第4話 念話と初めての指示

誕生してからしばらくは、何も考えずに生きていた。

視力が未熟なため、ヒトの判別どころか周囲に何があるかすら不鮮明だ。

頼りになるのは味覚、聴覚、嗅覚だけだったが、強い悪臭のせいで嗅覚も頼りにならず、迂闊うかつに口へ入れたものに毒性があったら恐ろしいので、結局のところ聴覚だけが安全な情報源である。

その情報源も、言語が理解できないために最初はただの雑音だと誤認していたくらいだ。

自分を抱えている母親らしき人物が、自分に向けて何か言葉を発しているとわかるまでは、それを読み取ろうと考えることすらしなかったのは大きな失敗だった。

慌てて言語習得に意識を振った頃には、誕生から既に1年近く経っていたらしく、発達に何か障害が起きているのか?と心配されていたと後で聞いた。

そんな俺は、視神経の成長と言語の学習によって、周囲の状況が徐々に理解できるようになってきた。

比較対象はないが、上位存在の『中世ヨーロッパくらいの文明』と言う言葉から考えて、俺たち親子はそこそこ良い生活をさせてもらっている。

1人とはいえお手伝いさんが部屋を出入りしており、母親と交代で俺の世話をしている。

父親は、幼児の俺が起きていられないので見てはいないが、どうやら朝早くに仕事に出て、夜になると帰って来ている様子だ。


徐々に言葉を話せるようになっているとは言え、四六時中子供と会話する母親はない。

俺は、母親が家事で忙しい時には寝たふりをすることにしていた。

こうして母親の負担を少しでも減らしてやると同時に、寝たふりをしながら自分の内側を探るのだ。

この世界には魔法が存在すると明言されている。

マナは空気中だけでなく、ありとあらゆる生き物の中にあって、呼吸のように体内循環しているらしい。

このマナを意識してコントロールできるようになると、魔法と呼ばれる技術が使えるようなる。

俺はマナをコントロールする感覚を掴もうと、体内の流れを読み取っていた。


「(これかな?)」


身体を巡る謎の感覚を、マナだとアタリを付けた俺は、それを動かせないか試行錯誤を始めてみた。

最初はまったく動かないソレに、もしかして勘違いだったのだろうか?そう思い始めたとき、わずかにソレが動いた。

一度動いてしまえば後は簡単だ、同じ要領で動かせる量を増やしていけばいいのだ。

そうやってほぼ毎日寝たふりをしながら、トレーニングを繰り返していく。

気づいた時には体内だけではなく、体表近くのマナもコントロールできるようになっていた。

これが正しいトレーニングで、どれくらいの魔法が使えるようになるのかはわからないが。


そんなわからないだらけの俺だが、実は1つだけ魔法を使うことができる。それは念話だ。

それをなぜか習得できたかと言うと、上位存在との会話のおかげだ。

(転生前に聞いたことだが、)魂の状態で行なった会話は発声器官を通さないもので、原始的な念話魔法に近い技術だということだった。

口を開けば全てが喃語なんごになってしまうが、念話で話せば流暢りゅうちょうに話すことができるだろう。

そう考えていた俺だが、なかなか念話を使う機会はなかった。

なぜなら念話が上手く繋がらなかったからだ。

後で知ったことだが、念話は相手の受け取れる波長に変換する必要があり、波長変換なしで繋がる可能性は非常に低いケースだったらしい。

念話が繋がらないことに業を煮やした俺は、マナのコントロール力に物を言わせて無差別に念話を発信することにした。


〔聞こえますか?……聞こえますか?……聞こえますか?〕


〔誰だいあんた?〕


そう返ってきた場所に、意識の焦点を合わせるように、マナをコントロールする。

繋がったのはとある一人の老婆だった。

お互いの姿や場所のイメージがなんとなく伝わってくる。

相手の老婆は幼児からの念話に驚いているようだった。


〔あんた、神託にあったエルフの子供じゃないかい。

 言葉の覚えが遅いって聞いてたけど、一足飛びに念話してくるとは驚きだね〕


〔突然の念話、ごめんなさい。

 暇だから誰かと話してみたくて〕


〔だったらアタシは当たりだね。

 比較的暇だし、あんたには協力しろって神託で言われてるからね〕


そこで俺は老婆の正体にピンときた。


〔もしかして転生者の方ですか?〕


神託は長さに関わらず意図が伝わりにくいし、途中で歪んでしまうと上位存在が言っていた。

ヒトの記憶力と善意に依存する、いわゆる伝言ゲームなのだから、発信源から離れるほど正確性が落ちてしまうのは必然だったのだろう。

そこで今回の神託は、印象に残りやすい単語を使い、短めで覚えやすいものにしよう、と一緒に考えたのだった。

その中で転生者には、明確に手伝えと指示を出している。


〔そうだよ、あとはこの街で本屋をやらせてもらってるよ。

 まぁ、識字率も高くないし学術書が多いから細々とだけどね〕


〔まだ部屋の外にも出たことが無いからわからないけど、結構大きな街なのかな?〕


〔そうだね、時間もあることだし、まずはこの街と周辺のことを知ってもらおうかね。

 ここはポルタナ王国にあるロットヒルと言う名前の城塞都市だよ。

 一つずつ説明してやるから落ち着いて聞きな〕


俺が好奇心で色々と聞きたがっている感じを読み取ったのか、老婆はそう言って一拍置いた。


〔国同士の位置関係とかは複雑だから、もう少し大きくなって地図を見れるようになったら話そうかね。

 まずは城塞都市がどんなものなのかってことからなんだけど……

 ん?アンタも転生者だからザックリ説明でいいと?

 なんだい、それを先に言いな!

