The 17th Ride 川崎ストーミーラン

「ハァ、ハァ……追いついたよ、三波くん!」

 

 ようやく追いついた先行集団の真ん中あたり、同じジャージ2人の風除けになるよう前を走っていた三波くんが振り返る。

 

「青嶋⁉ 集団が千切れた時にお前らが居ないとは思っていたが……まさかここまで上がってくるとはな。計算外だよ、モチロン良い意味でな」


 そう言って口角を上げる三波くんと対照的な、これみよがしに聞こえてきた舌打ちは黒いジャージを着たヨースケだ。



「クソが! また引き剥がしてやる……って邪魔すんのかテメェ⁉」

「悪いけどこっちは今来たばっかだからさ。も~ちょい一緒に走らせてくれよ」


 折り返しのヘアピンカーブを過ぎて急加速しようとしたヨースケの斜め前に割って入るのはここまで足を溜めてきたユーダイ。


 

「まったく、東郷っちは乱暴でエレガントさに欠ける。流れるような僕ことカナメっちの加速を……」

「……行かせないケドね」

「塞がれてしまうとは。まったく、エレガントではないな」


 インコースから強引に急加速アタックを掛けようとしたヨースケとは対照的に、アウトコースから加速しようとした西野君には三波くんのチームメイトの小柄な子がいつの間にか進路を塞いでいる。


 

「五月蠅いハエどもが数を増やして我らの行く手を阻むとは……小賢しい」

「悪いケド……まだ先には通せないよ」


 そして小田原学園のエース・北条には、赤城くんがピッタリとくっついて動きをけん制している。今回のレースでの優勝候補2人が動かない事によって先行集団では有力選手がまだ誰も抜け出せず、団子状態を維持していた。


「まだ8周のうち4周目だからな。あと2周して残り3周を切るまでは俺と青嶋でチームを牽引しながら、小田原学園の連中を押さえたい」


 三波くんの提案に合わせて半周交代でメンバーの風よけになりながら、ある程度のペースで集団を牽引する。僕のチームと三波くんのチーム、それから小田原学園以外にも数チームの選手がこの前方集団で固まって飛び出しのタイミングを計っていた。さらには後方の集団からも数名が上がってきて段々と、大きな集団としてまとまりつつある。


 海から吹いていた風はその向きを変え、復路は強力な追い風――その分往路では強すぎる向かい風になっていて、それが集団を抜け出せる選手がなかなか居ない状態を作り出していた。


 

 そんな状況もあり、当初「この辺りで優勝争いに対してレースが動き出すだろう」と踏んでいた6周目、残り3周を切っても動かなかったレースが再び動き始めたのは、海沿いの直線を折り返すカーブでの出来事だった。


「くっそ、いつまでもウロチョロと邪魔なんだよ!」


 360度に近いカーブを折り返すために減速してイン側へ身体を傾けていた僕たちの列へ、更に内側から斜めに突っ込んできたのはヨースケ。


「うわっテメェなんて無茶すんだッ!」


 直後にガシャン! と大きな音がして、倒れたのは僕のすぐ後ろにいたユーダイ。それに進路を塞がれて接触を避けようとした三波くんと後続が大きく減速する。


「ユーダイ⁉」

「ヤイチ、それよりも前や! 追うで‼」


 すぐ真横から聞こえた茜の声に振り返ると、コレを好機と見たのか小田原学園の黒いジャージの後ろ姿が一気に加速を掛けていた。赤城君と茜、それから数人の選手がすぐに反応して加速し始めている。


「青嶋、行けるなら行ってくれ! 頼む!」


 後ろから聞こえる三波くんの声に振り返らず、必死でペースを上げようとペダルに全体重を乗せる。2人の事は気になるけれど、ここで減速してしまえば恐らく……残された距離で前に追いつくことは困難になる。


 三波くんもそれを分かっていたから、僕に叫んだハズだ。その声に、応えないわけにはいかない。



 向かい風が反転して追い風になった中を、前だけを見て必死でペダルを踏み込む。追い風に乗って普段の練習だったらあり得ないぐらいの速度で追いかけているものの、条件は前を行く全員も同じだからなかなか差は埋まらない。


 視線の遥か先では赤城君が北条と西野の2人に徹底的にマークされ、茜はヨースケの進路妨害スレスレの斜行で何度もアタックを潰されている。



 僕が駆けつけたってどうなるわけでも無いかもしれない。それでも……早く追いつかないと。


 

「助けに行くんだろ王子様? 私らもお供しよう」


 直後、風の抵抗が緩やかになったような気がして振り返ると、揃いのジャージに身を包んだ数人が僕を囲むようにフォーメーションを取っていた。緑に青が混じった見覚えのあるソレは……茜が所属する磯崎のチームだ。

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