1-19_家族
「ライト……」
沈黙を破るように、村田はそっと声をかけた。
けれど、その声音には迷いがあった。
どう言葉をかければよいのか、どうすれば彼の心に届くのか――
その答えが見つからないまま、胸の奥で言葉が渦を巻いていた。
ライトは、ぴくりと肩を揺らした。
ゆっくりと顔を上げる。
その瞳は赤く腫れ、頬にはまだ涙の跡が残っていた。
「……シュン?……どうしてここってわかったの?」
声は掠れていて、震えていた。
けれどその中には、どこか心の奥で期待していたような響きもあった。
「あぁ……なんとなく……な」
村田はそれだけを答えると、そっとライトの隣に腰を下ろした。
草の冷たさがズボン越しに伝わるが、気にする素振りはない。
「僕……もう一人で大丈夫だから……一人で生きていけるから」
「グレイスにも、そう言っておいてよ……」
ぽつりと漏れた言葉には、強がりと諦めが入り混じっていた。
ライトはぎゅっと膝を抱え込んだまま、無理に口元を吊り上げて笑った。
「ダメだ」
村田は即座に返す。
「そういう大事なことは自分で言え」
ライトの肩が小さく跳ねる。
少しの間を置いて、村田は静かに問いかけた。
「で、何があってそうなったんだ?」
ライトは俯いたまま、小さく息を吐いた。
両手が膝をぎゅっと握る。
「……僕は、家族じゃなかったんだ。グレイスの、ほんとの子じゃないから……」
言葉の端々に滲むのは、怒りでも反発でもない。
「だから……家にも帰らない。もう家族じゃ……ないから」
村田は空を見上げた。
少しだけ目を細めてから、ふっと笑う。
「そうか……となると俺も、今日から家に帰れないな」
「え……?なんで?」
ライトは目を丸くし、村田の顔を覗き込む。
「そりゃあ、俺だってグレイスさんの子どもじゃないしな。そうだろ?」
いたずらっぽく笑って、ライトに視線を向ける。
「え、えと……」
ライトは困ったように眉を寄せる。
言葉を探しながら、唇をもごもごと動かした。
少し間を置いて、村田は穏やかに言った。
「グレイスさんは優しいお父さん。お前は……少しやかましい弟だな」
ライトの瞳が大きく揺れる。
けれど、その中にはかすかに光が差していた。
「……ここへ来て、まだ間もないけどさ。俺は二人の事を家族だと思って暮らしてきたよ」
そう告げる村田の声音は静かで、あたたかく、揺るぎがなかった。
「……」
ライトは黙ったまま、目を伏せる。
「家族かどうかなんて、結局互いにどう思っているかってだけの話だ」
村田は、そっとライトの頭に手を伸ばした。
小さな頭を優しく撫でながら、言葉を続ける。
「お前が家族だって思っているなら、それでいいんだよ」
言葉が胸の奥まで染み込んだ瞬間、ライトの口からぽつりと声がこぼれた。
「うん……僕もグレイスの事お父さんだって、シュンの事も……お兄ちゃんって、そう思ってたんだ」
その声は震えていたが、真っすぐだった。
心の奥で確かに守ろうとしていた想いが、ようやく言葉になったのだ。
けれどすぐに、ライトの表情が曇る。
「でも、どうしてグレイスは僕にほんとの子じゃないって教えてくれなかったの?」
視線を村田に向けるその目には、まだ幼さと戸惑いが混ざっていた。
村田はそっと息を吸い、ゆっくりと言葉を選びながら答えた。
「こうやって悲しむ姿を見たくなかったんだと思う。ライトの気持ちを考えて、敢えて言わなかった。それだけだよ」
ライトは小さく目を伏せ、唇を噛んだ。
長い沈黙のあと、ぽつりと、ぽつりと、胸の内を吐き出すように言葉が落ちていく。
「……僕、グレイスの事何も考えてなかった。ひどいことも……いっぱい言っちゃった……」
その肩が小さく震えていた。
悔しさ、後悔、自分自身への怒り――
いろんな感情が入り混じっているのが、村田には痛いほど伝わってきた。
「なら、もう一度ちゃんと話さないとな。ちゃんと自分の気持ちを伝えれば大丈夫だ」
村田の言葉に、ライトははっと顔を上げた。
その穏やかな目が、まっすぐにこちらを見ていた。
「もう、家には帰れるだろ?」
一瞬の間。
そして――
「……うん!」
ライトは力強くうなずき、立ち上がった。
その目には、もう涙はなかった。
代わりに灯っていたのは、家に帰る決意と、ほんの少しの勇気だった。
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