第2話

第五章 決意の重み

アパートに戻った光一は、通帳を手に取った。2,940万円。両親からの遺産も含まれた、彼の人生の全てだった。その安定こそが、彼を縛り付ける牢獄のように思えた。「これに俺の人生を賭けよう」。震える手でノートに書き始めた『デスゲーム企画書』。その文字の一つ一つに、光一の魂が宿っていく。これまで感じたことのない、真の充実感が全身を満たしていく。「俺は生きている」。三十二年間で初めて、心の底からそう思えた。窓の外の伊勢崎の街並みは、今夜、彼にとって新しい世界の始まりを告げる光景に変わっていた。光一の口元に浮かんだ笑みは、もはや善良な市民のものではなかった。それは、自分自身を解放した狂気の笑みだった。


第六章 実験台としての同僚

光一の狂気は、まず身近な日常を蝕み始めた。市役所での同僚たちは、彼にとって「実験台」と化した。わざと理不尽な要求をし、噂を流し、人間関係を破壊する。後輩の山田がうつ病になった時、光一の心に湧き上がったのは罪悪感ではなく、自分が仕組んだゲームの「成果」に対する、冷たい快感だった。「人間って、本当に脆いな」。この言葉は、彼が新たな世界で生きるための、歪んだ哲学の萌芽だった。


第七章 最初の被害者

デスゲームの参加者候補を探す光一の目は、隣の部署の契約職員、佐藤に向けられた。母親の医療費で借金に苦しむ佐藤は、光一にとって格好の「実験材料」だった。「良い話があるんです」。偽りの投資話で佐藤の貯金を騙し取った光一は、佐藤の自殺という結末を迎えても、涙を流した。しかし、その涙は悲しみではなく、自分の行為がもたらした「結果」に対する、興奮によるものだった。


第八章 組織の構築

光一は地下組織「クロノス」を立ち上げた。資金洗浄のために貯金を分散させ、闇の人脈を築き上げていく。元ヤクザ、半グレ集団、借金取り。彼らとの接触は、光一の心を安らがせた。「みんな、俺と同じ匂いがする」。善良な市民としての三十二年間は、偽りの仮面だったと確信した。彼は、ようやく本当の自分自身と出会えたのだ。


第九章 家族への復讐

光一の狂気は、過去のいじめの記憶にも向かった。中学時代のいじめっ子、田中を調べ上げ、彼の娘を誘拐する。目的は金ではなく、田中が味わう「絶望」だった。「お前が俺にしたことの百倍返しだ」。娘を返した後、田中の前で笑った光一の笑顔は、もはや人間のものではなかった。それは、彼の内なる闇が完全に解き放たれた証だった。

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