悪徳王子は死のループで得た知識と経験で、破滅エンドに立ち向かう
甲賀流
第1話 十度目の今日
「これだから、悪徳貴族は嫌いなんです」
それは、小さな呟きだった。
「さようなら、セシル様」
目の前にいるのは、メイド服の金髪美女。
彼女は優しくけれど冷たい、鈍色に澄んだ声で僕に別れを告げた。
「ま、待って――」
それを最後に、再び死の感覚が僕を包んだ。
鋭く焼けるような痛みが、喉を裂いていく。
熱く、濃い血の匂いが鼻を刺し、皮膚の上を温い液体が伝っていく。
呼吸はできず、声も出ない。
目の奥が暗転し、意識が遠ざかっていく。
視界が、ブラックアウトした。
また、だ。
また同じ結末。
そしてまた、時間が巻き戻っていく。
* * *
「っは、はぁ、は……!」
飛び起きた瞬間、背中は汗でぐっしょり濡れていた。
喉が焼ける。
心臓が暴れる。
でもそれは、さっきまで味わっていた「死」の名残に過ぎない。
見慣れた天井。重たく揺れるカーテン。朝の陽光。
そして、このベッドの硬さ。
「……十回目、か」
僕――セシル・ディアゴルド、十二歳。
このフロイデン地方を治める、公爵家の第三王子だ。
そんな僕は今、死に戻りを繰り返している。
原因は不明。
発動条件も、仕組みも、何もかも分かっていない。
ただ、たしかなことは二つある。
ひとつ。
この現象は、決まって僕が死んだときに起こる。
ふたつ。
ループが戻る時間と状況はいつも同じ。
シュエラがディアゴルド家に来るその日の朝だ。
けれど最近、別の事実も明らかになった。
あれは六回目のループの時。
あのときは、母が僕を庇って死んだ。
それでも、ループは発動した。
僕はまた同じ時間に、同じ場所に戻ってきたんだ。
あの時、僕は思った。
他の人の死でも、ループは発動するんだと。
だけど記憶が引き継がれているのは、なぜが僕だけだった。
とはいえこの『他の』というのは、誰でもいいわけではないらしい。
七回目のループの時、護衛につかせた複数の騎士団員が殺されてしまった時は、ループが起こらなかった。
母上ではループが生じ、騎士団員ではそれがなかったとなると、もう僕にはわけがわからない。
僕と関係の深い人じゃないとループが発動しない?
もしくはディアゴルド家の人間のみとか?
「くそ、考えても謎が深まるばかりだ」
公爵家の人間であろう者が情けないな。
ディアゴルド家とは、統治しているこのフロイデン地方の頂点だ。
『弱者は切り捨てろ』
『慈悲は甘え』
『優しさは処刑対象』
それが、この家に生まれた者の、誇りであり呪いでもあった。
でも、現実はどうだ?
僕は今、メイドひとりに何度も殺され、そのたびにやり直しをさせられている。
十度の死を経験して、いまだに答えが見つからない。
本当に情けない。
だけど、すべては彼女のせいだ。
新人メイド、シュエラ。
年齢不詳。経歴不明。
それでいて、うちの騎士団員よりも強い。
そして、どんな恩恵を与えても、どんなに取り入っても、毎回僕を殺してくる女。
「……今回はどうする?」
ここまでの九回、僕は彼女を従わせようとした。
金貨を与え、家族に特別待遇を与え、言葉を尽くし、地位まで約束した。
けれど、何をしてもダメだった。
「なら、優しくしてみるか?」
ぽつりと、そんな言葉が漏れた。
自分の口からそんな声が出るなんて、思ってもみなかった。
この地で最も恐れられているディアゴルド家の人間が人に優しくなんて、そんなバカなこと……。
いや、でもやってみる価値はあるか。
優しくすれば、人はその相手を信じてしまう。
優しさに反吐が出るのならば、演じるだけでもいいんじゃないか?
