銀髪の気だるげ執事

第1話 抗議の視線

盛大に行われたロイお嬢様の生誕祭が無事終わった。

片づけを命じられた俺は、ため息まじりにホールの残骸を片付けていく。

華やかな笑い声が消え、広い空間には食器の触れ合う音だけが響いた。

──と、そのとき。

本来なら部屋で休んでいるはずのロイが、机の下からひょっこりと顔を出した。


「びっくりした?」


(何をやってんだこいつは)


こちらの反応を伺うロイにため息をつく。


「部屋で休んでろって言われただろ?」


「だってつまんないんだもん」


「つまんないって……」


「私が寝ない限り、ずっと主役でしょ?」


そもそもどうやって抜け出して来たんだよ。監視役の双子は何してんだ。

何かあった場合怒られるのはこっちなのに。


「こっそり抜け出すのも大変だったんだよ?」


スカートの裾に付いた埃を払い、まだ片付いていない椅子に座る彼女は何故か得意気だった。


(構ってたら終わんねぇな……)


汚れたテーブルクロスや食器をワゴンに乗せ業務を淡々とこなす。

ふと前を見ると、ニヤニヤと此方を見ていたであろうロイと目が合う。


「……何だよ」


「へんなの。ノアが仕事してる」


「いつもしてるだろ」


「してたっけ?」


無視だ無視。

こんなところクラウスさんに見られたらまたなんて言われるか。

そこそこにやってサボる計画が台無しだ。


「居るだけで気が散んだよ」


しっしっと片手を振って追い払おうとすると、ロイは不服そうな顔をする。


「なによ。別に邪魔してないでしょー?」


「いるだけで邪魔なんだよ」


「邪魔じゃないもん!」


「お前が言うことじゃないだろ!」


「執事のくせにそんな言い方して!」


ヒートアップしていく言い合い。

いつもの事だが今はまずい。静かにさせないと。


「もう少し声落とせ!こんなとこ、クラウスさんに見つかったら俺が──」


「楽しそうですね、ノア」


言い争う二人の背後から聞きなれた声がして思わず肩が跳ねる。


「クラウス!」


(げっ)


ロイが振り返ると俺もゆっくりと体を向けた。

クラウス執事長はモノクルを押し上げ此方を見る。


「ロイお嬢様、何故ここに?お部屋に戻られたのでは?」


「だってつまんないんだもん」


「もう夜も遅いですし、早く部屋にお戻りください」


「えー…嫌よ」


頼むから変なことは言わないで欲しい。

そう切実に思いながらロイを見る。


「夜更かしはお身体に障りますので」


「大丈夫よ?ほらこんなに元気なの!」


ぶんぶん手をふるロイにクラウス執事長は呆れた様子だ。

二人の会話を余所に、この場所から離れようと

別のテーブルを片付けに行こうとするが。


「ノア」


先ほどより低い声色が自分を呼び止めた。

嫌な予感がする。


「はい…」


「お嬢様を部屋まで送り届けてくれますか?」


「なんで俺が!」


「私はまだやることがあるので」


「俺だって…「なんです?」


俺だってやることがあるのに。

と言いたかったが有無を言わさぬ執事長の圧力に屈してしまう。


「……はい」


「頼みましたよ。お嬢様も次は抜け出さないように。

明日もスケジュールが詰まっていますので」


胸元から取り出した懐中時計を見て予定を確認するクラウスさん。

相変わらず忙しそうな人だ。


「はぁい」


クラウスさんは渋々了承したロイと自分を交互に見ると足早に立ち去る。


笑顔で手を振るロイに俺は抗議の視線を向けたのだった。

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