021 第20話:鏖殺の聖夜

 窓から差し込む月明かりを浴びながら、血染めの花音がゆっくりと微笑んだ。


 その笑顔は、いつものように愛らしく無邪気で、家族の団欒で見せるのと何一つ変わらない。しかし、4つの死体に囲まれ、血に染まった凶器を握りながら浮かべるその表情は、あまりにも異常だった。


「もー、優お兄ちゃんが遅かったから、可愛い妹の貞操がピンチだったよ?」


 花音はくすくすと笑いながら、まるで悪戯を見つかった子供のような仕草を見せた。手にしたナイフを何でもないもののように扱い、血の匂いが充満する部屋で、まるでお茶会でもしているかのような軽やかさだった。


 デヴォラントは言葉を失っていた。


 この状況は、あまりにも予想外だった。花音が拉致され、危険にさらされている。だから急いで救出に向かった。しかし、実際に目にしたのは、拉致被害者ではなく、冷酷な殺人者としての花音だった。


「花音……お前が……?」


 デヴォラントの声は、珍しく動揺を隠せずにいた。


「うん、全部わたしがやったよ」


 花音は躊躇なく答えた。その声には、誇らしさすら混じっている。


「龍牙くんも、この人たちも。みんなわたしが殺したの」


 足元に転がる蛇島龍牙の死体を、花音は軽く蹴った。龍牙の胸部には深い刺し傷があり、大量の血液が流れ出ている。致命的な一撃で、心臓を正確に貫いた跡だった。


「でも、最初は本当に連れてこられちゃったんだよ? 優お兄ちゃんを恨んでる人たちに」


 花音は説明を始めた。その口調は、まるで学校での出来事を報告するような軽やかさだった。


「でも、こういう機会って滅多にないから、ちょっと楽しませてもらっちゃった♪」


 楽しませてもらった。


 4人の人間を殺害することを、楽しみとして表現する少女。その言葉の異常性に、デヴォラントでさえも戦慄を覚えた。


「どういうことだ?」


「えーっと……」


 花音は人差し指を唇に当て、考えるような仕草を見せた。その動作も、血に染まった手で行われると、不気味さが際立った。


「実はね、優お兄ちゃん。わたし、人を殺すのがとっても得意なの」


 その告白は、あまりにもあっけらかんとしていた。重大な秘密を打ち明けるというより、特技を自慢するような口調だった。


「物心ついたときから、なぜか人の殺し方がわかるの。どこを刺せば一撃で死ぬか、どうすれば苦しまずに殺せるか、どうやれば証拠を残さずに済むか……全部、教えてもらったわけじゃないのに知ってるの」


