第22話 日本軍
『敗色の行軍』
目を開けた瞬間、俺は暗い作戦室に立っていた。
軍服の胸には「大本営陸軍部」の徽章。
机の上には南方戦線の地図と、赤と青の駒。
――転生していた。
よりにもよって、1944年の日本軍の参謀として。
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会議は重苦しかった。
マリアナの失陥、フィリピン戦線の崩壊、輸送船は潜水艦に沈み、兵站は途絶えかけている。
それでも上層部は「必勝」「精神力」を繰り返す。
歴史を知っている俺には、この空気が死臭にしか感じられなかった。
「本土決戦ではなく、外交を――」
俺の声は、石壁に跳ね返るように冷たく無視された。
「降伏を意味するのか」
短い問いとともに、俺は南方の最前線へと転属された。
事実上の追放命令だった。
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1945年4月、ルソン島。
湿った熱気が肺にまとわりつく。
部隊の半分はマラリアで動けず、残りは骨と皮ばかり。
腹の中は空洞で、歩くだけで視界が揺れる。
にもかかわらず、突撃命令は下りた。
突撃――。
その言葉を聞いた瞬間、不思議な静けさが胸を満たした。
未来を知っているはずの俺が、ついにそれを変えられないまま、ここにいる。
「死ぬのか」と考えるより、「やっと終わるのか」と思った。
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笛が鳴る。
泥と煙が弾け、仲間が叫び、銃声が頭上をかすめる。
だが俺の耳は妙に遠く、心臓の音だけが腹の奥で鈍く響いていた。
足が勝手に前へ進む。
銃剣を握る手の汗が冷たい。
一瞬、向こうに故郷の田んぼが見えた気がした。
あれは幻覚か、それとも最後の夢か。
空が開け、視界が赤に染まる。
膝が砕け、地面が近づく。
土と血の匂いが、やけに甘かった。
――未来の誰かへ。
戦争は勝ち負けじゃない。命を残すことだ。
言葉が胸の中で響いた瞬間、すべてが闇に沈んだ。
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