第11話 抱擁

 放課後、秋の学園祭に向けて、生徒会主催のミーティングが開催された。もはや平成とも時代は大きく変わっており、今どきの高校生は当たり前のようにオンラインのコミュニケーションツールを使いこなしている。


 我妻杏未那わがつま・あみなたちの高校ではTeamsチームスを導入しており、生徒会や部活はそれぞれのルームを保有。今日のミーティングは生徒会のルームにアクセスするか、もしくは生徒会室に集まってリアルの会議に加わる形での参加も可能だ。


 ほとんどの生徒は学内にいるため、生徒会室には演劇部代表の杏未那あみなをはじめ、各部活動の代表者が集まっていた。放送部からはアヤカが参加。実のところアヤカはオンラインツールが上手く使えず、リアルでしか参加できないようである。


「それでは時間になりましたので、学園祭に向けての第1回ミーティングを始めます。進行役は生徒会長のボク、若尾わかおが務めます。オンラインの皆さん、聞こえていますか?」

 生徒会長・若尾彩理衣わかお・さりいの呼びかけに対し、次々と『手を挙げる』ボタンがクリックされる。今回のミーティングはあくまで生徒会が主催しており、教師たちは参加していないのが特徴。これぞ生徒会のあるべき姿だろう。


「出し物を予定する部活は、期限までにオンラインで申請してください。部屋の割り振りを決める関係で、遅れた場合には出し物ができなくなります。注意してください」

「ウチらは放送室を使うに決まってるんだから、別に申請いらなくね?」

 彩理衣さりいの説明に、放送部代表のアヤカが噛みつく。IT音痴に加えて、面倒くさがり屋と来た日には、もはや目も当てられない。

「その場合も、パンフレットにマップを載せるので、載せ忘れがないように申請だけは済ませておいてください」

「載せ忘れって、そんなの実行委員の責任だろ? じゃあトイレはトイレの代表者がトイレはここですよって申請すんのかよ!?」

「トイレは部活じゃありませんよね」

 正論で返す彩理衣。誰が見てもアヤカの言い分には無理があるのだが、なんでもかんでも噛みつきたがる性分なことをみんな知っているので、見て見ぬふりだ。


「ちょっとアヤカ、しーっ!」

 近くに座る杏未那が注意すると、不満そうな顔でそっぽを向くアヤカ。公園でやり込められて以来、さすがに杏未那に対しては言い返したりしなくなったが、自分より弱そうな相手に対しては相変わらず強気に出るという、弱い者イジメの分かりやすさは健在だ。

 気の強い美人といった感じのアヤカは、あざとさで人気を博した女子アナに憧れており、本人はその真似をしているつもり。しかし、入試に合格したのが何かの間違いではと言われるほど底辺クラスの成績だからか、あざとさと底意地の悪さの違いさえ分かっていない。

 底意地の悪さは保育園児からの筋金入りであり、高校生になっても精神面ではまだ幼いまま。結果的に自分が嫌みな人間に見えていることには気づいていなかった。


「パンフレットに掲載する各部活のアピールは、PDFで提出してください。毎年、ワードやJPEGで送ってくる部活もありますが、皆さんが使っている学校支給のタブレットにはPDFにエクスポートできる機能が付いていますので、活用してください」

「すいませーん! エクスなんとかって分かんないんですけどぉ」

「ボクはヘルプデスクではないので、分からない点はマニュアルでご確認ください」

「はぁ、生徒会長とか言って、なんも使えねぇなぁ!」

「マニュアルを使えないのはあなたのほうですよね」

 彩理衣とアヤカがまさかの、ガンの飛ばしあい。一歩も引かない彩理衣に、みんな声にこそ出さないものの、驚きを隠せなかった。


「それでは学園祭の第1回ミーティングを終わります。アーカイブはルーム内に残しておきますので、ご不明な点はいつでもご確認ください」

 もはや企業のオンライン会議さながら。昭和の化石オヤジたちはもちろん、機械音痴を言い訳にしている平成世代でさえも、令和の学生には太刀打ちできないのではないか。


 だが令和の現役高校生でも、アヤカのように時代に取り残されかねない生徒もいるようだ。もっとも彼女の場合、ITリテラシーうんぬんよりも、『みんなの前で恥をかかされた』という感情ばかりが表に出てくる心の未熟さに、原因があるのは間違いない。