 花音は楽しそうに説明を続けた。


「学校の理科の授業で人体について勉強してても、先生より詳しいことがいっぱいあるの。でも、そんなこと言えないから黙ってる」


 天性の殺人鬼。


 それが、神崎花音の正体だった。


「今まで何人殺した?」


 デヴォラントの質問に、花音は指を折って数え始めた。


「えーっと、今日の分を入れて……9人かな?」


 9人。


 12歳の少女が、これまでに9人の人間を殺害している。そして、それを数えるときの表情は、まるで集めたシールの枚数を数えるような無邪気さだった。


「でも、ほとんど変な人ばっかりだから大丈夫だよ。小さい女の子に悪いことしようとする気持ち悪い大人ばっかり」


 花音の標的選択には、一定の基準があることが判明した。無差別殺人ではなく、小児性愛者を狙った計画的犯行。


「みんな、わたしを可愛い子だと思って油断するの。それで、人気のない場所に連れて行こうとするから、そこで殺しちゃう」


 その手口は、極めて計算されていた。自分の外見と年齢を武器として活用し、相手の警戒心を完全に解く。そして、絶好のタイミングで殺害を実行する。


「最初に殺したのは10歳のとき。公園で変なおじさんに声をかけられて、ついて行ったら悪いことされそうになったの。それで……」


 花音は楽しそうに当時を振り返った。


「持ってた彫刻刀で、おじさんの首を刺したの。血がブシューって出て、おじさんがバタンって倒れて……とっても気持ちよかった」


 10歳での初殺人。そして、それが快感として記憶されている。花音の精神構造は、間違いなく生来のサイコパスだった。


「それからは、たまに悪い大人を懲らしめてるの。世の中のためにもなるし、わたしも楽しいし」


 正義感と殺人欲求の歪んだ結合。花音の中では、殺人行為が社会貢献として正当化されているようだった。


 デヴォラントは、花音の告白を冷静に分析していた。


 確かに異常だ。12歳で9人を殺害し、それを楽しんでいる。しかし、同時に花音の能力に対する興味も湧いていた。


「美桜をやったのもお前か?」


「あ、それは違うの」


 花音は慌てたように手を振った。


「美桜お姉ちゃんは、そういう変な人じゃなかったから」


「では、なぜ殺した?」


「優お兄ちゃんがどんな反応をするか見たかったの」


 花音の動機は、純粋な好奇心だった。


「優お兄ちゃん、最近すごく変わったでしょ? 前とは全然違う人みたい。だから、悪いとは思ったんだけど、美桜お姉ちゃんで試してみよーって」


 花音は、デヴォラントの変化を敏感に察知していた。そして、その変化の正体を探るために、美桜を殺害したのだ。先ほどは花音の殺人行為に一定の基準があるものと思われたが、どうやら違ったようだ。


「でも、美桜お姉ちゃんが死んでも、優お兄ちゃんはあんまり動揺してなかった。ちょっとがっかりしちゃった」


「俺は人間の生体反応を感知できる。なぜ見抜けなかった?」


 デヴォラントの疑問は当然だった。趙の医学知識により、嘘を見抜く能力を持っているはずなのに、花音の正体を全く察知できなかった。


「あ、それね」


 花音は得意そうに微笑んだ。


「わたし、自分の体の反応をコントロールできるの。心臓の音も、汗も、目の動きとかも、全部自分で調整できるんだよ」


 すごいでしょ、と花音は笑った。


 確かに驚愕の能力だった。


 生体反応の完全制御。それは、どんな嘘発見器でも欺くことができる究極の偽装技術だった。プロの工作員が過酷な訓練の果てにようやく身につけられるほどの。


「どうやって?」


「わからない。気がついたらできてた」


 花音の答えは、あまりにもあっけらかんとしていた。


「普通の人間には不可能だと思うけど、わたしには自然にできちゃうの」


 天性の殺人技術に加えて、生体反応制御能力。花音は、生まれながらの完璧な殺人鬼だった。


 デヴォラントは、改めて花音を観察した。


 確かに、現在でも花音の生体反応は完璧に制御されている。4人を殺害した直後にも関わらず、心拍数は正常で、発汗も見られない。恐怖や興奮の兆候は一切なく、まるで何事もなかったかのようだった。


「なぜ、今このタイミングで正体を明かした?」


「だって、もう隠す必要がないでしょ?」


 花音は首をかしげた。


「優お兄ちゃんも、普通の人間じゃないのはわかってるもん」


 その指摘は的確だった。デヴォラントの変化は、注意深く観察すれば確実に異常性を察知できるレベルに達している。


「最初は、神崎優っていう普通のお兄ちゃんには興味なかったの。でも、最近の優お兄ちゃんは違う。すごく面白い」


 花音の瞳に、強い関心の光が宿っていた。


「もしかしたら、わたしと同じかもしれないと思って」


「同じ?」


「うん。人を殺すのが好きな人」


 花音の期待に満ちた表情。しかし、デヴォラントの反応は彼女の期待とは異なるものだった。


「俺は殺人自体に興味はない」


 デヴォラントの答えに、花音の表情が少し曇った。


「あ、そうなんだ……」


 明らかに落胆している。


「でも、必要であれば躊躇なく殺す。それは確かだ」


「あ! それならわたしとちょっと似てるかも」


 花音は再び明るい表情に戻った。


「じゃあ、わたしたち仲間になれるかな?」


 その提案に、デヴォラントは興味を示した。花音の能力は確かに有用だった。完璧な偽装技術と殺人技術を持つ12歳の少女。神崎家を利用する上でも、将来の計画においても、極めて価値の高いパートナーになり得る。


