眷属はご主人様を管理したい(1/2)
「……お、起きてますか……? まだ、寝てます、よね……? おはようございます、ご主人様……えへへ……失礼します、ね……?」
まだ1か月程度の付き合いだというのにもうすっかり聞き慣れた彼女の声と、カーテンの隙間から僅かに漏れる涼やかな月光を浴びて、オレの意識はゆっくりと覚醒していく。
5月の夜は4月の夜よりも心なしか暖かい気がするけれども、どうなのだろう。
そんな事を思いながら、深い深い水底から浮かび上がるようにゆっくり目を開けると、布団の上には長い黒毛の髪が目に入り、次いで両頬を赤くしている吸血鬼が1人が視界に入り、女の子特有の良い匂いが鼻に入ってくる。
そこにいたのは水無月学園の指定制服である白セーラー服を着用したあ黒髪紅眼の美少女。
幼いような、大人びているような、その両方の良い点を足して割らずにいる文字通りの人外の美少女……水無月かさごだった。
「……ふふっ」
静かに笑いながらその場を後にする彼女の後ろ姿を何とはなしにぼんやりと見つめ、寝起きの頭と身体にゆっくりと血液を巡回させて、低血圧ならではの悩みを少しずつ時間で解消していく。
「……ん、んんっ……」
世界に流れる時間がオレだけ10倍速、それから5倍速、ようやく3倍速……と、段々と体感時間がゆっくりとなっていって、1倍速になったところで二度寝したい気分を何とか我慢しながらベッドから出て、いつの間にやら肌に付着していた黒色の髪を振り払いながら、まだまだ着慣れない学生服を着用する。
「ふぁぁぁ……」
勝手に漏れ出て嚙み殺せないぐらいに大きい欠伸を出しながら、部屋から出て、タワマンならではの長い廊下を渡ってリビングに繋がる空間へと向かう。
そうして近づくに連れて聞こえてくる、トントンと小気味良い包丁の音と、何かが煮沸している音と、鼻いっぱいに吸い込みたくなる味噌の匂い。
扉を開けてリビングを覗き込むと、奥のキッチンに先ほどの人外の美少女が立っていた。
楽しそうな鼻歌を奏でつつ、意外としか言えないのだが……非常に手際よく料理を進めている彼女に声をかけようと一歩踏み入れた瞬間、彼女はこちらを振り返る。
「おはよーございまーす。今日は随分と早いみたいですね? もしかしてそんなに私の手料理を食べたかったんです? まぁ気持ちは分からなくもないですけどね。何せアンタは童貞人間。私のような凄く美少女で凄く料理上手な美少女彼女なんて縁遠いでしょうからね」
「……おはよう、水無月。今日は偶々寝起きが良かっただけだから勘違いすんな」
「それは確かに。いつもなら20分も準備に時間がかかるのに今日は15分です。褒めてあげましょう」
こちらを振り返りつつも、キッチンの火元であるIHコンロの電源を落としつつ、片手で味噌汁の入った取っ手付きの鍋を持ちながら、てきぱきと朝食――時計を見れば午前の6時ではなく午後の6時だった――の準備を済ませていく女吸血鬼。
そんな彼女のニマニマ笑顔から逃れるべく、ふいっと視線を横に逸らすのだが、そうした瞬間に彼女は愉快そうに小さな笑い声をあげた。
「……ふふっ。夜宮アンタ、髪の毛すごいことになってますよ?」
「は?」
水無月かさごの指摘に慌てて手を頭に伸ばすと、確かに髪が跳ねてしまっていた。
その事に気づいたオレの表情を見て、彼女はくすくすと肩を震わせて面白そうに先ほどよりも大きな笑い声をあげる。
……起きて準備を終えたつもりになっていたのだが、やはりまだ目覚めきっていなかったのかもしれない。こんな恥ずかしいミスをしてしまうだなんて、一生の不覚だ。
「まさか5分早くなったのは髪の手入れをしていなかったからだったとは。はー。やれやれです。さっさと顔を洗ってきなさい、分かりましたね童貞人間」
「………………はい」
「いってらっしゃい」
何だか妙に気恥ずかしくなって、オレは短い返事をすることしか出来なかった。
彼女はその様子を楽しそうに見てから、再び調理へと戻っていく。