「おい、生徒会長! さっきの態度はなんだよ?」

「態度って、ボクが何か変なことしましたか?」

「はあっ!? アタシのことバカにしてたろうが!」

「バカも何も、当たり前のことをお伝えしただけですが」

 バカに正論をぶつけたら、どうなるのかは火を見るよりも明らかだ。

 だが彩理衣の態度はむしろ、アヤカを挑発しているようにさえ見える。

 二人の言い争いを眺める杏未那は、不穏な空気を感じていた。


「だいたい、なんだよ! その『ボク』とか、聞いてて不愉快なんだよ」

「ボクがボクのことをボクと呼んで、誰かに迷惑かけてますか?」

「だから、キメぇんだよ!」

「キメぇって言われても、これが多様性ですから。まさか、あのちゃんもお嫌いで?」

「おめえみてぇなブスと、あのちゃんを一緒にすんじゃねえよ」

「多様性は誰に対しても等しく適用されるものです」

「だったらそのデカ乳、隠す必要もねえじゃん。多様性なんだろ?」

「いま……なんと?」

 彩理衣の目に、黒い炎が灯ったような気がして、身震いする杏未那。他の生徒たちも遠巻きに、二人の言い争いを眺めている。誰もハヤし立てないのが、せめてもの救いだ。


「あたしも胸大きいからさ、分かるんだよ。お前、相当デカいだろ」

 あざといを自認するアヤカは、胸の大きさが目立つブラを着けていた。性格の悪そうな顔つきながら、美人で胸が大きければそれなりにモテるもの。サッカー部のキーパーで筋肉バカのショーゴを落としたのも、腕に絡みついて胸を押し付けるという荒業の成果だ。

「ボクの胸が、どうかしたんですか」

「男子用の制服着てんのも、どうせデカ乳隠しだろ? 着物着るときみたいに、腹にバスタオルでも巻いてんじゃねえのか?」

 図星だった。さすがに制服は毎日着るのでバスタオルではなく、専用の補正パッドを装着することで、胸とおなかの段差を埋めていたのだ。上着を着ないこの時期は、どんなに暑くてもあえて長袖のシャツを着用。腕の細さを隠していた。


「え、デカ乳ってどういうこと?」

「そういえば生徒会長、プールはいつも休んでたよね」

 遠巻きに眺めていた生徒たちの一部がザワつきだす。細い腕と大きな胸のギャップを隠していた彩理衣だが、さすがに水着になると隠し通すのは不可能。そのため体育のプール授業だけは『塩素過敏』の診断書を提出することで免除されていたのだ。

 そうやって1年半にわたり、周りの目を欺くことに成功していた。だが、いったん疑惑の目が向けられてしまうと、級友たちの目線も変わってくる。


「またもやみんな、ボクの胸ばかり見ている……」

 何人かの女子生徒に視覚ライドしてみると、自分への視線がこれまでと変わり、Yシャツの胸ばかりに注目しているではないか。

 これはヤバい、なんとかしなければ。

 そして邪魔者であるアヤカを排除しなければ。

 彩理衣の怒りが邪悪な色をまといはじめる。


【えっ、それはダメだよ!】

 アヤカに向けて、彩理衣がオーバーライドを発動。巨大すぎるライドの揺らぎを目の当たりにした杏未那が心で叫ぶ。だがその揺らぎに気づいているのは、能力者ライダーである杏未那だけ。この生徒会ミーティングにライダー仲間の枠島武蔵わくしま・むさし脇坂佳央里わきさか・かおりは参加していない。

 自分へのライドであれば、防ぐことができる。しかしライダーであっても第三者へのライドを止める術はない。せめての対抗策として彩理衣に聴覚ライドを仕掛け、気をそらせようとするが、アヤカへの怒りが沸騰しているからか、まったく通用しないようだ。


「彩理衣、ダメだって!」

 あえて声に出してみたが、効果はなかった。ほかの生徒にはきっと、彩理衣が暴力をふるわないかどうか、杏未那が声を掛けたように見えただろう。だが彩理衣は身動きひとつしていないのだから、ほかに彼女を止めようとする生徒はいなかった。


「えっ、ちょっと、何!」

 自分の身体が動かせないことにアヤカが戸惑うも、彩理衣のオーバーライドに感覚を支配されているため、大きな声が出せない。なんとか絞り出したつぶやきが聞こえているのは聴覚ライダーの杏未那だけだ。

 するとアヤカが、バルコニーに出るドアに向かって走り出した。


「アヤカ、ダメよ!」

 杏未那が慌ててアヤカを追いかける。だが部屋の入り口側にいたことが災いし、アヤカに追いつけるかどうかは微妙だ。

 あっという間にドアを開け、バルコニーに飛び出したアヤカ。後を追う杏未那がドアまで来たとき、バルコニーの端からアヤカが跳ぶのが見えた。何の躊躇もなく、まるで玄関の段差を飛び降りるかのように、不自然なほど軽やかに飛び降りたのだ。


 ズシャッ!