従わせるために信頼させる。
生き延びるために演じる。
これは優しさという仮面を被った、一種の支配だ。
新しい武器だ。
トントンッ――
「おはようございます、セシル様。本日より配属されました新人メイド、シュエラと申します。入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
きた。
十度目の朝が始まった。
扉越しに届いたその声は、必要以上に張らず、それでいて怯えも感じられない。
僕は椅子に腰をかけ、ふと視線を扉へと向ける。
目を閉じてひとつ呼吸を整えてから、できるだけ穏やかな声で言った。
「……よいぞ。入れ」
扉が静かに開く。
三歩だけ部屋に足を踏み入れた女性が、一礼する。
金の髪。透き通る瞳。
完璧な作法のなかに、どこか冷えた印象を抱かせるメイドだった。
「失礼いたします」
その瞬間、胸がひやりとした。
背中に冷たい汗がにじむ。
だが、もう怯えてはいない。
今回は違う。
優しさという仮面を被った、別の僕で対峙すると決めたのだから。
「今日からよろしく、シュエラ」
ぴくりと、彼女の肩が揺れた。
けれどすぐに取り繕うように、完璧な所作で一礼する。
「……もったいないお言葉です、セシル様。精一杯、務めさせていただきます」
その声は、どこまでも丁寧で、どこまでも作られていた。
これまで何度もループしてきた僕だからこそ、それが分かる。
そう、今考えれば、彼女はあまりにも落ち着きすぎていたのだ。
大抵のメイドは初め、目は泳ぎ、声を震わし、そして顔は青ざめいている。
それほどまでに僕たちディアゴルド家は、国民にとって高貴な存在。
恐怖の対象なのだ。
少なくとも両親からはそう教えられてきた。
なのにシュエラは――このメイドは至って冷静だった。
それは決して取り繕ったものではなく、紛れもない本物の感情。
こんなのが、普通のメイドなわけがない。
初めから気づくべきだったんだ。
コイツがディアゴルド家を憎む、凄腕の暗殺者か何かだと。
「……今日からよろしくな。シュエラ」
言ってしまってから、自分でも驚いた。
王子の口から、メイドに対してよろしくなんてありえないのに。
だけど今回は優しくすると決めたんだ。
そこに死なない可能性があるのなら、貴族のプライドなんて捨ててやる。
「え……?」
その瞬間、彼女の肩がほんの僅かに揺れる。
ほんの一瞬だけだけどシュエラの伏せられた目が、わずかに僕の方を見た気がした。
これは……いつもと違う表情だ。
よし、もう一押しいくか。
「シュエラ、君は朝食はもう済ませたか?」
「……は?」
思わず素の声を漏らした彼女が、一瞬だけ目を丸くする。
「せっかくだし……一緒に食べようか?」
「っ……!? わ、私が……ですか?」
「ああ。配属初日だ。緊張して何も仕事ができないなんてのは困るからな」
「……それは……その……」
言葉に詰まりながら、シュエラが明らかに動揺しているのがわかった。
当然だ。
王族である僕が、使用人と食卓を共にするなんて、常識ではありえないこと。
「拒否するならそれでもいい。だが、今後の仕事に支障が出るような無理はしてほしくない」
「…………」
やがて、彼女はほんの僅かに首を縦に振った。
「……承知いたしました。セシル様」
「よし。じゃあ準備を頼む」
静かに頭を下げたシュエラが、足音も立てず部屋を出ていく。
その背中を見送りながら、僕はそっと吐息をついた。
──あれでいい。
礼を言ったのは、従わせるため。
食事を共にしようと誘ったのも、心を開かせるため。
全部、そう演じてるだけだ。
この十回目のループで、ようやくわかった。
人は、優しくされると油断する。
言葉にされると、信じてしまう。
それがどんなに偽りでも、心は勝手に期待してしまうんだ。
なら――その感情を利用すればいい。
僕はこの家の三男だ。
兄には決して勝てないと、誰もが思ってる。
弟だからとバカにされ、未だに名前すら呼ばれない。
でも今の僕は、十度死んだ記憶を持っている。
そしてシュエラ、君もいる。
だって、君は特別。
並の人間じゃない。
それは実際に何度も殺されてきた僕だからこそ知り得ること。
僕の知る限りこの屋敷に仕えているどのメイド……いや、どの騎士よりも強い。
もしかしたらこの国の中でさえ、数えるほどしかいないかもしれない。
そんな君ほどの逸材を僕が手懐けたとしたら――
その事実こそが、力の証明となる。
ああ、だからこそ。
「この家を、いずれこの国を支配するにふさわしいのは、僕――セシル・ディアゴルドだ」
ディアゴルド家の当主は、決まって長男に与えられる権利じゃない。
実力、影響力、そして支配力。
誰を従わせ、誰に恐れられ、誰に必要とされるか。
この国を支配するのは、上にいる二人の愚兄じゃない。
僕だ、僕がこの世界の頂点に立つんだ。
歪んでいても、偽りでも、何だって構わない。
勝てば、それが正義なんだから。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
何となく書いてみた新作です。
とりあえず短編として5話ほど、12時ごろに毎日投稿してみますが、もし伸びたらGAウェブ小説コンテスト用に長編をつくるとおもいます。
具体的には9月頃から作り始めます‼️
長編を作る場合の告知もこの作品からお知らせしますので、気に入ってくだされば、作品フォローしてお待ちください。
作者フォローも歓迎です✨
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます