The 19th Ride Next Stage

 意識の遠くで、歓声と会場アナウンスが聴こえる。


 スピーカーを通しての大音量のハズなのに何を言ってるか全然聞き取れないな――なんてぼんやりと考えていたら突然顔に冷たい衝撃が走って、それでようやく意識を取り戻した。


「えっ、ここは……」

「青嶋君、大丈夫⁉」

「やっと気が付いたか相棒!」


 

 顔を上げると頭と背中にもひんやりとした感覚が戻ってくる。そんな僕を脇から支えているのはユーダイ、そして正面からロードバイクごと支えてくれてるのは緑川さんだ。それを片瀬先輩が少し離れて心配そうに見守っている、そんな状況。


「ええと、あれ? ゴールは……」

「覚えてないのかよ⁉ ヤイチ、お前ちゃんとゴールまで踏ん張ったじゃないか⁉」

「そのまま気を失ってしまったんだから仕方ないだろう。むしろ――気力だけでゴールまで持たせたんだから、大したものだ」


 どうやら緑川さんの説明だと、僕はゴールまで走り切った後でそのままフラフラと減速しながら進み、カーブ手前辺りで停止して転倒しそうになったらしい。それを咄嗟に飛び出した緑川さんが支えてくれて、先に周回遅れゴールしていたユーダイが頭から水を浴びせて意識を戻してくれたところだったそうだ。


 思い出してみれば汗だくなのに最後のほうはまったく水分補給をした記憶も無いし、確かに喉はカラカラだ。でも今はそれよりも、気になる事がある。


「それで、結果は⁉」


 

 僕の声に緑川さんが目線で促した方をみると、ゴール横には10位までの着順掲示板が掲げられていて、そこには10位だったヨースケの名前の上に『9位 青嶋八一』と表示されていた。ちなみに3位が茜、1位は赤城くんだ。



「良かった……勝てたんだ」

「ああ。自分では必死過ぎて全然見えてなかったかもしれないが、最後は良い脚だった」


 緑川さんが笑顔で肩をポンと叩いて祝福してくれた事で、一気に安心感と『勝てた』という実感が広がってくる。


 

「青嶋君、おめでとう!」

「赤城くん⁉ 赤城くんこそ、優勝なんてすごいじゃないか。おめでとう」


 そこに現れたのは赤城くんだ。普段はずっと穏やかな笑みを崩さない彼だったけれど、喜びを抑えきれないような満面の笑みを浮かべている。彼がこの勝負に勝つ事が出来て、その一端でも貢献できたのなら、本当に良かったと思う。だけど……


 

「やったな皇成、まあお前ならやると思っていたが。これでU15強化指定選手の枠も間違いなしか」

「あ、ああ……兄さん」


 緑川さんの背後から現れた人物の祝福を受けるなり、今までの表情が嘘のように困ったような、曖昧な笑顔の赤城くんに戻ってしまった。赤城くんが『兄さん』と呼んだその人物は確か、裏門坂でユーダイを完璧に追い抜いた、真っ赤なバイクに乗っていた人だ。


 

「俺達はこれから1のチームで、1.5時間の部で戦う。良かったら見ておいてくれ。出来るなら……再来年までに、俺達ぐらいまでになるのを目標にしてくれたらありがたい」

「緑川、そろそろ時間だ。行こうぜ」


 赤城くんのお兄さんに促され、緑川さんと片瀬先輩は次の出場選手が集まる中へと消えていく。残されたのはがっくりと肩を落としたユーダイと、複雑な表情を浮かべた赤城くんと僕だけ。せっかく最良ともいえる結果が出せたのに、それを素直に喜べるような雰囲気じゃなくなってしまっている。



 でも……次のレースが始まってしまうと結局、今回の結果を素直に喜ぶどころじゃない事に気付かされた。


 

 僕たちよりも長い1.5時間という枠で高校生だけじゃなく大人も混じっている中、緑川さんたち――彼ら鳴子坂学園なるこざかがくえん自転車競技部1年チームは単独で先陣を切っていた。


「あのスピード、もしかすると俺らの後半よりも断然速いペースじゃねえか?」

「そうだね。あの人たちの体力ならおそらく、このペースをずっと維持したままゴールまで逃げ切る事だって不可能ではないと思う」


 先ほど終わった僕らのレースとの違いに驚くユーダイと、戦況を冷静な表情で見つめる赤城くん。今の状況だけでも凄い事なのに、先頭交代で真っ赤なバイクに乗った赤城くんのお兄さんが牽引するたび、集団との差が開いて歓声が上がる。

 

「あんなの……俺ら目指せんのかな」


 珍しく弱気になったユーダイが呟く。確かにこんなレベルで戦えるようになるなんて、今の僕らには難しい話かもしれない。だけど……


「大丈夫だよ。だってこの数か月、死に物狂いで頑張って今回、こんなにも良い結果を出せたじゃないか」


 

 そう、今回の結果を出せたのは僕だけじゃなくてユーダイも茜も頑張ったからこそだし、色んな人が助けてくれたおかげだ。


 それを人によっては「運が良いだけ」だとか「まぐれ」とかいうのかもしれないけれど、僕はそう思わない。


 僕らがそれを引き寄せたのは、頑張って藻掻いていた姿を誰かが認めてくれていたからだ。


 それに、1人で上を目指すわけじゃない。ユーダイも居るし、茜も居る。皆でならもっと速く、もっと遠くを目指せる。少なくとも僕はこのレースを終える事で、そう思えるようになった。


__________________

次回、中学生編最終回です。

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