第23話――エピローグは突然に
サクラキャットがモンスターなどの警戒を(といっても最上層にモンスターはほとんど出現しない)、俺が源先生を運ぶ役割になって草原を歩く。
「先輩、ここから出口まではどれくらいでしょうか。もしかしてまた地下に戻らなくちゃならなかったりするんですか?」
「いや、このダンジョンの出口は今いる最上層にあるんだ。地面を見てみろ、
「ホントだ、地下にあったのと同じのが草むらの隙間から……これでようやく出られるんですね!」
「あぁ、そうだな……!」
長かったこの騒動にもようやく終わりが見える。
ダンジョンの異変から始まり、恐ろしいモンスターに、春崎の魔法少女への変身に、クライジュウとかいう化物の登場。
知りたいこと、聞きたいこと、たくさんある。
色んなハプニングが俺たちを翻弄し、時には破滅が迫りつつも、サクラキャット――つまりは春崎の助けもあってどうにか乗り越えられた。結果的には少し成長出来たような実感すらある。
それに――だ。
ダンジョンのモンスターを圧倒する強さを持ち、なんならダンジョンの構造すら破壊して突き進むことのできる彼女。
おそらくダンジョンの罠とかも殆ど効かないのだろう。
それほどの力を持っているならば、彼女は世界最高峰のダンジョンすらも攻略できるかもしれない。
遥の病を治す――奇跡の『
「…………」
「先輩、いきなり黙ってどうかしました?」
「い、いや、なんでもない」
今はよそう。
こういう話は、全てが終わってからだ。
やがて草原を進んでいくと、地面にぽっかりと空いた大穴が現れる。
大人数人分の幅の穴が斜めに貫き、地中に向かうような下り坂になっている。ここを進めばあのダンジョンの地下迷宮へと行けるわけだ。
そして、そんな大穴の直ぐ近くに、壁にも何処にも面しておらず、草原のど真ん中にぽつんと不自然に立っているアルミ製の両扉がある。
見た目は学校の地下室にあったものと同じ――そうこれこそがダンジョンの出入り口なのだ。
「こ、こんなところにあるんですね、ダンジョンの扉って。これ、壁もないのにどうやって立ってるんですか?」
「く、詳しい説明は俺にも無理だけど、とりあえず扉に入るぞ!」
「は、はい!」
ダンジョンの扉に興味を示しつつも、サクラキャットは俺の言う通りにドアノブを回す。
最初、
扉を開けば、すぐ目の前にあの地下室の光景が広がり、俺とサクラキャットは安堵の表情を浮かべて扉を潜った。
「…………やっっっっっと帰って来たぁあ!」
地下室に帰るなりダンジョンの扉を閉め、拘束具代わりに部屋の中にあった会議テーブルを扉の前に移動させて塞ぐ。心もとないが無いよりマシだろう。
源先生は床に敷いたレジャーシートの上に寝かせ、春崎のカバンを枕代わりにした。目を覚ますまでしばらくこうしていよう。
「ふう、源先生も無事だし、俺も…………あっ」
息をついた瞬間、身体が突然ふらついて足腰の力が入らなくなる。倒れる寸前で、なんとか近くのパイプ椅子に座れたが、足先が小刻みに震えて立ち上がることができない。
「えっ、先輩、どうしました!?」
「な、情けないことに、安心して力が抜けちゃったみたいだ……」
今回のダンジョンで遭遇した無数のトラブルと死線。息をつく暇も無く、立て続けにそれらを潜り抜けてきたことで、とうとう体力が底をついてしまったのだ。
「ここまではなんとかアドレナリンとかで誤魔化せてたのかな。はは……カッコ悪くてざまないよ」
「せ、先輩はカッコ悪くなんかないですよ! むしろ、超カッコイイと思います!! あのクライジュウたち相手に石ころ一つで立ち向かったんですから! 先輩のあの全力投球、わたし痺れちゃいましたから!」
