでしょ」
「そうかも…」
部活の差し入れにと何やらみんなで持ち寄ったとき、手作りする男は自分1人だけだったことを思い出す。
「すっごい美味しくて。懐かしいね、麻衣子先輩悔しがってて」
麻衣子先輩とは俺の同級生で時を同じくして、差し入れにクッキーを焼いてきてくれた。もちろん美味しかったのだが、気まぐれで自分が食べたくて作ったシフォンケーキの差し入れで話題を独占されてしまったことがある。
「今も作ってるの?」
「たまに」
「いいなあ」
店より美味しいとは言わないが、市販で買うより自分好みの味になるからどうしても食べたい時は作ることが多い。先週もパウンドケーキを焼いた。
「まあ機会があれば、作ってやるよ」
「ほんと⁈」
「…」
「冗談とは思ってないからね」
そういって菜乃花はにこにこしている。
「…手伝えよ」
「もちろん!」
「…」
これは有耶無耶では済まないやつだ。キラキラした菜乃花の顔を見て、いつにする?と予定まで抑えられることを予想して、前の軽口を後悔した。
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