The 6th Ride 学園裏坂への挑戦

「なぁヤイチ、この学校の裏側にはがあるらしいんだぜ。放課後になったら行ってみないか?」


 城戸きど君……ユーダイがそんな提案を持ちかけてきたのは入学式から1週間が過ぎた、ある昼休みの事だった。


 

 新しく始まった中学での生活も彼のおかげで1人だけ浮く事も無く、何人かのクラスメイトと楽しく過ごせていた。そして毎日帰りは一緒に自転車で学園からの坂道を駆け下り「ユーダイ」「ヤイチ」と呼び合う仲になっていた。


 そんなユーダイから聞いた話だと、この鳴子坂学園なるこざかがくえんには高等部に『自転車競技部』というのが去年から開設されていて、彼はそれに入って活躍するために合格してすぐロードバイクを買ってもらったのだとか。


 

「えぇ? でもさぁユーダイ、それ『部専用』って事はもちろん僕らなわけでしょ?」

「そこはアレだ、ヤイチ。自転車競技部の歴史に貢献するため入った、となれば例外だろう?」


 ユーダイは自信満々にそう答えるけど正直、よくそんな自信持っていられるよなぁと思う。


 この1週間で放課後、自転車ロードでユーダイの家へ遊びに行ったり自宅まで遊びに来てもらったりしたけど、一緒に乗っている感じだと彼は僕と一緒でロードバイク初心者ぐらいのスピードだ。むしろ僕よりも少し遅いぐらい。


 そんなレベルで「未来のエース」なんて名乗って高校生の競技部員たちに鉢合わせたりしたら、怒られないものだろうか。


 

「ホントに大丈夫? あ……そういえば赤城あかぎ君も誘ってみていい?」

「あぁ、あのか。まあ聞くだけ無駄だと思うがな、ソレでも良いなら聞くが良い」


 ユーダイとは仲良くなれた反面、同じクラスにも関わらず赤城君とは入学式の翌日以降、あまり話す機会が無いままだった。


 彼とは所属する仲間が違うというか、休み時間になると彼の机の周りには女子達とスポーツ優秀で垢抜けた男子が集まって、何となく話しかけづらかったからだ。


 それに登校時間は彼がいつもギリギリだったし、放課後は一目散に帰っていくから自転車で会う機会もない。


「ゴメン青嶋君。せっかく誘ってもらったケド、放課後は『』があるからさ」


 意を決して話しかけてみたけど、返ってきたのはやっぱりそうなるだろうという答えだけだった。

 


__________



 そうして放課後、僕とユーダイの2人で自転車置き場から学校の敷地裏にある坂へ向かう。


 この鳴子坂学園はほぼ平野である旗野市はたのしを見下ろす北側のちょっとした丘の上に建てられた学校だけど、更に北には丹沢たんざわ山系と呼ばれている山々が広がっている。坂の入り口はその山に向かって林を縫うように車1台通れるぐらいのアスファルトが舗装されていた。


「なあ、ホントに大丈夫?」

「別に『部外者立ち入り禁止』とか書いてないだろ? って事は問題ないハズだ。行くぞ!」


 怒られたらどうしようとビクビクしている僕を差し置いて、先にスタートするユーダイ。僕も慌てて追いかける。


 

 学校に着くまでの坂道はそこまで傾斜がきつくなくて『フロントギアを軽くすれば登れるぐらい』だったけど、この坂道はそうしてギアを軽くしても、立ち漕ぎじゃないと全然進まないぐらいだ。


 サイクルコンピューターに表示されている斜度(坂のキツさ)は9%。学校までの道のりで一番傾斜がキツい所でも4%ぐらいだから、倍以上の傾斜がある計算だ。


 そんなきつい坂道がスタートからずっと続いていて、あっという間に息が上がる。少し先に行ったユーダイもその坂道に苦戦しているものだと思ったケド、差が全然縮まらないどころか、少しずつ差が広がっている。


「ユーダイ!」

「ヤイチ、この激坂げきざかはさすがにすっげーキツいよな。でもオレにはバスケ部で鍛えた膝があるんだぜっ!」


 そう言ってペダルに全体重を掛けて踏み込み、グイグイと登っていくユーダイ。だけど……

 

 

「唸れ神脚かみあしッ! ゴッデスクライム!」

「……通るぞ、お前ら左に寄れ!」


 それもつかの間、後ろから倍近いスピードで迫ってきた10人ぐらいの集団にあっという間に追い越される。先頭を登っていた人が目配せすると、集団の一番後ろに付いていた真っ赤な自転車の人が僕らに並んで話しかけてきた。


「君たち、見た感じからすると中等部の新入生?」

「ハイッすみません! 相方がどうしても走ってみたいというものですからッ! 殴るならどうか相方の方を」


 声を掛けられた瞬間、怒られると思ったのか食い気味にユーダイが謝罪する。何故か僕のせいにされていたのがめちゃくちゃ気になったけど、息が上がっていて反論できる余地も無かった。


「あーもしかして『ココは部員専用になってる』って噂の事? ハハハっ、そんな事は無いから安心しなよ」


 そう言って爽やかに笑う真っ赤な自転車の人が、どことなく雰囲気が赤城君に似ているような気がした。本当に何となく、だけど。


「あぁでも、今みたいに練習で使ってるのは確かだからね。今度から追い抜かれる時、声かけたらすぐ左に寄って貰えると助かるかな。それとこの坂キミ達にはキツいだろうから、途中でも足が無くなったら無理せず途中でUターンして降りるのも考えておいてね。それじゃ♪」


 彼は優しそうな口調を崩さずにそれだけ告げると、ダンシング(立ち漕ぎ)で颯爽と先に行った集団へ追いついていく。あとに残されたのは僕とユーダイの2人だけ。


 

「なぁヤイチ……コレってホントに登り坂だよな?」


 唖然とした表情のユーダイと多分、僕も同じ顔をしていたと思う。こんなに急な坂でも傾斜がない道と同じような動きで軽々と登っていく姿に到底敵うハズがない。まるで別の生き物だ。



 その後、体力が尽きてもう登れないと判断した所で引き返して、僕等は言葉も無くその日の帰途に着いた。


____________________

初めての激坂挑戦、彼らにとっては手痛い洗礼だったようです。さてここからどう巻き返すのか!?


次回「唸れ神脚! ゴッデスクライムッ!」ご期待ください^^

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る