「そうだな。だが俺は堪え性のない獣を飼うつもりはない」


「うん?」


 デヴォラントは部屋を見渡しながら花音へ宣告する。4人の死体。花音の技術があれば殺さず無力化も可能だったろう。


「お前が俺の指示の元でのみ、その技術を行使するというなら、考えないでもない」


 無秩序な殺人鬼など、どれだけ有能であっても使うつもりはない。それがデヴォラントの明確な意思表示だった。


「へぇ……」


 花音の表情が冷たく変化した。


「ねぇ、お兄ちゃん。わたし、自分より弱い相手に従うのはイヤなんだよね」


 花音の瞳が剣呑な光を帯びた。


「もし優お兄ちゃんがわたしより弱かったら……」


 右手に握られたナイフが、月明かりを反射して不気味に光った。


「優お兄ちゃんを殺して、半グレの人たちと相打ちになったことにしちゃうかも」


 その言葉には、冗談めいた口調がまったくなかった。花音は本気だった。デヴォラントに従う気はなく、むしろ対等か、それ以上の立場を要求している。


 この瞬間、デヴォラントは理解した。


 花音は、やはり単なる協力者ではない。むしろ、潜在的な脅威として認識すべき存在だった。


「そうか」


 デヴォラントの口調が、急激に変化した。優らしい優しさは完全に消失し、冷酷で計算的な声音に変わった。


「なら、力付くだな――」


 その瞬間、花音の身体が電光石火の速さで動いた。


 12歳の少女とは思えない俊敏性で、ナイフの刃をデヴォラントの頸動脈に向けて突き出す。その動きは、まさにプロの殺し屋のそれだった。


 しかし、デヴォラントの反応速度はそれを上回っていた。


 特殊部隊の戦闘技術により、花音の攻撃を寸前で回避。同時に、花音の手首を掴んで武器を奪い取ろうとする。


 だが、花音の技術は予想以上だった。


 掴まれた瞬間、花音は身体を回転させてデヴォラントのグリップから脱出。そのまま反転してデヴォラントの死角に回り込み、再度ナイフで攻撃を仕掛ける。


 その動きは、まるで舞踊のように流麗で、同時に致命的だった。


 ナイフの刃が、デヴォラントの首筋を浅く切り裂いた。


 血液が吹き出す。


 しかし、その傷は瞬く間に塞がっていく。異星粘体の再生能力により、切り裂かれた皮膚と血管が分子レベルで再構築される。流れ出た血液も、まるで意志を持つかのように傷口に戻っていく。