 じゃあザックリと説明するけど、ここロットヒルは王国の北側にあって、現在最もモンスターによって落された地域に近い都市だ。

 モンスターと、周辺国のバカどもから都市を守るために、高い城壁で街を囲っている感じだね〕


〔モンスターが組織立って攻めてくるのに、ヒトの間でも戦争してるの!?〕


〔ポルタナ王国の周辺を加えた大陸南側は、モンスターなんてほとんどいないからね。

 大半はちょっと好戦的な野生動物ってくらいの認識だよ。

 昨年にポルタナの北にあった2国が、ほぼ同時に落ちてやっと、ポルタナは危機感を覚えたみたいだけどね。

 他の国の連中は対岸の火事くらいの感覚さ。

 それよりも、開墾かいこんが適当で植物の世話もまともにできないボンクラども方が問題だね。

 連作障害も起きないし追肥も要らないってのに、何をやったら枯らせるんだかわからないけどね、凶作のたびに周辺都市へ略奪しに来る強盗国家が少なくないのさ。

 人類生存圏を広げるために北へ向かおうにも、後方で足を引っ張られたんじゃたまったもんじゃないよ〕


そう言って老婆はため息をついた。

これは当初考えていたよりも手ごわそうだ、と俺は考えた。


人類の生存圏を広げるためには、モンスターと戦争をする必要がある。

戦争をするとなれば、補給が大事となる。

誰も飲まず食わずで戦えるわけがないからだ。

その補給を自己利益のためだけに妨害する者達がいる。

この老婆の言葉を全て鵜呑うのみにするわけには行かないが、言葉ににじむ感情からいきどおりを感じていることは明らかだった。


「(まずは信用できる国を見つけるか、作るところから始める必要があるな)」


そう考えた俺は、老婆に信用できる国について聞き出そうと考えた。


〔お婆さんがポルタナに居を構えているってことは、この国は大分マシってことなのかな?〕


〔マシと言うか、選択肢がほぼ無い感じだねぇ。


 海外拠点を多く築いて、大陸に依存しない発展をしているのが、ここポルタナ王国だよ。

 発展している分、他国と違って法整備は進んでいるし、海に近い都市は比較的近代化されてる。

 転生者が毛嫌いする奴隷制度も、犯罪奴隷を除いて全て廃止。

 しっかりと訓練された常備軍もあって、国内はかなり安全。

 食料生産は安定しているし、衛生観念も他所に比べれば大分いいね。

 その代わりと言っては何だけど、身分制度が厳しめの封建制度がかれてるから貴族には何があっても逆らっちゃダメね。

 理不尽な命令とかはしてこないけど、平民のことは同じ動物だと思ってないからね。

 その辺りのことをちゃんと認識してなかった、おバカな転生者が2、3人は処罰されてるね。


 そしてもう一つの選択肢、同程度の国として挙げるならアルビム朝ヘルケ帝国ね。

 こっちは大陸南部と、漆黒海と言う内海周辺を抱える大国だよ。

 帝国と言っても、某映画のような悪の巣窟みたいな感じじゃないけどね。

 出身よる差別はなく、実力があれば州知事や総督と言った要職に就けるところは魅力だね。

 ただ、従属国は基本自治に任せてるから、直轄州と従属国との格差は大きいよ。

 こちらも常備軍を持っていて国内の安全性も高いけど、対モンスターの最前線とは遠いせいで、転生者との協力関係は薄いね。

 転生者がそこそこ居るらしいけど、特に組織などは無いみたいだねぇ〕


〔選択肢は2つだけなの?〕


〔そうだよ。

 他は食料生産が安定してなかったり、治安が悪かったり、衛生観念が酷過ぎたりだね。

 アタシらは、生活向上転生者委員会って組織を作って、少しでも現代的な生活をしようと努力してはいるんだけどね。