取り敢えずオレは洗面所へと逃げるように向かって、熱くなった頬を冷ましつつ、どうしてこんな事になったのかを未だ寝ぼけた頭でぼんやりと考えてしまっていた。
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事の発端は、やはり4月後半に行われた学校経由の健康診断だろう。
健康診断と言っても、吸血鬼も人間も姿形に関してはさほど変わらない生き物であり、基本的には一緒のものだと思って貰ってもいい。
オレは元男であるので、女性の受ける健康診断が一体全体どういうものかは分からないし、女性の下着姿を見る……だなんていう創作のようなイベントも起こる筈もなく、学校指定のジャージに袖を通し、体育座りをしながら待機する程度のイベントだったと思う。
とはいえ、血を吸う生き物であり、他者から血を吸われる生き物でもある吸血鬼である為か、オレたち人間よりも意外な事に健康志向が高めであるらしい。
基本的に不老不死として名高い吸血鬼ではあるが、長寿ならではの健康問題もあるらしく、乱れた生活を送れば自然と血の状態が悪くなってしまうだとか、何とか。
「夜宮。何です、この数値」
そんな前置きを、水無月学園寮でオレたち2人が使用している寮部屋にて、実に不満だと言わんばかりに、いや怒りの感情を隠そうとしない水無月かさごがそう口にした。
一体全体、彼女は何に怒っているのだろうと思っていたのだが、彼女の手の中にある1枚の紙を見て、それが間違いだと気づく。
彼女の手の中にあったのは──健康診断の結果。
余りにも宜しくない結果だったので、オレが使っている机の引き出しの奥へと隠していたのだが、どうにも見つかってしまったようであるらしかった。
勝手に見たのか、とか、余計なお世話だと言いたかったのだが、目の前にいる美少女はそれはもう怒り心頭だったのでそんな事は言えず仕舞い。
こういう時に限って、この怖さは間違いなくあの理事長先生譲りだなぁ、と何となく思えてならなかった。
「あー、いや、それは……」
「隠すって事は自分でも悪い自覚があるって事ですよね。何ですかこの数値。不健康にも程がありますよ。今のアンタは吸血鬼ですから大事に至ってませんけど、人間のままだったらいきなり倒れて病院のお世話になるだとか、そういう事も最悪起こりえる数値ですよ」
血液を好き好んで摂取する彼女は意外な事に、趣味がてら暇なときには栄養学の論文を人間や吸血鬼のもの問わず読み漁っている才女だったりするので、オレが『何となく今回の結果も悪そうだなぁ』と漠然と思っている事を『それは間違いなく100%悪い』と毅然とした態度で指摘していた。
まさに裁かれる側と裁く側がたった一瞬で決まった瞬間であり、それから彼女の説教は軽く1時間ぐらい続いた。
最初はオレの血液の味が落ちるだとか、そういう決まり文句を言うものだろうと思って辟易していたのだが――。
「私はアンタが心配なの! あの時なんて自殺しようとしていたし! 昔から大変な生活をしていたみたいだし! 絶対にストレスとか溜め込みそうだし! 実際今も色々と大変な目に遭わせてるし! それで倒れたりしたら、倒れたりしたら、たお、れっ……! やだっ……! やだぁ……! よるみやぁ……!」
時折、涙を流しながら、それでも声を振り絞って続けられる彼女の説教。
正直に言うと、すごい心に来た。
良心にグサグサと刺さって、オレは彼女に対して平謝りをするしかなくて、それでも怒られて、その言葉を誠心誠意しっかり受け取って、ようやく彼女が泣き止んで冷静さを取り戻してきた後。
「……まず、私と出会う前の夜宮がどういう生活を送っていたのか、出来るだけ詳細に教えてください……思い出したく、ないかもですけど……夜宮の健康の為、ですから……」
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