第15話 自白

重々しい金属の扉が開いた先は、陽の想像を絶する空間だった。

壁一面に設置された巨大なサーバー群が、低い唸りを上げて熱を放出している。床を蛇のように這う無数のケーブル。そして、部屋の中央に置かれた一脚の椅子。それは、歯科医院の治療椅子によく似ていた。


「さあ、こちらへ。怖がらなくていいよ」


椎名は、安心させるような、物腰柔らかい声で陽を促した。陽が抵抗することなくその椅子に腰を下ろすと、椎名は慣れた手つきで、陽の身体をシートに優しく固定していく。


「はい、じゃあ椅子を倒しますね。これから頭にいくつかセンサーを付けていく。ちょっとひんやりするけど、これは君の心の中を正確にデータ化するためのものだから、心配いらないよ。そうそう、上手だ」


まるで子供に言い聞かせるような口調。だが、その行為は、有無を言わさぬ拘束に他ならなかった。

目の前の巨大なモニターに、陽の脳波が複雑な模様として映し出される。


「見てごらん。君の心が、こんなに綺麗な模様を描いている。これから、この模様が示す君の本当の気持ちを、少しだけ外に出す手伝いをしてあげる」


全ての準備が整うと、椎名は陽の顔を覗き込み、にこりと微笑んだ。


「さあ、最初の実験を始めようか」


そして、最初の質問が、穏やかな声で投げかけられた。


「まずは、君の趣味から教えてくれるかな。どんな些細なことでもいいんだよ」


趣味。あまりにも場違いな質問。陽は、当たり障りのない話で乗り切ろうと、頭の中で「脚本」を用意した。


「オレの趣味は、」


音楽、と続けようとした唇が、意思に反して、別の音を紡ぎ出す。


「……趣味は、ゲーム、です」


え?

声に出したのは、自分のはずだった。だが、それは、陽が意図した言葉ではなかった。


「おっと、びっくりしたかな。大丈夫、大丈夫」


狼狽する陽を見て、椎名は感心したように、そして楽しそうに目を細めた。


「すごいね、この装置はまだ試作品なんだ。それなのに、君のように抵抗の強い被験者から、これほど素直な反応を引き出せるとは。これは『思考発話同期』といってね、君の無意識下にある純粋な感情データを、ノイズなしで抽出するためのものなんだ。君のおかげで、素晴らしいデータが取れそうだよ」


「どうして、ゲームが好きなんだい?」


椎名が、淡々と質問を続ける。

やめろ、答えるな。心の中で、陽は必死に叫ぶ。だが、その抵抗はむなしく、口は滑らかに、隠していたはずの本音を吐き出していく。


「……対戦するのが、好きだから。特に……」


言葉が、途切れる。言いたくない。これだけは、絶対に。陽は、唇を固く結んで抵抗した。


「うんうん、わかるよ」


椎名の声が、より一層、優しくなる。


「その抵抗こそが、素晴らしいデータになるんだ。でも、そこで止まってしまっては、実験は先に進めない。さあ、もう少し。君の奥にあるものを、見せておくれ」


その、言い逃れを許さない、優しい圧。口は勝手に、最も知られたくない相手の名前を告げた。


「ルームメイトとの、対戦が、一番……好き、です」


ああ、と陽は心の中で呻いた。モニターに映る脳波の模様が、激しく乱れるのが見えた。


「なぜ、彼との対戦が一番好きなんだい?」


「……あいつは、絶対に、手加減しないから。本気で……殺しにくるみたいに、勝ちにくるから……」


「だから、オレも、本気になれる。何も考えずに、演技せずに、全部……むき出しの感情を、ぶつけられるから」


「……楽、だから……っ」


最後の言葉は、嗚咽に近かった。

言ってしまった。蓮に対して抱いている、自分でも整理のついていなかった、ぐちゃぐちゃの感情。その全てを、この男の前で、洗いざらい告白してしまった。


陽が絶望に打ちひしがれる中、椎名は満足そうに頷き、手元の端末に何かを記録している。


「はい、お疲れ様。よく頑張ったね、白石くん」


椎名は、晴れやかな顔で言った。


「今日の実験は、これで終わりだ。素晴らしい成果だよ。君のように、強い自己抑制(リミッター)で本心を隠しながら、その内側で巨大な感情の奔流を抱えている被験体は、この試作品の性能を限界まで引き上げてくれる。君は、最高のテストケースだ。君のデータは、実に興味深い」


研究員たちが、手際良く拘束を解いていく。解放された身体は、鉛のように重かった。


「また、明日、続きの実験をしよう。ゆっくり休んで」


明日。

その言葉が、次の予約を告げる歯科医の声のように、しかし、死刑宣告にも等しく、陽の耳に響いた。

ここは、逃げ場のない、実験室の椅子の上だった。

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