「……そう、なのかな。正直、そっちの方がよっぽど凄いと思うけど」
「いえ、全然。私なんて、ただの〝魔法少女〟ですから」
――果たして、魔法少女にただもあるのだろうか? 他の魔法少女とかいるのか知らないが。
「それにあの時、先輩の助けが無かったらクライジュウの一撃を食らってどうなっていたか分かりません。そういった意味では、先輩は私の命の恩人ですよ」
そう言って、サクラキャットは自分の胸に手を当てると一瞬光に包まれ、元の春崎の姿に変身した。
「……やっぱり春崎だったんだよな」
「やっぱりって?」
「いや、目の前で変身されても、やっぱり別人にしか見えないからさ」
鮮やかな桜色だった長い髪の毛は、肩先にかかるぐらいの黒髪になり、ファンタジックなフリフリの衣装は見覚えのある湊川学園の
その容姿もどちらも可憐なものに変わりは無かったが、別人といえば別人――のように思えた。
「あぁ、それは魔法の力で、認識がどうのこうのみたいなことだったはずです。正体バレはご法度らしいので」
「らしいのでって……俺にバレてもいいのか?」
「いいんです、先輩は。だって先輩は私の命の恩人ですから」
「命のって……大げさだって。それこそ、俺からしたら何回春崎に命を救われてんだって話だよ。今回のことといい昨日のこといいさ」
駅構内で起きた
「ふふ、でもそれとこれとは関係ないんです。私にとっては先輩はヒーローなんですから。私を助けて導いてくれた妖精さん」
「おいおい、なんかその言い方だとおとぎ話の方の『妖精』っぽく聞こえるな。俺の名前は『陽成』――ってあれ、そういえば……」
何かに気が付いて固まった俺に、春崎はぽかんと不思議そうな目を向けている。
「先輩? どうかしましたか?」
「俺ってもしかして今まで春崎に自己紹介していなかったか?」
「え……あ、あぁ……そうでしたっけ?」
「えっと、待てよ確か昨日は……」
記憶を過去に遡って会話をなるべく掘り起こしてみたが、おそらく彼女に名乗ってない。彼女が初対面からいきなり距離間を詰めて話しかけてきていたし、ずっと「先輩」呼びだったから気にしてなかったのだ。
「な、なんかすまんかった。てっきり、名乗ってたものかと」
「い、いえ……気にしていませんし、それに私、先輩の名前なら前から知っていましたし」
「へっ? そうなのか?」
「はい、昨日先輩が病院に運ばれたとき、ご家族の連絡先を調べるついでにこっそり先輩の学生証見ましたので」
「あ、あぁ……叔父さんたちを呼んだ時か。それなら納得だけど……」
俺は少し考えた後、震える膝になんとか力を入れて立ち上がろうとする。が、また足元がふらついて、辛うじてパイプ椅子の背もたれに手をついて姿勢を保った。
「せ、先輩? 無理しないほうが……」
「い、いや、いいんだ春崎。散々助けられたのに、名前すら名乗ってないのってなんかおかしいだろ」
「い、いやだから……先輩の名前は分かってます。だから改めて言わなくても……」
「?」
何やら春崎の様子がおかしい。まるで、俺に自己紹介をしてほしくないようだ。
「いや、そういうわけにもいかないだろ。それに俺は春崎にお願いしたいこともあるんだ」
「お、お願い? それってどんなこと……?」
「俺と一緒に、付き合って欲しいことがあるんだ」
「付き合っ……付き合う!?」
春崎の顔が一気に赤く染まる。その勢いはボンッ、と妙な効果音が聞こえたような錯覚がするほどだ。
「つつつつ付き合うって、わわわわ私とでふか!?」
「え、付き合っ…………あっ!」
なんか交際を持ちかけてるみたいになってしまった!