 鈍い音を立ててグラウンドに倒れ込む。バルコニーの端から杏未那が「アヤカーっ!」と絶叫。鉄棒などの障害物がなかったのは不幸中の幸いだろう。グラウンドで練習していたサッカー部の部員たちがわらわらと集まってくる。


【佳央里、聞こえてたらグラウンドに来て! アヤカが飛び降りた!】

 杏未那が強く念じる。聴覚ライドにテレパシーのような能力はないはずだが、いまはなんとかしたかったのだ。


【えっ、杏未那、どうしたの!?】

 保健室にいた佳央里が、自分の脳内に飛び込んできた杏未那の叫びに驚く。アヤカ率いるイジワル3人組から抜けた佳央里は放送部を辞め、最近は保健室で養護教諭の手伝いをするようになっていた。運の良いことに、保健室にはグラウンドに直接出られるドアがある。

 杏未那の声に従ってグラウンドに飛び出ると、少し離れたところに倒れている女子生徒の姿が見えた。茶髪の巻髪はアヤカに違いない。


「アヤカ、大丈夫!?」

「あ……佳央里、いてて」

「どこが痛い?」

「足が痛い。あと肩とか、腕とか」

 全身から湧き上がる痛みに顔をしかめるアヤカ。


 アヤカにとって幸いだったのは、生徒会室が2階だったこと。これが3階以上だったら命の危険もあっただろう。

 もちろん2階だからと言って無傷なワケがなく、足から飛び降りる体勢になったアヤカは両方の足首をひねり、両ひざを痛打。そのまま正面に倒れ込みそうだったが、女子アナを目指す意地から顔だけは守ろうと身体をひねり、左半身を地面に強打していた。


「アヤカ、そのまま動かないで」

 佳央里がアヤカの頭に手を当てる。この状況で最も怖いことは、なによりも頭部の受傷だ。脳震盪どころか、頭蓋骨骨折や、脳挫傷の恐れすらある。だが佳央里の痛覚ライドに頭部は無反応。幸いにも頭を守ることはできていたようだ。


「なんてことしてんのよ!」

 生徒会室で杏未那が彩理衣に詰め寄る。アヤカの飛び降りが、彩理衣のオーバーライドによるものなのは明らかだった。だがこの場でそれを知るのは、自身もライダーである杏未那だけ。杏未那以外の連中にはシラを切ってさえいればいい。


「っていうか、ボクの能力、気づいてたんだ」

「シコスタで見せてもらったから」

「ああ、あのときね。あなたも飛び降りてみる?」

 不敵に笑う彩理衣。ライダー同士なら相手のライドを防ぐことができるとはいえ、それは力比べのようなもの。強いほうが勝つのはライド能力でも筋力でも同じことだ。


「じゃあ試してみなさいよ!」

 怒りに震える杏未那から、大きなライドの揺らぎが立ちのぼる。

【えっ、この子も使えるなんて、聞いてない!】

 怒りの大きさが、杏未那のなかに眠っていたオーバーライドの能力を呼び覚ましたのか。慌てて彩理衣もオーバーライドで対抗する。いまにもつかみ合いを始めそうな二人の様子に、ライドの揺らぎなど見えやしない生徒たちも、ハラハラしている。


 ライドの揺らぎを観測できるスカウターがあったら、この生徒会室に強大な揺らぎが二つ、がっぷり四つで組み合っている様子が見えたことだろう。お互いの肉体ではなく、精神力をぶつけ合う二人。いったいどちらの力が上まわるのか。


 ただひたすらニラみ合う杏未那と彩理衣。ライド能力全般に言えることだが、相手の行動をも支配するオーバーライドではとくに、ライド中には自分自身も身動きが取れなくなる。決して動けないわけではないが、身体を動すと集中力が途切れてしまうのだ。


「やめろーっ!」

 あまりにも大きなライドの揺らぎに気づいた武蔵が、生徒会室に飛び込んできた。アヤカが飛び降りた一件はすでに学校中に広まっており、杏未那を心配してきたのだ。

 そんな武蔵の目の前で、お互いにライドしようとしている二人。杏未那はともかく、もう片方が生徒会長の彩理衣であることに驚く。しかもこの揺らぎには見覚えが。つい昨日、新宿の『シコスタ』でコスプレイヤーの狩澤伊緒かりさわ・いおが発揮していたオーバーライドと同じ色味ではないか。


