2-14_襲撃

「君は、誰だ?どうやって……ここに入ったんだ?」

声が自然と低く、鋭くなる。

村田は一歩前へ出て、ライトをそっと後ろ手に押しやった。


「シュン……この人、病院で……」

ライトが村田の袖を引っ張る。

村田の脳裏に、昼間のあの赤い瞳が鮮明に蘇る。


女は、唇の端を上げながら言った。

「あら、覚えていてくれたの?いい子ね。この窓、開いてたからお邪魔しちゃったわ」


(窓は間違いなく閉めたはずだ……無理やりこじ開けられたか)

村田は、その執念に背筋を冷たくした。


「お前の目的はなんだ……何のためにここへ来た?」

問いながら、無意識に村田の肩に力が入る。


女の瞳が、すっと細くなる。

「何のために……?変なことを聞くのね、誘ってきたのはそっちでしょ?」

その声は低く、湿った熱を帯び、部屋の空気をじわじわと圧迫していく。


「ここからも匂うわ……ライト君の熱くて、濃厚な、『魔人』の血…♡」

指先を唇に添え、艶やかに笑った。


その瞬間、彼女の目がぱちりと瞬きをしたかと思うと――

黒かったはずのその瞳が、じわじわと血のような赤に染まっていく。


(やっぱり……!あれは、見間違いなんかじゃなかった!)


「お願いライト君、私のものになって……私のために尽くして……ね?」

月光を背に、彼女がゆっくりと歩み出す。


足音はない。

だが空気が確かに動き、部屋の温度が一気に下がったように感じられた。


「シュン……このお姉さん、すごく怖いよ……」

ライトが村田の袖をぎゅっと掴み、囁く。

その指は小刻みに震え、顔は強ばり、唇は真っ青だった。


「ち、近づくな!!」

村田が咄嗟に前へ出る。

その声は怒鳴りではなかった。

本能的な防衛、そしてライトを護るという意志――しかし、それは恐怖の裏返しでもあった。


彼は無意識に喉を鳴らし、額に滲む汗を無視して、ライトを庇うように立ちはだかった。

ちら、と背後のライトに目をやる。


「一階に降りて宿の主人の所へ行くんだ!」

冷静を装うように言った声は、わずかに震えていた。

ライトを一秒でも早くこの場から遠ざけたかった。

何より――この女と、ライトを接触させたくなかった。


女が不機嫌そうに、冷たい笑みと共に呟いた。

「さっきから邪魔ね、あんた。ぶっ殺されたいの?」


その言葉と同時に、彼女はゆっくりと背中に手を伸ばし――

金属の擦れる音とともに、曲線を描いた刃物を抜き放った。


それは、本来農作業で使われるマチェーテだったが、月明かりがその刃を鈍く、妖しく光らせる。

村田の背筋が凍りつく。


「ライト、走れっ!!」

叫びは悲鳴のようだった。


「でも、シュン――!」


「早く行けッ!!!」

村田の怒鳴り声が、狭い部屋に響いた。


ライトが泣きそうな顔で戸口に駆け出したその瞬間――

音もなく、女が村田の眼前に現れた。


「無駄よ」

彼女の手が閃いた。

鋭いマチェーテが、空気を裂いて煌めく。


「っあぐ……!!」

刃は、肩口から斜めに深く食い込んだ。

一瞬、村田の思考が白くなり、熱い何かが一気に全身を駆け抜ける。


「ぐ、あ……っ!」


痛みに顔を歪めながらも、村田は本能的に両腕で彼女の腕を掴み、押し返そうとした。

だが、その細い腕からは想像もできない圧倒的な力が返ってきた。


「ライト君は今日から私のもの……もうあんたは用済みなのよ」

女は笑うと同時に、マチェーテを無情に振り抜いた。


肉を断ち、骨を裂き、大量の血が舞う。

村田の身体が揺れ、膝が崩れ、床に膝をついた。


「……シュン!!」


ライトが絶叫と共に戻ってきた。

床に倒れかける村田に、駆け寄り、肩を掴む。


「シュン、しっかりしてよ……!シュン!!」


しかし村田はもう、言葉を返せなかった。

目を見開いたまま、意識の淵へとゆっくり沈んでいく。

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