第65話 即死以外は治るけど、家計は死にかけ



「じゃぁ――ヒールカード作るか」


『はい。では作成する前に、“ヒール”のイメージを深掘りしておきましょう』


「イメージって……今できるのは、傷を治すとか、浄化するとかだろ?」


『ええ。ただ、それだけでは回復範囲が限定されます。

病気は? 疲労回復は? 浄化とは具体的に何を指すのか?』


「うっ……急に難易度上げてくるなぁ……」


腕を組んでうなりながら、しばし考える。


「詳しいことは分かんねえけど……体に悪いものを排除して、癒して……あと“聖なる気”とか、そういうのを強く思えってことか?」


『その通りです。理解ではなく“イメージ”で構いません。

参考資料を提示します』


視界にふわりと流れ込む映像。

ステンドグラスの光に包まれた聖堂。祈る人々。癒しのオーラ。


宗教画やファンタジー作品のイメージが鮮やかに重なっていく。


「……なるほど。こういう方向か。

よし――やってみるか!」


俺は白紙カードを両手で挟み込み、深く息を吸った。


「魔力、全開で行くぞ――!!」


――ドオオオッ!!


カードが強烈に光り、俺の体から魔力を根こそぎ吸い上げていく。

視界がチカチカして、頭がぐらぐらする。


「やっべ……吸われすぎ……」


そのまま床に崩れ落ち、意識が闇に沈んだ。



……どれくらい眠ってたんだろう。

目を覚ますと、手元には淡い光を帯びたカードが落ちていた。


絵柄には女神が祈りを捧げる姿。

カードの下部には説明文。


【ヒールカード】

即死以外の怪我、病気を完全回復する。

ただし、一度使用するとカードは消滅する。


「……うおぉぉぉ! チート性能きたぁぁぁぁ!!」


思わず叫んだ俺は、すぐに追い打ちをくらう。


「って、使い切りかよ!? 社畜のボーナスみたいに一瞬で消えるやつじゃん!」


『太郎さん、心拍数が上昇しています。深呼吸してください。

……それと、38歳独身男性が真っ黒な館でカード片手に叫んでいる姿を想像してみてください』


「ぐはっ……やめろぉぉぉぉ!!」


『冷静に言えば、それが現実です』


「心にクリティカルヒットすんな!!」


胸を押さえながら、そっとカードをしまい込む。

――効果はチート級でも、俺の精神ダメージは計り知れない。



「なぁリク。この家さ……リクの機能を最大限に活かせるようにしたいんだよ」


『ありがとうございます。ただ現状はスマートフォン経由でしか応答できません。建物内で常に持ち歩くのは非効率です』


「だよな……じゃあ揃えようか。リクの“身体”になるやつを」


そうして俺は家電量販店へ。


「まずはスマートスピーカー三台。各階に置いておけば、どこからでも会話できるな」


『建物内の常時応答が可能です。声の位置から居場所特定もできます』


「次は玄関のスマートドアホン。営業とか来てもリクに任せられるな」


『はい。必要に応じて応答し、不要な来訪は“最短三秒で撃退”します』


「怖ぇよお前……でも助かる」


さらに防犯カメラ。既に2台は売家から持っていたので、新たに3台を追加。

合計5台で全館フルカバーだ。


『不審者や配送物もリアルタイムで通知可能です』


「おお……リクが門番兼秘書みたいになってきたな」



財布はガッツリ軽くなった。

それでも設置作業を終え、試しに声をかける。


「電気、点けてくれ」


『はい』


――パチン。

天井の照明がぱっと灯る。


「……おおぉ……! これ、めちゃくちゃ便利じゃん……!」


『ありがとうございます。これで私は、この家の“頭脳”として本格稼働できます』


「……金かかったけど、やってよかったな」


レシートを眺める。

合計およそ12万円。


「……高ぇけど、これ全部相棒の身体だからな。必要経費だ」


『感謝します。これで私は“家の頭脳兼心臓”として稼働できます』


まだ工事中の秘密基地。

けれどこの瞬間、確かに未来の暮らしの一部が形になった。


……即死以外は治せても、俺の家計は死にかけなんだけどな。

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