 花音の瞳が、驚愕に見開かれた。


「え……?」


 人間では絶対に不可能な再生現象。花音の常識を完全に超越した光景だった。


「お前の技術は確かに優秀だ」


 デヴォラントは冷静に分析した。


「しかし、殺鬼では俺は殺せない」


 その瞬間、デヴォラントの身体能力が飛躍的に向上した。筋力、反射神経、動体視力、すべてが人間の限界を超越したレベルに達する。


 花音は再度攻撃を試みたが、今度はデヴォラントに追いつくことができなかった。


 圧倒的な速度で接近するデヴォラント。花音は必死に距離を取ろうとするが、部屋の狭さがそれを妨げる。


 膠着状態が続いた時、部屋の外から足音が聞こえてきた。


 複数の人間の気配。武装している。


「おい、何の音だ?」


 廊下から男の声が聞こえてくる。


 BLACK WOLVESの他のメンバーが、部屋の様子を確認しにきたのだった。


 花音の瞳が、一瞬だけ楽しそうに光った。


「あ、お客さんが来ちゃった」


 その瞬間、扉が勢いよく開かれた。


 現れたのは、がっしりとした体格の男性が一人。手には金属バットを握り、明らかに戦闘準備を整えている。


 男は部屋の惨状を目にした瞬間、絶句した。


「な、なんだこれは……龍牙……?」


 しかし、その驚愕は一瞬だった。


 花音が、まるで挨拶でもするかのように男に近づき、躊躇なくナイフを心臓に突き立てた。


 男は何が起きたのか理解する前に、血を吐いて床に崩れ落ちた。


「邪魔されちゃったね」


 花音は血まみれのナイフを振りながら、残念そうに呟いた。


「せっかくお兄ちゃんとお話ししてたのに……でも、このままだと他の人たちにも邪魔されちゃう」


 廊下からは、さらに多くの足音が響いてくる。残りのメンバーたちが集まってきているのは明らかだった。


「優お兄ちゃん、提案があるの」


 花音が無邪気な様子で微笑みかける。


「このビルにいる他の人たち、全員片付けちゃわない? そうすれば誰にも邪魔されずに、ゆっくりお話しできるでしょ?」


 その提案は、あまりにもあっけらかんとしていた。人間を皆殺しにすることを、まるで掃除の相談をするような口調で話している。


「面白い提案だ」


 だがデヴォラントは興味を示した。どうせ全員始末する必要があったため、花音の提案は合理的だった。


「じゃあ、分担しない?」


 花音は嬉しそうに手を叩いた。


「わたしが1階を担当するから、お兄ちゃんは2階をお願いします。3階は……もうあんまり残ってないと思うけど」


 特に不都合はないため了承。残酷な分担作業が決まる。


「終わったら屋上で落ち合いましょ。そこで、わたしたちの決着をつけようね♪」


 その口調は、まるで遊びの約束をするような軽やかさだった。


「分かった」


 デヴォラントも提案を受け入れた。


「それじゃあ、競争ね! どっちが早く終わるかな?」


 花音は楽しそうに笑いながら、部屋から廊下へと駆け出していった。


 デヴォラントも、その後を追った。


 ビルの中での、無慈悲な殲滅作戦が始まった。


◇◇◇


 1階では、花音が持ち前の殺人技術を駆使して半グレメンバーを次々と仕留めていた。


 最初に現れた男は、花音を見て警戒を強めた。


「おい、こいつが拉致してきたガキか? なんで縄が外れて――」


 その疑問が完全に口に出る前に、花音のナイフが男の頸動脈を切り裂いた。血液が勢いよく噴出し、男は数秒で絶命した。


 次の男が駆けつけた時、花音は既に移動を完了していた。男の死角から接近し、腎臓を一撃で破壊する。内臓破裂による激痛で、男は声も出せずに倒れた。


 3番目の男は花音の正体に気づき、武器を構えた。しかし、天性の殺人鬼を甘く見ていた。花音は男の足元に滑り込み、アキレス腱を切断。バランスを崩した瞬間に心臓を突き上げて貫く。


 4番目の男も同様だった。花音の小さな体格と俊敏性は、狭い室内戦において絶対的な優位性を発揮する。大人の男性には真似のできない低い姿勢からの攻撃で、急所を的確に狙い撃ちしていく。


 わずか5分間で、1階にいた7名が全て排除された。


 2階では、デヴォラントが圧倒的な身体能力で敵を圧倒していた。


 武器を持った男たちが向かってくるが、デヴォラントの速度には到底追いつけない。首の骨を折る、胸骨を砕く、内臓を破裂させる。人間の限界を超えた力で、確実に殺害していく。