 今挙げた2国以外だと創意工夫は贅沢だって、国王や貴族によって取り上げられちまうのさ。

 そもそも、その日の食べ物にすら困りながら休まず働く必要のある平民じゃ、改善を考える余裕も無いだろうけどね〕


それを聞いて俺は考え込んだ。

史実の中世ヨーロッパでは、農民は農奴と呼ばれて畑の付属品だったし、トイレなんて壺に出したものを道に捨てると言った、不潔の一言では言い表せないレベルの衛生観念だったらしい。

平民は日の出前の朝から日が落ちるまで働き、何かの記念日以外まともな食事がとれずに栄養失調だったと聞いている。

魔法があるとは聞いていたが、想像していたよりも史実の中世に近いようだ。

それを考えると危機感は無いが、一番まともなのはヘルケ帝国だ。

だが、そんなことは老婆も分かっているハズである。

ポルタナ王国でなければならない利点があるのだろう。

そう思って俺は更なる質問を投げかけた。


〔今の話を聞いている限り、ヘルケ帝国の方が過ごしやすそうに聞こえるんだけど?〕


〔くっくっくっ、そうだね。

 確かに一般的な平民の暮らしとしては、ヘルケ帝国の方がいい暮らしができるよ。

 ポルタナ王国の利点はね、海外拠点とのやり取りで起きる文明の発展なのさ〕


〔文明の発展?〕


どのような順序で、どのような発明品を世に送れば、人類が宇宙に近づくのか?

なにから対処すれば、文明の発展に繋がるのか?

それは俺の課題でもある。


〔海外拠点までの道のりが、航海技術を発展させる。

 海外拠点で見つかった新しい野菜が、食文化を発展させる。

 海外拠点で見つかった強力なモンスターによって、新しい武器を必要とする。

 内陸部に見切りをつけたことで、ポルタナ王国は一国だけ大航海時代に足を踏み入れているのさ。

 それにもしものことがあれば、命懸けで別大陸に逃げることもできる。

 その安心感もこの国を選んだ理由だね〕


なるほど、と思った。

これは確かに2択で悩むだろう。

発展の余地などを考えるとヘルケ帝国が一強だが、現在進行形で改革の波が来ているのはポルタナ王国だ。

どっちの国を選択しても人類の発展に繋がる。

ならば聞くのはコレだろう。


〔話は変わりますが、私の地位ってどうなっていますか?

 神託の影響でただの平民よりはいいと思いますが……〕


〔あんた、直ぐにでも動こうって魂胆かい?

 『古いアルピスを祖に持ち、冠を戴く血筋に連なる者なり』って神託が言ってたからね。

 亡国の王族に準じた扱いになってるハズだよ。

 元手が必要だけど宮廷に上手く取り入れば、たぶん宮中伯くらいは貰えるんじゃないかね?

 それか、教会の後ろ盾を使って聖職者になることも可能だね。

 アタシら生活向上転生者委員会も支援できるけど、地位となるとなかなか難しいからコッチには期待しないでおくれ〕


〔なるほど、そういう感じですか……

 ところで、生活向上ってことはいくつか改革や開発を試しているのですよね?

 具体的に今まで何をしてきたか教えてもらえますか?〕


〔やれやれ、早熟な上に、こんな老婆まで使い走りにするとは、ヒト使いまで荒いね。

 ロクな大人にならないよ、あんた。

 委員会は結構な期間活動してきたんだ、失敗から成功までたくさん有るけど全部かい?〕


〔ええ、全部です。

 何に失敗して、何に成功しているのか、分かれば無駄な指示をしなくて済みますから〕


〔議事録漁ってまとめるから1月くらい待ちな!〕

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