「すまん、言い方が悪かった! そういう付き合うじゃなくて……」
「違うんですか!?」
「えーっと、俺が言いたいのはだな!」
変な間違い方をしたせいで、こっちまで顔が赤くなりそうだ。
気を取り直し、呼吸を整えてもう一度春崎の目を見つめる。
「春崎……」
「っ…………はい」
真剣な表情の俺に春崎はまた口を噤んで目を見開き、緊張した面持ちになった。
なんだか、また空気感がそれっぽくなってしまって、だいぶ気まずい。
だが、ここで「やっぱ無し」とか言って話を切り上げてしまうというのもどうかと思い、意を決して言葉を続ける。
「どうか俺に力を貸してくれないだろうか。春崎の……《
「え、えっ、私の力をって……いったいどういう……」
「……俺は、あるダンジョンを攻略したい。そこは日本でも、いや世界屈指の難易度のダンジョンで、そこにはどんな願いでも叶うといわれる『お宝』があるんだ」
「お……『お宝』……?」
「今の俺にはそのダンジョンを攻略する力はない。でも、春崎の助けがあればきっと攻略出来ると思うんだ! ミノタウロスを一蹴できたり、ダンジョンの構造をぶっ壊しまくれるあの力があれば!」
「私の……《
突然の申し出に戸惑うように春崎は言葉に詰まっていた。
当然のことだろう、でも、俺はどうしても春崎の助けを借りなければならない。
「頼む、このとおりだ! 俺は、どうしてもその『お宝』を手に入れなければならないんだ!」
そう言って、俺は床に手をつき、土下座のポーズを取って春崎に向かって頭を下げる。
「せ、先輩!?」
「お願いだ、お願いします!」
「せ、先輩、顔を上げてください! そもそもどうしてそんなものを……」
「あ、あぁ……そうだな、まずそっちの説明が……」
顔を上げて事情を説明しようとした――その時だった。
『応えよ、浅田陽成』
頭の中に、知らない声が入ってきた。
「えっ?」
聞いたことのない声に呼びかけられ、ふと後ろを振り返ると、あのサクラキャットの側にいたチーシャンとかいう白猫が浮いていた。
彼(彼女?)は床に俺のカバンの中身をいつの間にかぶち撒けていて、その中から学生証を取り出して手にしていた。
『汝の名は浅田陽成だな?』
まるで子供のような、大人のような、性別も年齢も判別しない神秘的な声。
さっきまで一言も喋らなかったあの白猫が放った、そんな取り留めのない問いかけに、つい思いがけずに、無意識の内に心の中で頷いた――ような気がする。
「なんで、俺の……名前を……?」
「!? あ、だめ、チーシャン!!」
何かに気づいてひどく慌てるような春崎の声。
どうした、と彼女に尋ねる前に、その声が頭の中で響いた。
『名を持つ獣よ、我は汝の名前を返そう。そして、名を持つ獣よ、我らの名前を譲り給え』
「な……なにを…………?」
白猫に問いだそうとすると、白猫の毛むくじゃらな口元ががぱり、と大きく開く。
「先輩、それを見ちゃ駄――――」
春崎の声がしたその瞬間、光が瞬く。
「うわっ――――――」
眩い。
白い。
一瞬、いやまるで永遠のような光。
目蓋を閉じる暇もなく、強烈な光が網膜を貫き、視界を真っ白に染め上げる。
あまりに強すぎる光に脳天まで焼かれたみたいに、頭がクラクラして思わず床に倒れ込んでしまう。
「先輩、先輩! しっかりしてください!!」
「う、う……は、春崎……」
俺の身体を抱きとめる春崎の顔を、辛うじて見上げる。
脳裏に焼き付いた光は全く離れようとしない。
視界はすぐに復活しているものの、頭のクラクラと謎の不快感が気持ち悪い。
「先輩! 私です、春崎です! 春崎明依です! 分かりますか!?」
「は……はる……春崎……」
思考がまとまらず、彼女の顔もまともに見れない。
意識がだんだんと遠ざかり、全身の力が抜けていくのが分かる。
「は、はるさ…………はるさき……?」
春崎……はるさき……誰のことだろうか?
口に出てくる名前がとても遠くに感じられる。
それと同時に頭の中から色んなものが抜け落ちていくような気がする。
「先輩、浅田先輩! 駄目です、忘れないで……!」
俺の名前を呼ぶ声が頭に響く。
見上げた視界には、俺を抱きとめながら必死に呼びかける今にも泣き出しそうな顔の女の子がいた。
彼女は……彼女の名前は……。
抜け落ちる。彼女の全てが。
頭の隅に強く残っていた景色が最後に現れた。
俺を包み込んでくれていた、あの桜色の光が。
その光の向こう側に立っていた彼女の姿が。
それが全部、消え去っていく。
「ようせい……さん……!」
額に熱い雫が滴り落ちてきた。
ついに決壊した彼女の感情の雨が、眼尻を通って俺に降り注いでくる。
どうしてかその顔がとても申し訳なくて、それと同時に俺はその顔をどこかで見たような気がした。
もうすでに知らないはずのその女の子の顔を。
あれは……どこで……。
思い出そうしたところで、俺の意識はそのまま白く塗りつぶされてしまった。
彼女の声は、いつまでも俺の頭の中に響いて、そして、消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます