Ep.18. 魔核の力

 魔物の表皮は赤く、燃えたぎるように熱い。


「土に還るのを見てなかった……」


 リザは苦虫を噛み潰したような顔をしながらその様子を見ている。


「でもどうして……」


 ルシアの疑問に答えたのはゴラフだ。ゴラフは魔物を指さした。その先には、魔物の身体から露出した大きな岩があった。


「あのやろう、体内に岩を含有してやがるんだ……」


 他の冒険者が切りつけた際、大剣が折れたのはそのためだ。


「それが緩衝剤になったのね……」

「それだけじゃねえぞ。あの様子だと、魔核が炎の影響を受けちまってる……」

「だから体表が赤く……」


 ルシアが震えていた。魔物が絶命する瀬戸際で、魔核の力が勝ったのだろう。


「ごめんね、わたしの所為で」


 取り乱しかけていたルシアの肩をリザは掴んだ。


「大丈夫。あなたの所為じゃないから。それより、一旦離れた方が良いわ。このままじゃまずい! やられる!」


 魔物は一目散にリザのほうへ向かってきた。


 ゴラフがリザを抱えて走り始め、ルシアもそれに続いた。


「あの野郎! やっぱりこっちに来るのか!」


 リザはゴラフの肩に抱えられながら、力の籠っていない声を出した。


「そりゃあ、アイツにとっては一番の敵だものね……」

「そういう話をしてんじゃねえ! 逃げ道を探せ!」

「私、後ろ向いちゃってるもの。あ、もう少し速く走らないと追いつかれちゃう……」

「黙ってろおぉ!」


 ゴラフとルシアは力の限り全力で走った。魔物がすぐ後ろまで迫っていても、前だけを向いて走った。


 だから見ていなかった。


 魔物の背後から氷の魔法を浴びせた魔法使いがいた。


 魔物は動きを止め、振り返った。体表に露出した岩が赤熱されるほどの、高温の巨体。その巨大な口が、魔法使いの上半身を捉えた。一瞬の絶叫が響いた後、その場には魔法使いの下半身だけが残された。血は出ていなかった。傷口は高温で焼かれ、血管が焼き塞がれていた。


 魔物はその後、周囲に向けて火を吐きながら、暴れ始めた。


 その光景を、リザだけが見ていた。


 ルシアとゴラフは走り回った挙句、ルシアたちが住んでいる寮にたどり着いた。


 *


  ルシアの部屋に、三人は入っていた。ルシアはリザの左腕をしきりに心配していた。

「リザ、腕は大丈夫?」

「うん、大丈夫よ」

「でも、でも」

「大丈夫だって」


 リザの左腕は、当て木を沿わせて布で縛っている。応急処置だ。患部は酷く熱を持っており、動かすだけで激痛が走る。しかし、そんなことはおくびにも出さず、リザは無理やり左肩を回した。


 ゴラフは冷ややかな目でそのしぐさを眺めていた。


「リザ、怪我の方はいい。体力はどうだ?」

「大丈夫」

「嘘つけ。倒す手立てはあるか?」

「ある。でも……」

「でも、なんだ?」


 リザは自分の右手をじっと見つめている。


「アイツに触れない」

「それは無理だ。さすがにお前のイヤリングでも、あの熱量は捌ききれねえ」

「でも、少しはマシになる?」

「多少はな。だが、すぐに衣服に着火する。それ以降は、恐らくもたねえぞ」


 リザは黙った。しばらく考えて、二人に向き直った。


「もう一度戦う」


 もちろん、止めたのはルシアだ。身体を起こしているのも辛かったのか、しばらくベッドで横になっていたが、リザの一言を聞いて即座に身体を起こし、リザに迫った。


「ダメだよ! もう戦える状態じゃないでしょ!?」

「でもね、行かなきゃ」

「誰かが退治してくれるよ!」


 まるで、子供を説得する母親のような口調である。何が何でも止めさせなければならないという意思が感じられる。


 リザは少しだけ笑った。


「無理だよ。それができるなら、もう退治されてるよ」

「でも!」

「……あのね、ルシア」


 リザの改まった物の言いように、今まで捲し立てるように話していたルシアが一呼吸置いた。


「あなたのお兄さん、もう死体は見つからないと思うわ」

「……どうしたの? どうして今そんなことを言うの?」

「あのね、さっき逃げてた時にね、あの魔物が魔法使いを食べるのを見たの」

「……うそ」


 ルシアの顔から血の気が引いたのがわかる。リザはそれでも続けた。


「本当よ。そしたら、突然口から火を吹き始めた。恐らく、食べた物の影響を受けるんだと思う」

「摩力の使い方を覚えたってこと?」

「覚えたと言うより、食べて吸収した感じかな。それに、姿かたちも捕食したものに左右されるはずよ」

「どうしてわかるの?」

「……生態系と魔物の姿が結びつきすぎてるから、そう言われてるの。私も、さっきまで完全に忘れてたんだけど」

「兄さんが、ミノタウロスに食べられた可能性が高いってこと?」

「うん。お兄さんの斧は、ミノタウロスが持っていたから」

「でもそれって、別の人が食べられた可能性もあるんじゃない?」

「あのミノタウロス、斧を武器として使っていたの。人を食べただけだと、あの斧は使えないはずよ……」


 あの地域で出た被害は、酪農農家の家畜だけだった。人的被害は出ていない。なので、魔物が捕食した可能性があるのは、牛だけだった。


 酪農農家は、魔物を遠目に見て牛のような魔物だと認識したが、二足歩行をするミノタウロスを遠目に見て「牛だ」と認識する可能性は低いだろう。二足歩行をする牛はいないのだから。つまり、酪農農家が魔物を発見した際、まだ魔物は四足歩行する牛の形をしていたはずだ。


 そこへ、ルシアの兄が何らかの形で接触したのだ。町から引き離したのも、恐らくルシアの兄だ。雪山へ誘導したうえで始末しようとしたのだろうが、逆に殺されてしまったのだろう。


「つまりね、私の倒したミノタウロスには、あなたのお兄さんが取り込まれていたの。……さっき、わかったの」

「わかった。でもどうして今その話を?」

「さすがに、生きて帰る自信がないからね。ルシアのお兄さんに関する情報は、これで全部渡したからね」


 リザは少し満足げな顔をし、ルシアに笑いかけた。


 ルシアは悲しそうに唇を引き締めている。


「だめだよ。行かせない」

「でも、みんな死んじゃうから」

「だからってリザが犠牲になることないじゃない!」

「別に絶対に死ぬってわけじゃないかよ。私、武器持ってないから、確実にダメージを与えるには接触するしかないんだよ」

「……武器があれば良いの?」

「そうだね」

「じゃあ、これ使って。どういう方法を採るのか知らないけど、これがあれば火傷しないでしょ?」


 そう言って、ルシアは杖を振った。部屋の奥から、大きな斧が宙に浮いてやってきた。


「これ……持ってきてたの?」


 ルシアは静かに頷いた。


「もともと、リザにあげようと思って。母さんとも話して決めたんだ」

「でもこれ、お兄さんの形見だよ」

「だからこそだよ。リザ、あなたに使って欲しいの。こんな形で渡すことになっちゃったけど、まあ良いよね」


 リザは右手で斧の柄を握った。ギラリと斧の刃が光っている。ずしりと重い。雪山では何ともなかったが、負傷している今は、少し重く感じる。


「ありがとうルシア。これなら勝てるよ」

「ほんと!?」

「ほんとだよ。知らないの? 私は銀の探索者だよ」


 リザとルシアは、嬉しそうに笑いあった。

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