第32話 懲罰の園

  語り マリー・アスラマハーバリ・イシュタル 


懲罰の園はその名前に似つかわず美しく広大です。

中央に閉塞した湖とそこに流入する川があり、わたしが立つなだらかな丘陵はお花畑をつくり、草原と森林、さらに遠くは白い峰々がこの大地を囲むように連なっています。またここは初夏のような心地よい気温と湿度、裸でいても苦になりません。でも、ひとの世界に居たせいか女子の全裸は恥ずかしく、監視もされていると聞きました。

わたしは体を隠すものを探しにでかけます。幸い金色の麦畑を見つけ、腰みのにしか見えないスカートと粗末な胸あてを作りました。それからしばし歩いてみると気づきます。こんなに美しくお花がたくさんあるというのに、蝶や蜂など虫たちがいないのです。空を見渡しても小鳥一羽見えません。こんなに自然豊かなのに昆虫や動物がいないのです。


わたしはすずめになって飛んでみます。清んだ湖や川に魚たちの姿はありません。青々とした草原、深い緑の森林にも動物たちは見えません。ここは植物だけの世界のようです。そして夜になると満天の星空です。夜でも歩くに不自由はありません。初日の晩は草むらから美しい夜空を眺めて眠りました。


二日目からは探検にでかけました。やはりいくら飛んでも昆虫や動物たちに出会うことはありません。

そして日が経つと嫌でも新たなことに気づきます。日の出、日の入りの位置が毎日変化するのです。白夜のように日が沈まない日もあれば逆に極夜のように一日のほとんどが夜の日もあるのです。夜空に星座を探すと夏の大三角形と冬のオリオンが同居しています。そしてここの大地は一夜でがらりと変化することも知りました。昨日は川だった場所が今日は草原になっていたりします。時間と距離、方位が測定できないように創られているようです。


だったら、わたしはこの世界の果てを確かめようと、遠くに見える白い峰々に向かって飛んでみることにしました。何日も何日も飛び、徐々に白い峰々が大きく見えて山地になります。渓谷となった川をみると雪解け水で白い濁流となっています。そして森林限界を超え、岩だらけの峠を越したところで、


「!・・」


白い峰々は遠のき、またお花畑と草原、森林が拡がっています。振り向けば過ぎた岩だらけの峠も濁流の渓谷もなくなり、見慣れた大地と中央湖がありました。


わたしはこの園の恐ろしさがだんだん解ってきます。毎日朝晩晴天で、寒くも暑くもありません。裸でも快適ですが、お花以外に話し相手がないのです。孤独で何日泣いていても、許しはなくて誰も慰めてはくれません。ここでの無期の謹慎は無限に続く孤独なのです。


わたしは短気を起こし、お花を蹴散らしました。

するとどうでしょう、美しいお花畑は草も少ない荒地になりました。わたしの行動が園に影響を与えたのです。わたしは狂喜します。奇声をあげてお花畑や草原を蹴散らし、むしり、こぶしで打ち、荒廃させました。森では枝を折り、それで木々を打ってまわって悪態をつきました。


「消えてなくなれ!砂漠にでもなってしまえ!」


叫ぶとその通りに、広大な森は大きな岩が点在する砂漠になってしまいます。わたしは美しい園を次から次へと走り、荒廃させました。



どれだけ時が過ぎたでしょうか。わたしはカンカン照りの砂丘の上で喉の渇きに気づきました。力なく歩き、大きな岩を見つけ、その陰に逃げました。


「こんなことをして何になるの」


やっと後悔の念が湧いてきました。でもまたも自棄になって目の前の岩を蹴飛ばしてやろうと思ったら、気づくこともできました。

この岩をも失えば日陰すらなくなります。わたしは倒れこむと激しく嗚咽しました。


『過ちを犯した場合、素直に謝りましょう』


誰もがちびちゃんの時から教えられることです。しかしわたしは悪くない。わたしは神様が放置している正義を代行したいだけです。訴えることがあっても、許しを請うことなどありません。裁判長様は悔い改めよと仰っていたけれど、改めることなどないのです。


でもここからは出たい・・早くここから出たいの!


それにはどうしたらいいの。

嘘でも反省したふりをする?・・だめよ、バレバレ、きっと草一本生えないわ。

それとも "復讐はいけないことだ" と無理やり自分に刷り込みをかける?・・そんなのいや!わたしはお姉ちゃんの仇を討ちたいの!


わたしは完全に行き詰まり嗚咽がとまりません。

やがて泣き疲れて眠り、そして目覚めました。わたしは何日も眠っていたのか、ほんのちょっとまどろんでいたのかも判りません。ただ目覚めても激しい疲労感で起きる気力が湧きません。


まあ、起きたって何もすることありゃしません。こうやって、ぼーとしているのが一番愉しいのかも。


わたしはまた眠りました。どうやら才能なのかもしれません。日陰に居ればいくらでも眠れるのです。

それからのわたしは砂漠の岩陰で600年、ふて寝しました。

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