 ライドの揺らぎにはライダーごとに特有の色味がある。実際に色が付いているわけではないが、ライダーには色味の違いとして感じられるのである。

 その色味を見た武蔵はすぐ、『狩澤伊緒=若尾彩理衣』だと気がついた。学年トップの頭脳を持つ女好きとあって、ほとんどの女子生徒は頭にインプットされている。


 二つのライドが真っ向から組み合うなか、境目に切り込むかのように、二人の間に割って入った武蔵。第三者の出現に、オーバーライドを掛け合っていた彩理衣と杏未那もお互いに集中力が途切れた。


「ダメだよ、こんなことしちゃ。キミは可愛いんだから」

 優しい口調で話しかけた武蔵が、彩理衣を抱きしめる。無類の女好きではあるが、生身の女性を抱くのは人生で初めて。能力者ライダーの彩理衣を止めようとしたからこその行動だろうか。

 武蔵が女性をハグする姿に驚く杏未那。それ以上に、彩理衣のほうが驚いていた。抱きしめられたことにではない。「可愛い」と言われたことに驚いていた。


「ボク、別に可愛くなんてないし」

「オレには分かるよ。キミは最高に可愛くて、最高に良いおっぱいをしている」

「!」

 なんで知ってるんだ。ずっと隠し通してきたのに。でも、なんだか嬉しい。ボクのことをちゃんと見ている人がこの高校にもいたんだ。「おっぱい」という言い方はちょっと気になるけど、それでも嬉しさのほうが上まわる。


 一方的に抱きしめられていた彩理衣が、武蔵の背中に両手を回す。164センチの武蔵は男子としては小さいが、151センチの彩理衣が相手だとちょうど良いバランスだ。

「二人が抱き合っている? どういう展開!? 理解不能! 理解不能!!」

 目の前の光景にパニくる杏未那。

 ついさっきまでオーバーライドで殴り合いさながらの力比べをしていた彩理衣が、急にしおらしくなって、男子に抱きしめられている。しかもその男子はライダー仲間の武蔵なのだ。ただの女好きのはずが、なんだかやたらとダンディに振る舞っているではないか。


 気が付くと朝もやが晴れるように、生徒会室に充満していたライドの揺らぎが消えていた。遠巻きに見ていた生徒たちも、武蔵と彩理衣の抱擁に戸惑い、そそくさと部屋を出ていく。

 残されたのはまだ呆然としている杏未那と、まだ抱き合ったままの武蔵&彩理衣。なんかこの様子だと、いますぐキスしてもおかしくない雰囲気だ。


「なんでボクのこと、分かったの?」

「初めて彩理衣ちゃんを見たときから分かってたよ」

「でもこれまで話しかけてくれなかったじゃん」

「まあ、オレには高嶺の花すぎたっていうか」

「うふふ♡ 杏未那なら平気なのに、ボクには恥ずかしかったの?」

「杏未那は美人だけど、別に好みじゃないから」

「はあっ!?」

 一瞬ムカつくも、ここで嫉妬するのはさすがにおかしいと気が付く杏未那。

 そういえばアヤカ、飛び降りたんだった。佳央里のところに行かなきゃ!


「私、彩理衣のことを許したわけじゃないからね!」

 そう釘を刺して、生徒会室を飛び出る。あとにはいい雰囲気の二人が残された。


 武蔵はいまや、彩理衣にキスする気で満々だ。ただ、まだキスの経験がなく、どんな角度ですればいいのか、口の形はどうするかなど、分からないことだらけで悩んでいる。

 このままキスされるのかな。覚悟を決めていた彩理衣。だがお腹のあたりに違和感がある。胸を隠す補正パッドがズレたのか。いや、なんだか硬さと熱を感じる。これって……。


「えっ、ちょっと、ダメ!」

 ビンタ一閃いっせん! 武蔵がもんどりうって仰向けに倒れる。股間はギンギンに盛り上がっていた。彩理衣と抱き合ったことで勃起が止まらなくなっていたのだ。

「まだ、ダメだから。ゴメンね!」

 彩理衣が謝りながら、生徒会室を後にする。ひとり、部屋に残された武蔵。

「まだってことは、そのうちオーケーってことか?」


 股間の心地よい痛みが、さっきよりも強くなっていた。

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