 約10分後。


 建物内は完全に静寂に包まれた。


 1階で7名、2階で6名、そして3階で既に排除されていた8名。計21名のBLACK WOLVESメンバーが、全て排除された。


 デヴォラントは屋上への階段を上っていった。


 屋上では、既に花音が待っていた。血に染まった制服を着たままだが、その表情は満足そうだった。


「お疲れさま、優お兄ちゃん」


 花音は振り返って微笑んだ。


「わたしの方が早かったかな?」


「そうだな」


 デヴォラントは簡潔に答えた。


「じゃあ、今度はわたしたちの番ね」


 花音は再びナイフを構えた。しかし、今度はさっきまでの軽やかさとは異なる、真剣な殺気が宿っていた。


「優お兄ちゃんがわたしより強いかどうか、確かめさせてもらうね」


 屋上の月明かりの下で、最後の戦闘が始まった。


 花音が電光石火の速さで動く。しかし、今度は最初から全力だった。


 デヴォラントの左側から接近し、ナイフを振り上げる。しかし、それは陽動だった。本命は右足による足払い。デヴォラントのバランスを崩し、その隙にナイフで心臓を狙う。


 しかし、デヴォラントは花音の意図を読み取っていた。足払いを跳躍で回避し、空中からカウンター攻撃を仕掛ける。


 花音は瞬時に後方に跳び、攻撃を回避した。その動きは、まるで猫のように優雅で流麗だった。


「すごいね、お兄ちゃん」


 花音は興奮したように言った。


「でも、まだまだこれからだ、よッ!」


 花音が再び動く。今度は正面からの直進攻撃かと思われたが、途中で軌道を変更。デヴォラントの死角に回り込み、背後から攻撃を仕掛ける。


 その歩法は、まるで舞踊のように美しく、同時に実戦的だった。敵の視線を読み、死角を瞬時に判断し、最適な移動経路を選択する。天性のセンスと、実戦で磨かれた技術の結晶だった。


 デヴォラントは振り返ってナイフを掴もうとしたが、花音は既に次の動きに移っていた。低い姿勢から上昇し、デヴォラントの顎を狙って突き上げる。


 その瞬間、デヴォラントの顎の部分が硬質化した。


 異星生命体の能力により、皮膚が金属のような硬度に変化する。花音のナイフが硬化した皮膚に当たり、火花を散らした。


「え……?」


 花音は一瞬驚いたが、すぐに笑顔に戻った。


「面白い! やっぱりお兄ちゃんは普通じゃないんだね」


 花音は距離を取り、再び攻撃の機会を窺った。今度は硬化能力を考慮した戦術を立てる必要がある。


 花音が三度目の攻撃を開始した。今度は多方向からの連続攻撃。右から、左から、上から、下から。ナイフの軌道を絶えず変化させ、デヴォラントの硬化が追いつかないような速度で攻撃を仕掛ける。


 デヴォラントは身体の各部を部分的に硬化させ、攻撃を防いでいく。しかし、花音の攻撃速度は予想以上だった。全身を同時に硬化させることはできないため、防御に穴が生じる。


 花音のナイフがデヴォラントの左腕を浅く切り裂いた。血が流れるが、すぐに再生が始まる。


「やっぱり治るんだ」


 花音は納得したように頷いた。


「じゃあ、一気に決めなきゃいけないのね」


 花音が最後の攻撃に移った。これまでとは比較にならない速度で、デヴォラントに肉薄する。


 右手のナイフでデヴォラントの心臓を狙い、同時に左手で別のナイフを取り出し、首筋を狙う。二刀流による同時攻撃。


 しかし、デヴォラントも最後の手段を使った。


 背中から複数の触手が生え、花音を包囲する。


 触手が花音の身体を瞬時に拘束した。腕、足、胴体、すべてを同時に押さえ込み、一切の抵抗を封じる。


 花音は必死にもがいたが、触手の力は人間の筋力をはるかに上回っていた。


「俺の勝ちだな」


 デヴォラントの声は、完全に冷静だった。


 花音は、その光景を目を輝かせて見つめていた。


「うん、わたしの負けだね」


 花音の口調は、あっけらかんとしていた。負けを認めることに、一切の屈辱や悔しさはない。むしろ、楽しい体験ができたことへの満足感があった。


「優お兄ちゃん、やっぱり人間じゃないんだね」


 屋上の月明かりの下で、二人の怪物が向かい合っていた。


 一人は異星生命体と融合した元人間。


 もう一人は天性の殺人技術を持つ人間の少女。


 そして今、彼らの間に新たな関係性が生まれようとしていた。


 血と暴力によって結ばれる、危険な絆が。


 クリスマスイブの夜は、まだ終わらない。

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