第3話
高校二年の六月。
教室の窓からは湿った風が入り込み、カーテンをふわりと膨らませていた。
昼休み、俺は机に突っ伏してうとうとしていた。
──そのとき、後ろの席の二人の会話が耳に飛び込んできた。
「なあ、昨日さ……あれ、美咲じゃね?」
「え? 健太の彼女の?」
「そうそう。なんか他校のやつと駅前でデートしてたっぽいんだよ」
心臓が一拍遅れて、強く打った。
まぶたが自然と開く。
何気ないふりをしながら、耳はその方向を向いていた。
「気のせいじゃね?」
「いや、手まで繋いでたし、笑い方もあれ完全に……」
笑い声が混じる。
だけど俺には、その笑いがやけに遠くて、くぐもって聞こえた。
◇
放課後。
健太と美咲はいつも通り並んで下校していた。
俺もその横を歩き、いつもの三人の空気を作る。
……少なくとも表面上は。
美咲は相変わらず明るく清楚で、控えめに笑いながら健太の話を聞いている。
肩までの黒髪が夕陽に照らされ、金色の縁を帯びていた。
男子が振り返るたび、健太は少し誇らしげに笑う。
──美咲が、他の男と?
考えた瞬間、胸の奥に小さなざわめきが生まれた。
否定しようとすればするほど、そのざわめきは大きくなる。
◇
駅の改札前で三人は別れた。
優太は自宅方面の路線に、紗耶は別方向へ、そして俺も──そうするはずだった。
……でも、その日は足が止まった。
彼女の背中が人混みに消える前に、気づけば俺は後を追っていた。
理由なんてない。ただ、「確かめたい」という衝動だけがあった。
距離は十メートルほど。
人波に紛れ、靴音を殺しながら歩く。
美咲はスマホを見ながら軽やかに進んでいく。
時折、画面を見て小さく微笑む。その笑みは、俺の知っているものと同じ形だった。
──でも、向けられている先は俺じゃない。
◇
駅前を抜け、商店街へ。
そこに──待っていた。
他校の制服を着た、長身の男。
美咲が自然に歩み寄り、何のためらいもなくその腕に触れた。
俺は咄嗟に背の高い看板の陰に身を隠す。
心臓の鼓動が速まり、耳の奥まで熱くなる。
次の瞬間、二人の笑い声が商店街に溶けていった。
──この先を、見なければならない。
そう思った。
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